第三話 悪役令嬢は笑わない
探索者育成学校の講堂は、静まり返っていた。朝の授業前、優秀な学生たちはすでに自習室や廊下に集まり、魔力量の測定や戦闘技術の練習に励んでいる。そんな中、一際目立つ一人の少女が、講堂の奥で冷たい視線を投げかけていた。
三田由紀子、十七歳。名家の令嬢であり、学年でも屈指の実力者だ。彼女の前に立つのは、クラスメイトたちが慣れ親しんだ日常の風景だが、由紀子の心には常に戦場があった。
「聖女など、ただの象徴ですわ」
その声は低く、凛としていた。講堂の空気にすっと溶け込みながらも、耳を澄ます者には鋭い棘のように響く。
由紀子は腕を組み、視線を窓の外に向ける。そこには、探索者ギルド本部の建物と、人工島の地下に広がるダンジョンの入口が見えた。
――聖女がいる。弓永桜子が、また現場に赴いているはずだ。
「ダンジョンを攻略するのは、私たちです」
彼女は小さく自分に言い聞かせた。由紀子にとって、力を持つことは義務であり、誇りでもある。世界が危機に晒されるとき、手を差し伸べるのは自分たち、戦える者だ。
だが、心の奥底には焦りがあった。聖女は戦えない。それでも人々は希望を彼女に託す。由紀子は、それがもどかしく、そしてどこか恐ろしいと感じていた。
教壇の前で教師が課題を説明する声も、由紀子の耳にはほとんど入らなかった。彼女の視線は、ギルドと聖女に集中している。戦闘の最前線に立つ自分が、評価されないかもしれない。その不安と苛立ちは、笑顔を許さない顔つきに表れていた。
「力を持つ者の宿命……なのですわ」
独りごちるように呟く。声には覚悟と誇りが混じっていた。だがその瞳には、ほんのわずかに紅潮した色が残っていた。由紀子自身も認めたくない、感情の揺れだ。
廊下を通り過ぎるクラスメイトの視線が、時折彼女をちらりと捉える。由紀子はそれを意に介さず、まるで壁のように静かに立ち続ける。
聖女の存在は、由紀子にとって挑戦状でもあった。戦える力がありながら、人々の注目は戦えない少女に向かう。由紀子はその理不尽さを、胸の奥に秘める。
この日も、由紀子の戦いは始まる。戦闘ではなく、心の中で、だ。
優しさに頼る者と、力に頼る者――二つの思いが交錯する世界で、由紀子は静かに、自らの立場と向き合っていた。
廊下の窓から射す朝の光は、彼女の肩を淡く照らす。笑わない少女の瞳に、わずかな覚悟の光が宿っていた。




