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夜間整理中に開いた古書が異世界接続キーでした。チートなし図書館司書ですが、知識だけで事件解決できますか?

作者:
掲載日:2025/12/05

閉館後の図書館は、昼間とはまったく違う顔を見せる。


壁に沿って並ぶ無数の本棚が、まるで静かな見張り番のように立ち並んでいる。

足音だけが妙に大きく響くから、思わず歩き方まで気をつけてしまう。


俺、安藤ハルキ、二十五歳。

市立図書館の司書として働いて、もう三年目になる。


「今日も地味な仕事だな… 」

そんな独り言を呟きながら、返却された本を台車に積んでいく。


華やかな仕事じゃない。でも、俺はこの仕事が好きだ。

本に囲まれて、知識の海を泳ぐような毎日。


派手な人生じゃないけど、それでいいと思ってた。

思ってたんだけど…


「安藤くん、悪いんだけど」


上司の田村さんが、申し訳なさそうに声をかけてきた。


「地下の特別蔵書室、そろそろ整理しないとまずいんだよね。今日、少しでいいから手をつけてもらえる?」


「あ、はい。大丈夫です」


特別蔵書室。一般には開架されていない、古書や寄贈本が眠る場所だ。

正直、埃っぽくて整理が大変なんだけど、掘り出し物に出会える可能性もある。本好きとしては、ちょっとワクワクする仕事だ。


地下への階段を降りると、ひんやりとした空気が肌に触れる。

重い扉を開けると、古い紙とインクの匂いが鼻をつく。

薄暗い室内に、天井まで届く本棚がいくつも並んでいる。


「うわ、相当溜まってるな……」


段ボール箱が積み上げられ、分類されていない本が雑然と置かれている。

これは一日じゃ終わらないかもしれない。


とりあえず、手前の棚から整理を始める。

背表紙を確認して、分類番号を調べて、目録に記入して――その繰り返し。単調な作業だけど、嫌いじゃない。


むしろ、この静かな時間が心地よかったりする。


そして、奥の棚の最上段に手を伸ばしたとき。


「……なんだ、これ?」


他の本とは明らかに違う、美しい革装丁の本が目に入った。


埃を払うと、表紙には複雑な魔法陣のような模様が描かれている。

タイトルらしき文字は――読めない。

古代文字みたいな、不思議な書体だ。

でも、なぜか「ムンドゥス・コグニティオ」という音が頭に響いた。


手に取ると、ほんのり温かい。


「綺麗な装丁だな……」


司書として、古い本の扱いには慣れている。

慎重にページを開こうとして――


その瞬間だった。

急に視界が真っ白に染まった。


浮遊感。重力が消えたような、ふわふわとした感覚。

耳鳴りがして、全身が光に包まれる。


「えっ、何――」


言葉が途切れる。


そして――


気がついたとき、俺は石畳の上に立っていた。


「……は?」


目の前に広がるのは、見たこともない景色。


石造りの建物が立ち並び、木造の看板が風に揺れている。

道行く人々は中世ヨーロッパみたいな服を着ていて、遠くから馬の嘶きが聞こえる。

空は青く澄み渡り、太陽の位置は――昼過ぎ、くらいか?


「夢……だよな?」


頬をつねってみる。

普通に痛い。めちゃくちゃ痛い。


じゃあ、これは現実? でも、さっきまで図書館にいたはずだ。

そう、あの本を開いて――


「あの本、何だったんだ……?」


混乱する頭で周囲を観察する。

司書の職業病というか、情報を集めて整理する癖が自然と働く。


町の規模は小さい。人口は五百人くらいだろうか。

中央に広場があって、井戸が見える。

商店らしき建物、宿屋の看板、石造りの立派な家――おそらく町長の家だ。


「旅の方ですか?」


突然、声をかけられて飛び上がりそうになった。


振り向くと、白髭を蓄えた老人が温和な笑顔で立っている。


「あ、はい……そうです、旅の……」


言葉が通じる。

それどころか、自然に口から出てくる。これも本の力?


「おお、これは珍しい。我々の町、ルーンベルクへようこそ。

私は町長のグレゴールと申します」


「安藤ハルキです。あの、実は……」


何から説明すればいいんだ?

異世界から来ましたなんて言っても信じてもらえないだろう。

というか、自分でも信じられない。


「学者様のようにお見受けしますが」


「え、あ、はい。本や知識を扱う仕事を……」


「それは素晴らしい! 実は、ちょうど困っていたところなんです」


町長――グレゴールさんは、俺を町長の家に案内してくれた。

応接室のような場所に通され、お茶まで出してもらう。

夢にしてはリアルすぎる。


「実を言うと、この町にはいくつか問題が起きていましてね」


グレゴールさんは困り顔で語り始めた。


問題は主に三つ。


一つ目、町の中心にある井戸の水が突然枯れた。

農業用水として重要なのに、もう三日も水が出ていないそうだ。

町人たちは「魔物の呪い」だと恐れている。


二つ目、町を守る古代の魔法陣が不安定になっている。

時々、魔力が暴走して光を放つ。

このままでは大きな事故につながるかもしれない。


三つ目、商店の倉庫から食料が盗まれている。

外部の盗賊かもしれないが、証拠がない。


「魔法使いを呼ぼうにも、辺境のこの町まで来てくれる人はいません。もし学者様のお知恵で何とかなるなら……」


グレゴールさんの目には、切実な願いが込められていた。


俺は――この村を救えるような能力なんてない。魔法も使えない。

ステータス画面みたいなものも見えない。

持っているのは、今まで読んできた本の知識だけだ。


でも。


「分かりました。できる限り、やってみます」


なぜか、そう答えていた。


困っている人を放っておけない。

本を通じて得た知識で、誰かの役に立てるかもしれない。

司書として――いや、まず一人の人間として、やれることをやりたい。


まず井戸の問題から取り掛かることにした。


広場の井戸は確かに枯れていて、底を覗いても水は見えない。

周囲の町人たちは不安そうに集まっている。


「最近、何か変わったことはありましたか?」


「うーん、特には……あ、そういえば北の道を広げる工事をしてましたね」


宿屋の女将――マルタさんが教えてくれた。


道路工事。地下水脈が変わった可能性がある。

地学の基礎知識だけど、地下水は地形の変化に影響を受けやすい。


「その工事現場を見せてもらえますか?」


案内してもらうと、確かに大規模な土木工事の跡がある。

岩を砕き、土を盛って道を平らにしている。


(もし地下水脈が変わったなら、新しい水源を見つけるか、流れを元に戻すか……)


ふと、手元の『世界観察録』――いつの間にか持っていた、あの本が淡く光った。

ページを開くと、この世界の基礎知識が記されている。

辞書のように使えるらしい。


「水源探査の魔法陣……か」


古代文明の遺産として、各地に魔法陣が残っているという。

この町にもあるはずだ。


「あの、この町に昔使われていた魔法陣の場所を知っている人はいますか?」


「魔法陣? ああ、古老のエルヴィンなら知ってるかもしれない」


マルタさんが、町外れに住む老人の家まで案内してくれた。

エルヴィンさんは八十を超える老人で、物知りだと評判らしい。


「水源探査の魔法陣か……そういえば、町の西の丘に古い石碑があった。子供の頃に見た記憶がある」


「案内してもらえますか?」


エルヴィンさん、マルタさん、そして何人かの町人と一緒に西の丘へ向かう。


草に覆われた石碑を見つけたとき、心臓が高鳴った。

きっとこれだ。複雑な幾何学模様が刻まれていて、中心には古代文字が円環状に配置されている。


「これを起動できれば……」


魔法陣の仕組みを観察する。

まるでプログラミング言語みたいだ。

一つ一つの文字が命令で、全体で一つの機能を果たしている。


『世界観察録』に記された起動方法を確認する。

特定の順序で文字に触れ、魔力を込める。

魔力なんてないけど、頑張ればいけるかもしれない。


深呼吸して、集中する。


一つ目の文字に触れる。温かい。

二つ目、三つ目――リズムよく、順番に。


石碑が淡く光り始めた。


「おお……!」


町人たちが息を呑む。


そして、石碑の根元から水が湧き出した。

透明で冷たい、綺麗な水だ。


「水だ! 水が出た!」


「学者様、すごい!」


町人たちの歓声が上がる。

俺は――なんだか照れくさくて、頭を掻いた。


「次は魔法陣の暴走、ですね」


町を守る守護魔法陣は、町の北門にあった。

確かに時々、青白い光を放っている。不安定だ。


近づいて観察する。文字の一部が風化で消えかけている。

パターン認識で元の形を推測する。プログラムのバグ修正みたいなものだ。


『世界観察録』の記述と照合しながら、消えた文字を復元する。

チョークで書き足して――魔力を込める。


魔法陣が安定した光を放ち始めた。暴走は止まった。


「これで大丈夫です」


「本当にありがとうございます、学者様!」


最後は倉庫の盗難。


現場を検証する。窓の鍵は内側から開けられている。

盗まれたのは食料と日用品のみで、貴重品には手をつけていない。


これは――内部犯行で、しかも金目当てじゃない。

生活に困っている誰かだ。


町人たちに聞き込みをすると、最近仕事を失った若者がいるという。

名前はトマス、十八歳。


トマスを見つけて話を聞くと、案の定だった。

家族が病気で薬代が必要だったが、お金がなく、今日食べるものもなかったようだ。

盗みは悪いと分かっていたが、他に方法がなかったという。


「町長に話してみます。あなたに仕事を用意してもらえるよう」


「本当ですか……!」


トマスは涙を流して頭を下げた。


グレゴールさんは快く引き受けてくれた。

トマスには町の道路整備の仕事が与えられ、給金でご飯も薬を買えるようになった。


夕暮れの広場で、町人たちが集まってくれた。


「学者様、本当にありがとうございました」


「あなたのおかげで、町は救われました」


「また来てくださいね!」


子供たちまで集まって、笑顔で手を振ってくれる。


俺は、なんだか胸が熱くなった。


人の役に立てた。知識だけで、誰かを助けられた。

俺みたいな平凡な人間でも、できることがあるんだ。


「ありがとうございました。また、必ず」


そう約束した時――


『世界観察録』が淡く光り始めた。帰還の時間らしい。


視界が白く染まり、浮遊感を感じる。

次の瞬間、俺は図書館の蔵書室にいた。


床に座り込んだまま、しばらく呆然としていた。

時計を見ると――まだ二時間しか経っていなかったようだ。


でも、確かに異世界で過ごした記憶がある。


『世界観察録』は、何事もなかったように本棚に収まっている。


「夢じゃ、なかった……よな」


翌日、いつもと同じ図書館。


でも、何かが違う。本への向き合い方が変わった気がする。

この本の向こうには、誰かの人生がある。知識は、誰かを助ける力になる。


「すみません、調べ物で困ってるんですけど……」


小学生の女の子が、おずおずと声をかけてきた。


「うん、一緒に調べようか」


俺は笑顔で答えた。


特別な力なんてなくていい。

知識と考える力があれば、人の役に立てる。

図書館でも、異世界でも、それは同じだ。


閉館後、再び蔵書室へ向かう。


『世界観察録』を手に取る。


「また、行けるかな」


本を開こうとして――一度、ためらう。


「いや、今日はここまで。明日の楽しみにしよう」


本を棚に戻し、図書館を後にする。

夜空を見上げると、星が綺麗に輝いていた。


世界はいつも、本を開く瞬間を待っている。


そして俺も…次のページを開く準備ができた。


【完】

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