一年の新人
なんとなく動物園の檻の中に入った気分だ。
結菜と二人、水泳部に興味を持つ数十人の前に立つ。
「結菜…どんな気分だ?」
驚いたように俺を見つめる結菜。
「結菜!」
千種が結菜に向かってなにかを合図する。
たぶん意図が通じたのだろう。
「まさか幸平が名前呼ぶなんてね」
「おまえだって…呼び捨てだろ」
大杉を美樹と呼んでいたが、結菜には俺は頑なに…橋本と呼んでいた、そのこだわりがなくなっていた。
「一年経ってまさかあなたから名前呼ばれるなんて、思わなかったわ」
「嫌なら戻すけど」
「…ううん…それでいい」
「また深く考えなきゃ分かんないけど、たぶん同じスタート台に立ったわけだ」
「もうあなたを追いかけてるわけじゃないのよ」
「だから…だな」
「ええ、それでたぶん…いいはずよ」
何人かガタイの良さげな男女が近づいてくる。
えーと…男が4名、女が3名か。
これは、多いのか?
男たちは中川、仁田、根津、野村と名乗った。
とりあえずよろしくな。
そして女性陣は…前田、武藤、本村。
「えっとみなさんマジの方?」
どんな聞き方だよ、と思うがまあコーチの言葉もあって、この場に来た理由は改めて聞くまでもないだろう。
素直に全員が頷く。
「はじめまして。経験者の方ばかりだと思うから簡潔に自己紹介するわね。橋本三姉妹の真ん中、結菜です。背泳ぎです」
「そんで俺が甲子園で…」
「幸平、まじめにやれよ」
いつの間に、コーチ。
「男子は今年から発足だから、おまえたちが一期生だ。俺はまあ…案内係と助っ人だな。早名幸平。よろしく」
「この面子は入学前から聞いていてな。俺が相原浩一だ。みんな頑張ろう」
はいっと非常に良い返事。
うむ。初心忘るべから…。
「幸平、あなた初心あったの?」
うるさい嫁まで口をはさんできた。
結菜が千種を紹介する。
「なかよし水泳会のマネージャー、早名千種さん。すごく有能なの。それで…」
「幸平の嫁」
また言い切ったな。
「遠縁の親戚同士だから同じ名字。ちなみに籍はまだだけど、結納交わしたほんとに夫婦よ」
結菜があっさりと言う。
高校生で…と誰かが驚いたように口に出す。
「かなりレアケースなんだけどね、この二人」
そのうち気にならなくなるから、と結菜はまとめ即席の挨拶会は終了した。
一年生の面々はまず夫婦が良く分からないまま、部屋を後にする。
「あんな感じで良かったのか?」
橋本に尋ねてみたが
「大丈夫でしょ」
とお気楽な答え。
とりあえず、俺たちもよろしくな。
「ええ」
後でふと気になったんだが、美也子と由麻ちゃんの姿が見えなかったな。なかよし水泳会だから不参加だったのだろうか。




