第一話 現場回収員の朝
大阪湾に面した人工島、夢洲。かつては大規模な商業施設や国際イベントの会場として知られていた場所だが、今ではその地下に巨大なダンジョンが広がり、世界中の注目を集めていた。十年前の出現以来、都市の景観と人々の生活は大きく変わった。
来生雅也は、ダンジョン最下層の崩れた通路の前で立ち止まった。二十四歳。職業は探索者ギルドの現場回収員。戦いが終わった後の現場に入って、素材や遺物の回収、負傷者の搬送、時には死者の回収まで行う。危険な仕事だが、戦闘に直接関わることはない。
「……今日も、派手にやったな」
小さく呟き、雅也は深く息をついた。
彼の瞳には、ただの回収員のそれとは異なる輝きがあった。魔力の流れや空間の歪みを無意識に捉えることができるのだが、それは異界帰還者だけが持つ特別な感覚。彼自身、誰にも知られたくはなかった。
「来生さん、こっちです!」
声の主は、同じギルドで働く山波大樹。二十三歳、元Aランク冒険者で、今は現場回収員として雅也と共に任務に就いている。無骨だが面倒見の良い青年だ。
「また聖女さまが来てるらしいですよ」
山波の言葉に、雅也は眉を上げた。
聖女――弓永桜子。十九歳。ダンジョンの瘴気を浄化できる、世界で唯一無二の存在だ。彼女の登場は、ギルド内でも一目置かれる。
「そうか……見に行くか」
雅也は静かに決意した。回収員として、そしてかつて異世界で勇者として戦った者として、桜子の力をサポートすることに意味がある。だが彼は、自分の正体――帰還勇者であること――を誰にも明かしていない。
ギルド本部は、古い商業施設を改装した建物だ。重厚な石造りのロビーには、探索者たちが忙しなく出入りしている。その片隅で、七瀬あずみが微笑んで雅也を迎えた。
「お疲れさまです、来生さん」
元Aランク探索者のあずみは、案内嬢として勤務しているが、笑顔の力は計り知れない。忙しい探索者たちの心を和ませ、時に指示の伝達をスムーズにする。
その奥に、白いワンピースを身に纏った少女が立っていた。桜子だ。
「はじめまして。弓永桜子です」
彼女は深く頭を下げ、控えめな声で言った。聖女という肩書きが似合う神々しさと同時に、どこか普通の少女らしい親しみやすさもある。
「回収員さんですよね? いつもありがとうございます」
差し出された手作りの焼き菓子に、雅也は一瞬言葉を失った。聖女が現場回収員に気遣いを示す――想像していなかった光景だった。
「……気を遣わなくていい」
雅也はそう答え、そっと菓子を受け取った。
「命を拾ってくださる方ですから」
桜子の言葉は真摯で、純粋だった。そのやさしさに、雅也は胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。
ダンジョンの地下に広がる闇は、今日も静かに息を潜めている。だが、この日常の延長線には、予期せぬ出来事が控えていることを、雅也はまだ知らなかった。
回収員としての朝は、こうして始まった。




