契約
気になる点は他にもあった。
出頭要請は俺たちをかなり深刻に動揺させたけど…冷静になって俯瞰すると。
あまりに拙速、杜撰であった。
なぜ証拠になるものをご丁寧に配達証明までして残したのか?
人権侵害になりそうなことはリテラシーの高い現代なら早々に分かることであろうに。
事実、補選に亡くなった陣営からは立候補断念のニュースが流れたばかりだ。
姉からは今の市長も次は危ういだろうねと聞いている。
痛手ばかりだ。
なのに千種を欲しがる動きはまだあって。
見えていないだけで原動力は身近なのか?
………。
そうか。
あの矢継ぎ早の動きは一人だけで描かれた思い付きか。
そんな欲望に振り回されて…鈴木は親を殺め、俺たちは…もしかしたら千種を残して俺だけが事故に遭うようなことに。
なったと言うことか。
くそったれ。
・・・
初めて人を殴りたいと思った。
あの千種が、俺の形相におろおろしている。
「どうしたの、幸平」
柔らかく包み込む千種の腕。
すまん。かなり頭に血が登ってる。
このまま教室に戻ったらなにをしでかすか俺自身が分からない。
「ごめんよ、幸平くん」
突然声がした。
かろうじて少ない自制が効いていたのは、この人の存在が頭に入っていたからだ。
山門飛梅。
千種は驚いて幼馴染を見る。
「千種でも気づかないはずだったんだけどね」
…つまり承知の上だと?
なぜ…見過ごした?
「証拠はないんだよ」
何言ってんだ、殺意あるだろうが。
「よくて、教唆、だね」
なぜ婚約者が他人の女に固執するのを黙認するんだ?
地域をこんな風にめちゃくちゃにして。
「それはあなたたちも同じっしょ」
義憤でないのは確かにそうだが、それでも。
「千種…ごめんなさい」
ヒメさんはそうやって頭を最大限下げた。
千種はまだ今回の構図が描けないのか戸惑っている。
「黙って横暴を許したのはうちの判断ミス。だけどね、もう許さないから」
どういうことだ?
「彼をうちが面倒みるよ」
どこにそんな保証が?
「うちと千種の歴史に免じて」
千種をこれ以上悲しませないってことだな?
「もし破ったら好きにしていいよ。幸平くんに抱かれたっていい」
あんたにも最低限のプライドあるだろ?
「だからさ。一生幸平くんの女になるって」
願い下げだ。
「千種大好きだもんね」
約束でいいよな?
「うん。証人は千種」
・・・
「ねえ…。今のって愛人契約?」
まだ飲み込めていない千種は勘違いしている。
たぶん山門飛梅はできる限りの譲歩をした。
現在を壊すことなく。
あんなことを言いたくもないだろうに。
田中秀吉と山門飛梅は、千種の誠実さに救われたってことだ。
どういうことだろう、とまだいろいろ考えている俺の嫁がいつになく愛おしい。
本当に千種一人で手一杯なんだよ。




