第二話 すごく優しい聖女
ギルド本部のロビーは、朝の光に照らされて落ち着いた空気に包まれていた。巨大なガラス窓越しに差し込む陽光は、磨き上げられた大理石の床に反射し、淡い光の道を描いている。探索者たちは次々と任務へ向かい、受付や掲示板には攻略情報や報酬の依頼書が張り出されていた。
来生雅也は、昨日回収した素材の整理を行うため、受付カウンターに向かっていた。そこで微笑みを浮かべて立っていたのは、七瀬あずみ。元Aランク探索者でありながら、今はギルド案内嬢として日々探索者たちの対応にあたっている。
「お疲れさまです、来生さん」
彼女の声は柔らかく、自然と肩の力を抜かせる。雅也は軽く会釈した。
「おはよう、あずみ」
あずみはくすりと笑って小さく首をかしげる。
「今日も忙しそうですね。ダンジョンの深層はまだ安定していませんし」
「まあ、俺の仕事は後方支援だから」
そう答えながらも、雅也の視線は奥の方にある白いワンピース姿の少女に向かっていた。弓永桜子。世界で唯一、瘴気を浄化できる聖女だ。
「はじめまして、弓永桜子です」
桜子は雅也に向かって深く頭を下げた。その姿勢は柔らかく、慎ましいが、どこか力強さも感じさせる。十九歳とは思えぬ落ち着きと、優しさがにじみ出る雰囲気だった。
「回収員さんですよね? いつもありがとうございます」
桜子は手作りの焼き菓子を差し出した。雅也は一瞬、どう反応すべきか迷った。聖女が自分のような回収員に気遣いを見せるなど、予想外の出来事だった。
「……いや、そんな。別に大したことはしていない」
「命を拾ってくださる方ですから」
桜子の言葉は、まっすぐで純粋だった。無理に気を遣っている様子はなく、自然と相手を思いやる気持ちが滲み出ていた。その優しさに、雅也の胸は少し熱くなる。
「ありがとうございます……でも、気を遣わなくていい」
そう言うと、桜子は少し微笑み、雅也の目を見つめた。その視線は、言葉以上に真摯で温かく、見る者の心に柔らかく触れる力を持っていた。
「今日は、回収の後で少しお話しできたら嬉しいです」
桜子の声は控えめだが、真剣だった。雅也は軽く息をつき、少しだけ肩の力を抜いた。
「……わかった」
ギルドの騒がしい日常の中、静かで柔らかなやり取り。だが、これは単なる日常ではなかった。桜子の優しさは、人々に希望を与え、戦場で心を折れそうになった探索者たちを支える力になる。
そして雅也は、この静かな朝の光の中で、聖女と出会った瞬間の感触を胸に刻んだ。
今日も、回収員としての一日が始まろうとしている。
しかし、この日常の先には、予期せぬ冒険と、世界を揺るがす出来事が控えていることを、まだ誰も知らなかった。




