表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱庭の終焉、その鍵を君が持っていた  作者: 桜柚
第1章 【璃球編】
7/51

始動【1】





月が周囲を照らす闇夜の中、白煙が上がっていた。


何の前触れもなく突然起きた爆発に、アサトとホヴィスの二人は座っていた地面から瞬時に立ち上がる。一体何が起きたのかと、アサトは周囲を見渡した。


「な、なんだ?」


対するホヴィスは眉間に皺を寄せ、サングラスの奥にある瞳をスッと細める。


「旦那ぁぁぁぁ!!」


ホヴィスが視線を声の方向へ移すと、キッシュが此方に駆けてきていた。その慌て様から、先程の爆発に関わっているのは容易に想像出来た。


「キッシュ。これは一体、どういう事だ?」


「えーと、それが……」


ホヴィスの問いに、キッシュは気不味(きまず)そうに目線を逸らす。だが、逃げた所でホヴィスの圧力が消える訳もなく、キッシュは息を吐いた。


「き、記憶を消そうと、アイツらに触れたら、小型のDAMが付いてたみたいで。……あははっ、やられちゃいましたー」


笑って誤魔化そうとするキッシュの態度にホヴィスの眉間の皺が1つ増える。


「ほぉ、やってくれたな」


声音は穏やかだが目が笑っておらず、表情からは窺い知る事は出来ないが、確実に怒っているのは先ず間違いない。キッシュは一早くそれに気付くと、弁解するように慌てて両手を左右に振った。


「いや、あの、旦那? 悪気は全くないんだよ? たまたま、運が悪かったってだけで!」


「運の所為にするな。だから、慎重にやれと口酸っぱく言っていただろう」


自分を射抜くような鋭いホヴィスの眼差しに、キッシュは怯みながらも不服ばかりに声を上げ続ける。


「でも、旦那は適当にやれって言ってたしぃ。旦那にも責任、あるんだよー?」


「黙れ。……チッ、今までの行動が無駄になっただろうが」


「うぅー、だってさぁ!」


自分を無視して口論を始めてしまった2人を見て、アサトは眉を下げた。爆発の理由も分からないというのに、自分には理解出来ない話を続けられるのは心底辛い。


出来る事なら、このまま家に帰りたい。だが、状況がそれを許してくれる筈もなく、アサトは打開策を悩み続けるしかなかった。


「んんと、どうしようかな……」


ここは思いきって、2人を止めてみようか。このまま呆然と座り込んでるよりはマシだろう。

そう思い、アサトが立ち上がり2人の肩を叩こうとした時だった。


『みぃ、つ、け、た』


機械音のようなしゃがれた声が周囲に響く。それは耳にではなく、脳内に直接響く不気味なものだった。


その声が合図のように、何処からともなく赤灰白色の不思議な形をした生き物が、歩いてくる。見た目は犬のようだが、何か様子が違う。明らかに殺気を此方に放っていた。


「な、なんだよ、あれ……。あれも軍の奴なのか?」


思わず後退りしたくなる感情をアサトは押し止め、ホヴィスとキッシュに視線を向けた。


視線を受けたキッシュはホヴィスとの口論を止め、不気味な集団を見定めるように目を細める。


「んーー、いや、あれは小型のDAMだよ。多分、オイラ達を追跡する為に向けられたものだと思う」


「だ、DAM(ダァム)?」


先程も聞いたこの言葉。一体、何の事なのだろう。


アサトのそんな思いを感じ取ったのか、キッシュは片手を軽く振る。


「あ、説明は面倒なんで後でね。DAMも現れたともなると、厄介以外の何物でもないこの状況。さてさて、旦那。どうする?」


何処か楽しげなキッシュの言葉にホヴィスはフンと鼻を鳴らす。


「言われなくても、分かってるだろ」


「そうだねぇ。じゃあ……」


キッシュは片足をトントンと鳴らし1度跳躍すると、その場から走り出した。ホヴィスはそれを横目に銃を構える。そして、近くに座り込んでいたアサトへ声を掛けた。


「おい、アサト」


「えっ? 何」


「オレの傍から離れるなよ。離れたら、命の保証は出来ん」


キッシュが率先して戦ってくれているが、不気味な犬達は此方にも近付いてきていた。鳥肌の立つその殺気に身震いすると、ホヴィスに頷きを返す。


「うん、分かった」


アサトは無力だ。ホヴィスに守ってもらうしか、生き残る術はない。全身を使って起き上がるとホヴィスの背後に身を寄せる。


「さて、殲滅させるか」


ホヴィスがそう呟いたのが合図のように、赤い犬達は勢い良く襲いかかって来た――






◇◇◇





リテアは息を切らしながら、街路をひたすらに走っていた。


ヴァーチェの姿は今や何処にもない。随分遠くに行ってしまったようだ。風を纏ったかのように、走り去っていったヴァーチェの姿を思い出し、リテアは息を吐く。


「異世界の人って、不思議過ぎるわ……!!」


まるで兄貴がよくやっているゲームや本にあるファンタジーの世界。そんな世界で起きる出来事。それが今、目の前が起きている。


疑問は口にすれば増えていく。だが、思考する余裕など今のリテアにはなかった。

リテアは頭を振って、前方に立ち上る白煙を見据えた。


嫌な予感がする。

だけど進まなきゃ、何も分からない。


速度を上げ、リテアは先を急いだ。






◇◇◇





「でぃやぁぁぁ!」


キッシュの回し蹴りが犬達の下腹部に直撃する。


直撃を受けた犬達は、路地の端々に飛ばされその動きを止めた。仕留めたと思うのも束の間、直ぐに犬達は起き上がる。


「……ったく、もー! きりがないなぁ」


うんざりと言った風に呟いて、キッシュはホヴィス達のいる後方へ視線だけを動かした。ホヴィス達に襲い掛かった犬達も同じように、血を垂らしながらも、何事もなく人形のように起き上がっている。


ホヴィスはアサトを庇いながら戦っている為、この状況は非常に良くなかった。このままではホヴィスの体力が尽きてしまう。


せめて、この犬達の動きを完全に止めることが出来たなら――


ふと、キッシュは足を使い犬の攻撃を躱しながら犬達を見据える。キッシュの視界に捕えた光輝くモノ。それは、全ての犬達の耳に装着されているピアス。時折、青く点滅する事から何かの装置のようだ。


「……ああ、なーるほどねぇ」


やはり、犬達は操られていた。恐らく、ピアスから発せられる強力な電磁波によって脳を支配され、命令させるままに動いているに違いない。あれさえ壊せば犬達は確実に動きを止める。

狙いは犬達の身体ではない。あの、ピアスだ。


キッシュは、小さく息を吐いて再びホヴィスの方へ視線を向ける。キッシュと同じく、アサトとホヴィスの2人も苦戦を強いられていた。


飛び掛かってきた犬にアサトは驚き、思わず目を瞑る。だが、痛みは来ず数発の銃声が響く。


アサトが目を開けた時、犬は血を流し倒れていた。周辺にいた犬を全て撃ち落とし、ホヴィスは直ぐに銃を構え直す。


「おい、大丈夫か」


「あ、うん。ありがとう……」


アサトは頷きを返し、周りをぐるりと見渡した。

自分達を囲むようにいる犬達。倒しても倒しても、息絶える事無く起き上がってくる。何とも不気味な犬達だ。


ホヴィスも同じ気持ちのようで眉を寄せ、苛立ちを表すように舌打ちをする。


「銃じゃ、埒が明かないな」


ホヴィスは徐に銃を力強く握る。すると、銃は一瞬の内に揺らぎその形を消した。武器が無い事を察したのか、犬達は唸り声を上げ、ホヴィスに的を絞り一斉に襲い掛かってくる。


「ホヴィス!」


慌てるアサトを横目に、ホヴィスは余裕の笑みを浮かべていた。


「――甘いな」


一直線に振り下ろされる右手。次の瞬間、犬達の身体は真っ二つに斬られていた。

同胞の無惨な姿に犬達は怯み、後方へと下がっていく。


犬達を切り裂いたのは刀刃。その長剣はホヴィスが手にしていた。


「……え?」


アサトは目を疑った。何故なら、ホヴィスの武器が銃から剣へと変わっていたからだ。

訳がわからないとばかりに首を傾げるアサトに、ホヴィスは息を吐き視線だけをアサトへ向けた。


「言っておくが、これもオレの武器だ。銃だけじゃ頼りないもんでな」


「へぇ……」


何故、剣がいきなり現れたのかを聞きたかったのだが。それを聞く勇気が今のアサトにはなかった。


「だーんなっ!」


甲高い声が2人の耳朶を打つ。声がする方へ視線を向けると、キッシュが片手を大きく振っていた。


「お楽しみの所悪いんだけど。こっちも、駆除お願いできないかなー?」


「断る」


迷いが一切ない率直な答えに、キッシュは不満げに頬を膨らませる。


「酷いっ! 旦那っ! こんなか弱い少年を見捨てるなんて!!」


涙を隠すように目頭を抑えるキッシュを見て、ホヴィスはそれを無視し、血が付着した長剣を振り払った。


「誰がか弱い少年だ。その並外れた力で、幾つもの修羅場をくぐり抜けてきただろうに。何か案があるなら、速やかに話せ。時間が惜しい」


自分の演技を軽く流したホヴィスに、キッシュは凄く残念そうな顔を見せる。が、直ぐにそれを打ち消し真面目な表情を見せ、周りにいる犬達を指差した。


「じゃあ、本題ね。旦那も分かってると思うんだけど、コイツらかなり強力な暗示を受けてる。その暗示は何処からかと言うとーー」


キッシュは拳と蹴りで、一匹の犬の動きを素早く止めると犬の耳へ手を伸ばす。犬の耳に装着していた銀のピアスを取り外すと、手で握り潰し粉々に砕いた。


ピアスを外された犬は、まるでスイッチが切れたかのように、その場へと倒れ込む。深手の傷と急所を付いた蹴り。暫く目覚める事はないだろう。


細かく砕いたピアスを地面に落とし、キッシュは口端を緩やかに上げる。


「こういう事だよー。という訳で! 旦那、頑張って下さい!」


「……待て。もしかして暗示の排除は全てオレに片付けさせるつもりか?」


「そのつもりだけど。何か問題でもー?」


「問題と言うか、」


怪我人がいるのだから、早々に済ませてしまいたいのがホヴィスの本音だ。アサトの傷は致命傷ではないが、銃で負った怪我である。


応急処置はしたが、きちんと手当てした訳ではない。それに少なからず、アサトの負傷した腕と足は麻痺を始めている。

適切な治癒をするためにも早々にその場から引き揚げてしまいたいのだが。


そんなホヴィスの思案を気にすることなく、キッシュはあははと笑う。


「ご心配なく、旦那! 旦那の腕ならこれくらいの数なんてことないでしょー。……よっと!」


キッシュは高く跳躍すると、犬達の間を飛び越えアサトの傍へと降り立った。


「あれだけの数相手に頑張ったんだしー。今度はオイラが、此方側って事で!」


何を言っても自分にやらせるつもりだ。そう確信したホヴィスは深々と息を吐く。


「……終わったら、覚えてろよ」


ホヴィスは格段に低い声でそう呟くと、長剣を片手に犬達に向かっていく。そんなホヴィスを手を振って見送ると、キッシュは肩越しにアサトへ視線を向けた。


「ええと、アサト君だっけ? あと少しで終わるんで待っててねー」


「う、うん」


キッシュはアサトを庇うように適度に距離を保ち、周りに群がってくる犬達を蹴り散らしピアスを弾いていく。その様子を見ながらアサトは、キラキラと目を輝かせていた。


「すげぇや……」


画面上でしか見たことのなかった光景が、目の前にある。手を伸ばし、掴めそうな距離にあるのだ。


剣の刃が風を切る音、人並み外れた体術。得体の知れない不思議な犬達。


その全てがアサトの好奇心を掻き立てる。自分の傷のことなどすっかり忘れ、2人の戦いに見入っていた。


「ゲームであれば、悪役登場ってパターンがそろそろ来るだろうけど……。まさかね、そこまで都合よく――」


何気なく、上を見上げたアサトの目に薄く短い何かのシルエットが映る。それは自分達の上空に無数にあり、まるで自分達を見据えているかのようだった。


不審に思ったアサトは数歩下がり目を凝らす。闇夜を照らす月明かりがシルエットに隠れた形を浮かび上がらせていく。


銀色のそれは、鋭利な短刀だった。


「……えぇっ!?」


数え切れない程の短刀が上空を漂っている。切っ先は全てこちらに向けられており、今にも落ちて来そうな勢いだ。


アサトは慌てて、上空から目線を外しホヴィス達の方を見る。


ガキィン、と剣の弾く音に立ち上る土煙。ホヴィス達が上空に気付いた様子は見られない。犬達の動きを止めるべく、ひたすら闘いを続けている。


アサトは表情を歪め、グッと唇を噛み締めた。


(……どうしよう。このままだと、俺ら串刺しになっちゃうよ。どうにかして、ホヴィス達にこの事を伝えないと……!)


しかし、どうすれば良いのだろうか。


伝えようとした瞬間、あれが落ちてくる可能性だってある。グッと奥歯を噛み締め、アサトは脳内にある知識を使って、この場を切り抜ける方法を考え始めた。






◇◇◇





月明かりを避け、闇に溶け込むように空中に佇む1人の少年がいた。


少年はついと目を細め、下にいる人物達を見つめる。その視線は酷く冷たい。

何の感情も抱かず動き回る彼らを見回した後、少年は息を吐いた。


「……あーあ、つまんないなぁ。上からの命令とはいえ、こんなくだらない世界に来なくちゃいけないなんてさ」


与えられた任務は、ある人物達の殺害と奪還。少年にとっては簡単な内容で、面白みがなく1度は断ったのだが。


『従わないというのか。ふーん、そうか、残念だよ……』


強制的に押し付けるでもなく、冷ややかな笑顔でそう上から言われたら、これはもう行くしかないだろう。行かなかった場合に、自分に降り掛かる状況を考えただけでも恐ろしい。


「それにしても、アイツ等気づかないねぇ。まぁ、能力を極力抑えてるから仕方ないんだろうけど」


何せ、あの2人は今の今まで逃亡し続けていたのだ。追手を退けながらの旅。能力も残り少ないはず。だからこそ、空中を漂う、この無数の短刀にも気付かない


「そろそろ気付いてくれないと、面白くないんだけどなぁ。ん?」


ふと視線を下に向けると1人の少年が此方を見上げていた。澄んだ黄土色の瞳が、闇夜に佇む少年の瞳に映る。


此方の姿は見えていない筈。だが、少年は何かに気付いたような表情を浮かべ視線を逸らした。


「……気付かれた?」


少年は感情の読めない声でそう呟く。


確かあの子は璃球の少年。アサトと、呼ばれていたような気がする。

闘いに巻き込まれ傷を負った、そんなただの民間の人間が、この短刀に気付けたのだろうか。


――――まさか。


「……ははっ、()()()()()()


ゾワリと寒気立つような、低い声色でそう呟くと、少年は凄く嬉しそうに笑みを浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ