第3話:王都の密室
王都の朝は、港町よりも重く、そして静かだった。
石畳の道を歩きながら、私は昨夜まとめた調査ノートを頭に反芻する。倒れた使節団の症状――港で確認した薬材の痕跡――そして、麟の眼光。全てが、何か計画的に仕組まれたものの証だった。
「雫さん、こちらです」
麟の案内で、王都の役所奥にある一室へ入った。扉が閉まると、室内は密室そのものだった。簡素だが、薬材や文書が整然と並ぶ机、古い書棚、そして一つだけ異様に新しい薬箱が目に入る。
「今回の症状は、この室内で使われた薬と関係があると思われます」
私は机の上を見渡しながら言った。目の前の薬箱は、港で扱ったものと同種の成分が確認できる形跡があった。しかも、使用の順序や量まで計算されている。
麟はうなずき、静かに質問する。
「港からの薬材ルートを追うだけではなく、ここで調合されたものの影響も考えねばならない。雫さん、観察は可能か?」
私は薬箱の蓋を開け、成分の配置や色の差異を確認した。手触りや液体の濃淡から、誰がどの順序で触ったかも推測できる。
「はい……微量の差異や配置の乱れから、使用者の意図や順序が読めます」
その時、役所の職員が一人入ってきた。
「失礼します。昨日倒れた使節団の資料です」
私は資料を受け取り、症状や食事、摂取した薬を確認する。全員に共通していたのは、特定の順序で摂取した薬材が混ざっていること。偶然ではない。
「つまり、港で倒れたのと同じ調合の痕跡が、王都でも確認できる……」
麟が低く呟く。
「この密室で何者かが計画的に……」
私は手を止め、考える。犯人は港から王都までの流通を把握していたのだろう。使節団はその実験台――いや、テストケースにされた可能性もある。
「雫さん、推理はどうですか?」
麟が真剣な目で問う。私は薬箱を軽く指で触れ、配置と順序を確認する。
「順序と量の違い、配置の乱れ……使用者は経験者です。港町の薬師か、あるいは王都の古い医術を知る者」
麟が眉をひそめる。
「港の薬師と王都の医術者、双方の知識が必要だと……」
「はい。港での調査と王都の調合を繋げると、誰が意図的にこの症状を作ったのかが浮かび上がります」
私は薬箱の蓋を閉め、麟に視線を向ける。
「港の薬師娘が王都の陰謀に巻き込まれる……物騒な話ですが、現実です」
麟は苦笑しながらも、手帳にメモを取る。
「協力してもらえるか、雫さん?」
私は軽く肩をすくめた。
「もちろん。推理の結果を見極めるまで、手は抜きません」
王都の朝日が差し込む窓から、冷たい光が室内に入り込む。
港町の小さな事件は、王都の密室に持ち込まれ、さらに複雑な陰謀の兆しを見せていた。
そして私は、自分の観察力と薬学の知識を頼りに、次の一手を考え始める。
その日の夕刻、王都の街を見下ろす小高い丘に立ち、港町と王都の関係を頭の中で整理する。
交易ルート、薬材の流れ、倒れた使節団――全ては巧妙に繋がっている。
港町での事件の延長線上に、王都の闇があるのは確かだ。
しかし、その闇は単なる薬の操作だけではなく、権力の影、計算された罠のように思えた。
「見せてもらいましょう……王都の毒の全貌とやらを」
私は静かに、次の調査への決意を固めた。




