出頭
「幸平、よく聞いて」
事後一睡もせず、あたしは考え続けた。微睡みから覚めたこの人はいつもみたいにロードワークに出る準備をしたところでだった。
「どうしたんだ、眠れなかったのか?」
うん、そう。
「ねえ、しばらくは心臓に負担のかかることはやめて」
「急にどうした?」
あなたの体を思って。少しでも休ませないと。
「眠れないのは、あなたのご両親が亡くなったことが原因だと思うの」
滅多にこの人は直情的な表情をしない。特に幼い頃のことに関して。
お盆でお墓参りをした時はどうだったのだろうか。
あの頃はミコさんとの内面での対話に追われ、この人を見つめることがおろそかだった。
しばし無表情になった後、
「そうかもな」
と、投げやりとも取れる態度で答えた。
その後あなたは沈黙する。
時間だけが流れていく。
既に登校時間はとっくに過ぎていた。
・・・
カタリとドアポストから何かが投函された音がした。
時刻は10時を過ぎている。
空気を入れ替えるタイミングで投函物を確認した。
…配達証明?
なにこれ。
父の名前宛であるが連名であたしの名?
一応母にはあたし宛の郵便物は開封して良い許可を得ている。
差出人名は「高良観光開発株式会社」とある。
聞いたことのない名前だ。
開封する。
そこには………。
あたしは血の気を失い、腰が砕けるようにその場に座り込んだ。
膝に力が入らない。
「どうした?千種…」
彼が近づいてきた。
なんでこんな時に……。
・・・
「あなたは他薦により、早名神社の早名女候補に推薦されました。つきましては○月○日に早名神社宮社に出頭してください」
「なんだ、これ!」
幸平は声を荒げた。
二人の婚約がサナメノツガイからの脱出であることはお互いに承知していたはずだ。
どうして今なんだろう…。
あたしがなにか悪いことをしたのか?
幸平の体のことを心配し始めた矢先に、引き離すかのようにこんな聞いたこともないところから、出頭などと言う古風な言い回しであたしを苦しめようとするのか…。
誰よ。
誰がこんなことを決めたの?
幸せを求めることは許されないの?
…こんなことなら、幸平を待たなければ良かった。
…こんなことなら、葉さんと出会わなければ良かった。
…こんなことなら、生まれてきた意味がどこにあるの?
声を上げて泣いた。
なんだか世界が全部あたしを悪意で染めようとして。
たぶん生まれて初めて…泣けて、泣けて。
仕方がなかった。
出頭と言う言葉、実は今でも普通に世間で使われてたりします。




