千種の逆鱗
最内校と新人の留学をすることが決まった次の日に、明るい茶に髪を染め直した橋本結菜に相談を受けた。
「マネージャーが必要だと思うんだ。どう?」
マネージャーって今だっているだろ?あの嫉妬深くて、いつも俺を虐める。
「ついでに可愛くて、旦那さん思いの優しい奥さんも追加してね」
自分で言うか、千種。
「あなたたちのじゃれ合いを見たいわけじゃないの」
あっさりと結菜は次に話を進める。
「なかよし水泳会に千種が比重を置くじゃない?活動の時間がずれることが多くなるから、最低でも一人は必要なの」
あんだけ希望者がいたんだから、一人くらいマネージャー志望の一年生いないのか?
「今のところはいないのよね。ほらミーティングの後で挨拶した人たち。あの人たち以外はみんな部にするか、コースにするか保留中なんだ」
あー、ブームみたいなものか。相原コーチがきちんと説明したから、競技と体力作りの違いを決めかねてるんだ。
千種が二人分は…さすがに無理だな。俺なりに想像すると新人マネ二人でやっと千種一人分だと…。
「そう思うけど、まずは一人でも見つけなくちゃ」
そっか…結構切迫した話だな。かと言って早々簡単に…。
「あたしやろうか?」
おっと…キントキさん?あなた女子ウェイトリフティング部じゃ。
「廃部になったの」
え、そうなの?
「あたし一人しかいなかったから」
去年一年よく存続したな。
「なにもしなかったから…」
プラスもマイナスもなかった、と。そりゃ廃部になるわ。
「何かしたかったんだけど、2年からじゃ恥ずかしくて」
なら、野球部はどう?折井しかいないぞ。あいつなら歓迎してくれるさ。沢村もいるし。
「光秀くん?関係あるの?」
無神経なことを言うなと千種と結菜に目で威嚇される。おまえら二人が揃うと迫力が違うな。
まあヒメさんとマロさんがいるしな。
「幸平くんも…」
「キントキ」
低く千種が声を出す。あ、千種のスイッチ入るぞ、これ。
「幸平くんはね、千種の脚しか見えないのよ」
橋本が助け舟を出した。ただ…まあそうは言うなよ。
業を煮やしたのか、千種は
「沢村くん、ちょっといい?」
明らかに強い調子で沢村を呼んだ。千種とは小学校から同級生の沢村は、そんな千種を見たことがないのだろう。話していた黄田や田所をそのままにして、慌ててやって来た。
「なんだ、早名」
「キントキが野球部のマネージャーしたいんだって。それと、あなたキントキと付き合いなさい」
二人とも「はあ?」と声を出したまま、動かずにいた。
スイッチが入るとか、そんな次元じゃない。俺も数回しか経験のない、お怒りモードの千種じゃん。
……キントキさんは無自覚だったと思うが、あの態度が千種の逆鱗に触れたようだ。千種は間違っても他人に行動を指示するタイプじゃない。他人でない俺にはうるさいけど。
橋本なんか、特徴的な切れ長の目を丸くしてるぞ。
「幸平、ちょっと来て」
沢村もキントキさんも、結菜さえ置いたまま、千種は俺と教室を抜けたのだった。
無自覚は強敵と自覚する千種ちゃん。
このお話で第一章終了です。
それと短編「おまえとの10個の約束」の2話目「1つ目の約束」を本日中に投稿予定です。よろしければそちらもどうぞ。




