鬼
幸平…!
スローモーションはさらに遅くなり、ぶつかった車が停まる。
音を聞きつけた近くの商店の人が救急車を呼ぶ。
どこからかAED。
あなたの心臓が止まった?
嘘よね。
目を開けてよ!
笑ってよ!
あなたを抱きしめることもできず、救急車に同乗した。
おそらくは大学附属病院だ。
・・・
あたしの中でミコさんが泣いている。
あたしは自分のことで泣いた。
幸平…。
あなたのために泣くのはこのことが終わってからだ。
未必の殺意かはもういい。
かつての同級生であろうが、あたしか幸平を殺そうとしたことを許さない。
・・・
病院に着きすぐに手術が始まる。
一時間が過ぎた。
まったく終わる気配がない。
葉さんに連絡した。
葉さんは、絶句し…やがて…。
「すぐに向かうけど、なにか判断が必要ならあなたがして。あなたにしか頼めない」
最後は…泣き声だった。
玲先生と美也子ちゃん、相原さんが着いた。
現場検証が既に始まっており、あたしが呼ばれていると言う。
向かうしかない。
その前に3人にハサミかカッターを所持しているか、あたしは聞いた。
そして相原さんがカッターを所持していた。
それを受け取り、あたしは髪を切り始めた。
3人があたしを止めたけど、構わない。
これは幸平を思って伸ばした髪だ。
幸平…あなたにあげる。
あなたをきっと助ける。
そしたらまた伸ばすのだ。幸平と一緒の日々を送りながら。
切り終わった。
「行きます。何かあれば…すぐに連絡を…」
そう言い残しあたしは現場に向かう。
病院外に警官が二人待っていた。
初めて乗る救急車もパトカーもあたしは既に記憶になかった。
不揃いに短くなった髪のあたしはまるで…鬼のようだったと言う。
・・・
現場検証であたしは、鈴木不乱の名をあげることを躊躇わなかった。
事実を平坦に伝え、その場を一刻も早く離れて病院に戻りたかった。
2時間を超えやっと戻る最中にミコさんと話す。
(もう躊躇わない)
(わたしもだ)
(ならば)
(同じことを)
この地の平和も民の平穏も願わない。
もう止める。
それだけだった。
・・・
病気がちだった国会議員が突如心臓発作でそのまま死んだのは、あたしが願うことを止めたすぐ後だった。




