千種の落とし前
さて初戦をコールド勝ちした週末を終え月曜日。
既に夏本番さながらに朝から蒸し暑い。
この間までのストッキングブームがいきなり終わったのも当たり前の話だ。
朝のランニングから帰るとなぜか千種は既に制服。いつもよりだいぶ早く着替えていた。
どこかに出かけるの?
「待ち合わせ」
…こんな早くから?
「……ヒメ」
短く発せられた言葉に嫌でも先週のことを思い出す。
そうか、今日からヒメさんが登校するんだもんな。
…にしてもこんな時間。
「授業が始まるまでに話をしたいから」
それだけ時間がかかるなら俺も行った方がいいんじゃ。
「あたし一人」
そう短く言い切り、朝食はいつもみたいにと念を押して千種は出ていった。
一人で食べる朝食は味気なく、千種が普段どれだけ潤いを与えていてくれるか、再認識することになった。
そしていつも以上に短い答えに千種自身が緊張していることも。
・・・
あたしが指定した場所はプールの横の建物の陰。
普段から人がいないし、間違っても朝からここに来たい人はいないはずだ。
誰にも聞かせたくないし、ヒメと会っていた事実を見られることすら隠したかった。
「早いね」
ヒメは、あたしが到着してすぐに来た。
待ち合わせ時間にだいぶ早い。
遅刻はしないけど、これだけ早いのも珍しいのではないか。小さい頃からの知り合いならではの特徴。
「本当に今回はごめんなさい」
先週のわずかなメッセージのやり取りで繰り返された言葉。
「知っていたのよね」
「……うん」
「なぜ見逃したの?」
核心であり知りたかったこと。
「…結果より今を選んだから」
……そうか。
それだけ聞ければほぼ用事は終わりだった。
「あたしより彼を選んだのね」
間違うことはある。
あたしだって幸平が絡めばヒメと同じように振舞うことはかなりありそうだ。
だけど。
あの人を死の寸前に追い詰めたのは目の前の人。
たとえ過去がどうであれ、あたしは許さない。
「あなたにもらった色紙が」
あたしが幸平に初めて抱かれた次の日にあなたが書いてくれた。
「また意味を持つ日が来るなら」
もう10年以上の付き合いだ。
「その時は千種って」
呼んでほしい。またいつか。
「ごめんなさい、室賀さん」
一礼をし、ヒメはこの場を後にしようとする。
そこに現れたのは幸平。
「よっ、ヒメさん。今日も丸いね」
「何言ってるの。あなたの角でうちは…」
定番ぽかったやり取りも今回は最後まで続かなかったようだ。
「田中は?」
今の天気でも尋ねるように幸平は気軽に質問した。
「北へ」
「いつ戻るんだ」
「……もう二度と」
最後は涙声だったと思う。
ヒメはそのまま去った。
「いつからいたの?」
「着いたらヒメさんと別れるところだったよ」
あたしを気遣っての嘘かは分からなかった。
あたしは幸平の胸に飛び込み声をあげず泣いた。
あなたは、優しく背中を撫でてくれた。
男を愛しただけで友と軌道が別れる。
いつかまたどこかで並んだら、今よりはずっと分かりあえるだろう。
そう、信じたい。




