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追放聖女、もふもふの守護獣と静かな村で暮らすことにしました

作者: 星渡リン

 拍手が起きた。

 王都の大神殿。白い床、白いローブ、白い柱。見た目は清らかなのに、空気だけがやたら冷たい。


「よって、聖女セレナ・アルヴェインは偽りの聖女として断罪する。追放。以後、神殿への立ち入りを禁ず」


(……はいはい。追放ですね。分かりました)


 心の中で返事をして、口では黙る。

 ここで泣けば「やっぱり怪しい」と言われる。怒れば「悪役だ」と言われる。笑えば「反省がない」と言われる。

 何を選んでも、向こうの勝ちになっている。


 壇上の“本物の聖女”リュシアは、胸に手を当てて涙を落とした。落とすタイミングまで完璧だ。


「わ、私は……セレナ様が怖くて……祈りの時間を邪魔されて……」


(邪魔? あなたが祈り終わるまで立ち尽くしてたせいで、私の昼休みが消えた回数のほうが多いんですけど)


 言い返したい。けれど、喉元まで来た言葉を飲み込む。

 最近ずっとそればかりで、胃が重い。


 高司祭が合図をすると、騎士が前へ出てきた。

 銀色の腕輪を掲げる。刻印がぎっしりで、見ただけで嫌な予感がする。


「魔力封印の腕輪だ。追放中、聖女の力の使用を制限する」

「……承知しました」


(そんな大げさに封じるほど、私の力って派手じゃないんだけどな)


 私は雷も落とせないし、天から光の槍も降らせない。

 できるのは、熱を下げたり痛みを和らげたり、疲れを抜いたり。いわゆる“体調を整える”回復だけだ。


 社交界ではよく言われた。

「それ、医者でよくない?」と。


(医者が足りないから私が回してたんでしょうが……)


 腕輪がカチリと閉じた瞬間、体の中がすうっと冷えた。

 魔力が遠のく。息を吐くと、張りつめていた何かも一緒に抜けていった。


「追放先は北の辺境、霧縁の村とする。そこで静かに暮らせ」


 拍手がもう一度起きた。


(断罪って、こんなに拍手が必要な行事だったっけ……)


 私は頭を下げた。深く、丁寧に。癖だ。最後まで“きちんと終える”癖。


 でも、心の奥で決めていた。


(もう休む。今度こそ休む。誰が何と言っても寝る)


 その決意だけを抱えて、私は馬車に乗った。



 霧縁の村は、寒かった。


 王都の寒さは、毛皮と暖炉でどうにかなる。

 でも霧縁の寒さは、遠慮なく頬を叩いてくる。風が刺す。息が白くて、すぐに乾く。


「ここが霧縁だ。降りろ」


 護送役の騎士は、それだけ言って帰っていった。

 村の入り口で待っていたのは、村長らしき男。背が高くて、顔が硬い。目だけが鋭い。


「王都から追放者が来ると聞いた。……聖女だと? 面倒な話だな」

「ご迷惑をおかけします」

「迷惑をかけないなら受け入れる。迷惑をかけるなら追い出す。単純だ」


(分かりやすい。王都にもこの分かりやすさがほしい)


「規則は三つ。喧嘩するな。借金するな。夜に一人で歩くな」

「はい」

「もう一つ。力を見せびらかすな。神殿の人間は、何でも持っていく」

「見せびらかすほどの力は……」

「嘘は嫌いだ」


 村長はそう言って、私の手首の腕輪を見た。


(見せびらかす前に封印されてます、って言ったら怒るかな)


 私は黙ってうなずいた。今日は反論を仕事にしない日だ。


 村の中を案内される。家々は低く、屋根が厚い。雪に耐える造り。煙突から細い煙が上がり、どの家も慎ましく暮らしているのが分かる。


「宿は満員だ。冬は旅人が増える。お前は村外れの空き小屋を使え」

「ありがとうございます」

「礼を言う相手は俺じゃない。小屋が残ってた運に言え」


(運に礼を言う方法、誰か教えて)


 小屋は古く小さいが、屋根がある。壁がある。鍵がある。

 この時点で、今日の私は勝っている。


 荷物を置くと、膝がふるえた。体がやっと「倒れていい」と言い始める。

 でも、その前に薪が必要だ。湯を沸かさないと、ここではすぐ体力が削れる。


 私は外へ出た。


 夕暮れ。雪が音を吸って、村外れは静かすぎる。静かすぎると、自分の心臓の音が目立つ。


 そのとき、森の方で空気が変わった。


 背中に寒気が走る。

 私の“体調を整える”感覚が、はっきり警告してくる。


(危ない。これは危ない)


 次の瞬間、白い影が現れた。


 大きい。白銀の毛。耳は尖っているのに、目は妙に落ち着いている。狼にも狐にも見えるけれど、どこか大型犬みたいな雰囲気もある。

 何より、ふわふわだ。密度が違う。


「……守護獣?」


 村の伝承に出てくる存在。霧縁を守る獣。

 守護獣は私を見て、次に手首の腕輪へ鼻先を寄せた。ふん、と小さく息を吐く。


(腕輪、気に入らない? 私も気に入ってない)


 守護獣は匂いを嗅ぎ終えると、どさっと雪の上に伏せた。


(……え? 襲わないの? それ、どういう意味?)


 片目を細め、尻尾をゆっくり動かす。

 どう見ても「撫でろ」だ。


 私は恐る恐る手を伸ばした。


 触れた瞬間、手のひらが温まった。

 毛がとにかく暖かい。冬の毛布みたいだ。守護獣が喉を鳴らす。


「……あなた、そのサイズで喉鳴らすのね」


 返事はない。でも尻尾が一回、ぱたんと動いた。


(会話してる気がする。王都の会議より通じてる気がする)


 私は思わず笑ってしまった。

 声が外に漏れたのは久しぶりだった。



 翌日から、静かな暮らしが始まった。


 朝は薪を割り、湯を沸かし、粥を作る。

 薬草を干し、村の小さな診療所の手伝いをする。と言っても診療所は“診療所”というより“薬草の匂いがする家”だ。鍋が常に煮えていて、猫が堂々と椅子を占領している。


「追放の聖女? 若いのに大変だったわね」

「……はい」

「まあいいわ。ここでは“前の肩書”より、“いま何ができるか”よ」


(王都にも、その考え方が少しでもあれば)


 夕方、小屋の前に子どもが現れた。赤いマフラー。鼻先が冷えて赤い。


「ねえ、おねえちゃん!」

「……おねえちゃん?」

「おねえちゃん、森のルゥと仲良いでしょ! 見たもん!」


 ルゥ。守護獣の名前。しかも呼び捨て。距離感がすごい。


「あなた、名前は?」

「ミア! 八さい! ルゥね、大人にはあんまり近づかないの。でもおねえちゃんには、もふってした!」


(“もふってした”が動詞になってる……)


「……そう。もふって、したのね」

「うん! だから、ぜったい良い人!」


 根拠がもふもふでも、子どもの断言は強い。

 その強さが、少し羨ましかった。


 夜。ルゥが小屋の外に座っていた。いつの間にか、当たり前みたいに。

 私は戸を少し開けて声をかける。


「寒くないの?」

 ふん。

「……そうよね。あなた、毛が反則的だもんね」

 ふん。


(また会話してる。やっぱり通じてる)


 私は温めた薬草茶を器に入れて置いた。

 ルゥは器を一応嗅いで、器は飲まずに私の手をぺろっと舐めた。


「こら。器の意味がない」

 ふん。


 そして当然のように、私の膝へ頭を乗せる。

 重い。潰れそう。でも暖かい。


 追放の重さは嫌だった。

 でも、もふもふの重さは……たぶん、好きだ。



 冬は、村に小さな試練を連れてきた。


 最初はミアが咳をした。次に子どもたち。次に大人。

 熱は高くないが、だるさが抜けない。寒気と倦怠感が続く。薬草が足りない。薪を割る手が鈍り、食べる量が減り、体力が落ちる。落ちた体力が、また回復を遅らせる。


 広場で、ひそひそ声が増えた。


「追放者が来たせいだ」

「神殿に捨てられた人間は災いを呼ぶ」

「だから言ったんだ。受け入れるなって」


 私は小屋の中で、それを聞いた。

 聞こえないふりができる距離なのに、悪い噂は不思議と届く。


(……災いの本人扱い、久々だな。王都でも毎日だったけど)


 湯を沸かしていると、戸が叩かれた。村長バルドが立っていた。目の下が少し青い。


「……セレナ」

「はい」

「頼みがある。……いや、頼みたくないが頼む」

「頼まれる前に、もう動いてます」


 村長が目を瞬いた。驚く顔が下手だ。


「薬草が足りない。診療所も手が回らん。……お前の力が必要だ」

「腕輪で制限されています。大きな魔法は使えません」

「大きな魔法なんていらん。……小さくても助かる」


 村長は少し迷ってから、言った。


「ここは王都じゃない。奇跡を当然だと思う奴はいない」


 胸の奥が、じくりと痛んだ。

 でもそれは、少しずつ戻る痛みだった。


「分かりました。できる範囲でやります」


 外へ出ると、ルゥがすぐ横にいた。気配がなさすぎて逆に怖い。


 私は毛に手を埋める。


「ルゥ、今日は忙しくなる」

 ふん。

「私、また無理すると思う?」

 ふん。


(即答しないで。反省する)


 ルゥは私の前に回り込み、通せんぼするように座った。

 目が言っている。「無理するな」。


「……あなた、私より私の体調のこと見てるよね」

 ふん。


(うんって言った)



 私たちは、“生活の回復”から始めた。


 熱がある子には湯を飲ませ、布団を温め、汗をかかせすぎない。

 薬草は薄く、こまめに。咳が出る老人には蜂蜜と生姜。眠れない者には温めた石を布で包んで足元へ。

 人は眠れれば回復する。


 私の魔法は派手じゃない。

 けれど、魔法より大事なものがある。


 手順だ。


「水分。まず水分を」

「薪はここに集めて。火を絶やさないで」

「子どもは家の中へ。薄着のまま外に出さないで」

「食べられる人は少しでも食べる。塩だけでもいい」


 動ける人が動く。動けない人は助けられる。

 村がひとつの体みたいに動き始めた。


 ひそひそ声は弱くなった。

 言葉より、湯気のほうが強い。冬の村ではそれが正しい。


 そして、村が少し落ち着きかけた頃。


 外から来た。


 神殿の使者が。



 馬が二頭。護衛が二人。ローブの男が一人。

 男は笑っていた。丁寧で、薄い笑いだ。


「霧縁の皆さま、ご機嫌よう。私は神殿の副司祭ラグナと申します」


 村人がざわつく。神殿というだけで、空気が冷える。


 副司祭は私を見つけると、さらに目を細めた。


「おお。追放された聖女セレナ。元気そうで何より」

「ご用件は?」

「王都が困っているのです。聖女が不足している。戻れば罪は軽くして差し上げましょう」

「罪、ですか」

「ええ。偽りの聖女としての罪」

「……証拠は?」


 口が勝手に動いた。

 王都の匂いがすると、体が勝手に構える。嫌な癖だ。


 副司祭は肩をすくめる。


「証拠など、民の感情が証拠です。聖女リュシアが傷ついた。それで十分でしょう?」


(十分じゃない。でも、あなたの中では十分なんだろうな)


 副司祭は続けた。


「それに、この村で流行り病が出たとか。追放者が来たせいで災いが起きた、とも聞きました。村の皆さま。神殿は慈悲深い。追放者を引き渡せば、清めの祈りを授けましょう」


 村人の顔が揺れる。

 冬の不安は、ひと押しで傾く。


 村長が一歩前に出た。


「清めなどいらん。病は治まりかけている」

「おや。誰が治めたのです?」

「……」

「追放者の力でしょう。ならばなおさら神殿へ返すべきです」


 副司祭の視線が私の腕輪に落ちた。口元が上がる。


「その腕輪、神殿の権限で強化できます。あなたの力は神殿のもの。あなたの人生も、神殿のもの。……さあ、戻りなさい」


 その瞬間。


 ルゥが広場の端から現れた。


 白銀の巨体。空気が張りつめる。護衛が剣に手をかける。

 ルゥは私の前に立ち、低く唸った。


 それだけで十分だった。

 「触るな」と言っている。


 副司祭の表情が歪む。


「守護獣……。噂は本当だったか。なるほど」


 副司祭は懐から小さな魔具を出した。銀色の鎖。細いのに、嫌な気配がする。


「神殿には獣を従わせる術がある。聖女が媒体になれば、なお容易い」


(……やっぱり、狙いはそれ)


 村長が怒鳴る。


「やめろ! ここは霧縁だ!」

「霧縁も王国の一部。神殿の権限は及びます」


 鎖が投げられ、ルゥの首へ絡みつこうとした。


「やめて!」


 私が声を上げた瞬間、腕輪が熱を持った。刻印が光り、体の中の魔力が締め付けられる。息が詰まる。膝が落ちる。


「……っ」


 副司祭が笑った。


「封印、発動。動けないでしょう? あなたは従うしかない」


(最悪。王都のやり方をここでもやるの)


 視界が揺れる。呼吸が浅い。

 倒れそうになる。でも、倒れたら終わる。


 私が倒れたら、ルゥは暴れる。暴れたら村が傷つく。村が弱れば、神殿の思うつぼだ。


 嫌だ。


 大きな奇跡は使えない。封印で無理。

 なら、小さなことをする。


 私ができるのは、体を整えること。

 呼吸を整える。心拍を落とす。焦りを薄める。


 私は胸に手を当てて、息を長く吐いた。吐いて、吐いて、吐く。

 少しだけ力が戻る。


 顔を上げ、村人へ叫ぶ。


「湯を! 湯を沸かして! 火を絶やさないで! 子どもは家の中へ! ミア、みんなを連れて!」


 ミアが目を見開き、それでも頷いた。


「わかった! みんな、こっち! はやく!」


 子どもたちが動く。母親たちが動く。男たちが薪を運ぶ。

 村が、ひとつの体になって動き出す。


 副司祭が苛立つ。


「何をしている。あなたが動けば封印が強まるだけだ」

「動くのは私じゃない。村です」


 私は笑った。薄い笑いじゃない。

 湯気みたいに、ちゃんと温度がある笑い。


「奇跡が必要なら王都で探してください。ここで必要なのは、手と足と火です」


 副司祭が舌打ちした。


「黙れ。獣を従わせれば済む」


 鎖が、ルゥの首に触れた。


 ルゥが私を振り返る。

 目が言っている。「どうする」。


(暴れないで。ここは家なんだから)


 私はふらつく足で立ち上がった。封印が痛い。頭がぐらぐらする。胃がむかむかする。

 それでも立つ。


 ルゥの額に手を伸ばす。

 毛が暖かい。


「ルゥ」


 声は震えた。でも言う。


「大丈夫。……ここは、私たちの家」


 ルゥが目を細めた。


 その瞬間、淡い光が広がった。

 森の奥、祠の方向。雪の上に、静かな円が描かれる。空気が変わる。


 鎖の刻印がぱちぱちと弾け、黒ずみ、力を失った。

 副司祭の顔色が変わる。


「結界……? なぜ発動する……!」

「私にも聞きたいですけど」


 私は息を整えながら言った。封印はまだ痛い。でも、心の中に芯ができていた。


「私は道具じゃない。ルゥも道具じゃない。この村も、神殿の倉庫じゃない」


 村長が前に出た。村人が続く。

 火の匂い、湯気の匂い、人の匂い。冬を生きる匂いが集まる。


「副司祭ラグナ。お前の清めはいらん。帰れ」

「神殿に逆らうのか!」

「神殿が先に村を見捨てた。飢饉のときも雪崩のときも、祈りだけ置いて帰った。……もう十分だ」


 副司祭は周囲を見回した。村人の目は揺れていない。

 不安は、火の熱で乾いていた。


 副司祭は最後に私を睨む。


「……後悔するぞ、セレナ。王都はお前を許さない」

「王都の許しがなくても、生きられます」


 私は言った。


「たぶん、あなたが思うよりずっと普通に」


 副司祭はローブを翻し、馬に乗った。護衛が慌てて追う。

 雪を蹴り上げて、神殿の一行は村を去った。



 静けさが戻る。


 私はその場に座り込んだ。脚が限界だった。封印の痛みが遅れて押し寄せてくる。


 ルゥが横に寝そべり、私の膝に頭を乗せた。

 重い。でも暖かい。潰れそう。でも、心が軽い。


「……ねえ、ルゥ」

 ふん。

「私、頑張りすぎた?」

 ふん。


(即答しないで。反省するってば)


 村人の笑い声が混ざる。誰かが湯を持ってきてくれる。誰かが毛布をかけてくれる。

 村長が気まずそうに咳払いした。


「……すまん」

「何がです?」

「最初に疑った」

「疑うのは普通です。私も王都の人間は疑います」

「それ、俺もだ」


 村長の口元がほんの少し緩んだ。


 ミアが駆け寄ってきて、ルゥの毛に顔を埋めた。


「ルゥ、すごかった! おねえちゃんもすごかった!」

「私はそんなにすごくないよ」

「すごいよ! だって、みんなに“どうしたらいいか”言ったもん!」

「……それは、うん。役に立ったかも」


 自分で自分を褒めるのは苦手だ。でも今日は少しだけ許す。

 私は初めて、“ここで暮らしたい”という気持ちのために動いたのだから。



 数日後、流行り病は落ち着いた。


 咳は減り、顔色が戻る。冬はまだ続くが、続く冬を生きる手順が村に残った。

 薬草の干し方。湯の回し方。火の守り方。誰がどの家を見に行くか。小さな仕組み。


 診療所のおばさんが言う。


「セレナ、あなた、聖女っていうより“村の姉”ね」

「姉って、急に責任が増えた感じがするんですが」

「大丈夫よ。責任は皆で持つの。ここはそういう場所」


 私は笑って薬草を束ねた。


 夕方、小屋に戻ると、戸口に木の札がかかっていた。


 “セレナの家”。


(……勝手に家にされてる)


 後ろで村長が咳払いした。


「小屋は改修していい。村の大工を回す」

「いいんですか」

「お前が出ていくと困る。……診療所が」

(言い訳が下手だな)


「ありがとうございます。でも条件があります」

「条件?」

「私は聖女じゃなくていいです。セレナでいい」


 村長は一拍置いて、頷いた。


「分かった。……セレナ」


 呼び方が少しだけ柔らかい。


 小屋の横で、ルゥが大きく伸びをした。雪を払って私の方へ来る。

 私は手を伸ばし、もふもふに顔を埋めた。


「あったかい。あなた、冬に反則だよ」

 ふん。


 封印の腕輪が毛に埋もれる。刻印の冷たさが、今はそれほど気にならない。

 ここには、暖かいものが多すぎるから。


 ミアが遠くから叫ぶ。


「おねえちゃん! 今日スープ作る? わたし、にんじん切る!」

「指を切らないでね」

「切らない! ぜったい!」

「その“ぜったい”は信用できない」

「ええー!」


 笑い声が夕暮れに混ざる。


 私は深呼吸した。


 王都では、深呼吸するたびに胸が重かった。

 でも霧縁では、深呼吸すると胸が軽くなる。


(追放は終わりじゃない)


 大神殿の拍手が遠のいた日から、私はやっと息をしている。

 そして今日も、もふもふが近い。


 ……重いけど、幸せだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


追放って、だいたい「ざまぁ」か「復讐」で熱くなる展開が多いのですが、今回はあえて

“追放=やっと休めるスタート地点” という方向で書きました。


そして何より……守護獣ルゥです。

初対面で伏せてくる大型もふもふ、反則ですよね。冬にあんなの置かれたら、人生が解決します(物理的に温かい)。


セレナの力も、派手な奇跡ではなく「体調を整える」「生活を回す」タイプにしました。

すごい魔法より、湯気と火と睡眠が世界を救う瞬間って、案外あると思うんです。


もし「ルゥのここが好き」「この村の雰囲気が好き」「セレナのツッコミが好き」など、刺さったところが一つでもあれば、感想で教えてもらえるととても嬉しいです。作者が全力でもふもふになります。


それでは、霧縁の村の続きが必要になったら、いつでも呼んでください。

今日も、重いけど幸せなスローライフを!

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