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箱庭の終焉、その鍵を君が持っていた  作者: 桜柚
第3章 【干渉者編】
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微かな真実と闇【6】

思わず言葉を失うロランに青年ーーイフォラッドは笑みを浮かべた。


「簡単なことだろ?」


一緒に旅をしているんだからさ。捕らえて連れて来るくらい容易なはずだろう?


「――ッ、」


ロランは口を開かない。拳を握り締めたままイフォラッドを睨み続けている。それにイフォラッドはた息を吐いて両手を上げた。


「……ま、ひとまず今日はこの辺で帰るとするぜ。色々と疲れたし。あぁ、それと」


ポンと手を叩きイフォラッドは懐の中をまさぐる。そして色あせた紙をロランに投げ渡した。


「刻限は明日の正午。場所はそこに書いてある通りだ。忘れんなよ?」


街がどうなってもいいんなら忘れてくれても構わないがな、そう呟いてイフォラッドは完全にその場から姿を消した。


「ッ、くそっ!」


イフォラッドの気配が消えたと同時にロランは壁を思いきり叩いた。拳から伝わる痛みに顔を歪めロランは深く息を吐く。


「……何処が良い交渉だ。卑劣極まりないじゃないか」


街の住人数十万とある人物1人。どちらかを選べというその選択肢に腹が立ってしょうがない。提示された時間までまだまだあるが、あっという間に刻は過ぎる。


本音を言えば無視したいのだが、干渉者の行動は莫大な被害を受けるものがほとんどだ。曖昧にせず何とか対処しなければならないだろう。


だが、どうやって?


「リーグに話すと、ややこしくなりそうだしな」


頭を捻ったその時だった。


「おやおや? 何してるんですか、こんな路地裏で」


何処か勘に障る丁寧な敬語にロランは眉を寄せる。そして後ろを振り向いた。そこにいたのは。


「なっ! なんでお前がここに!?」


驚きを隠せないロランの表情にその人物は笑みを浮かべずれた眼鏡を直す。そしてロランに少しずつ近寄って行った。


「……なんだか面白い話が聞こえていたんですがねぇ。私にも詳しく教えて頂けませんか? 頂けますよねぇ?」


曇りのない見事な笑顔。

だが、それは逃げることは許さないという脅しの笑みでもある。ロランは逃げるように視線をそらすが肩をがっちり掴まれ、視線を引き戻された。


「さ、大人しく話した方が身の為ですよ」


にこにこと圧のある笑顔の青年に自分は勝てる気がしない。深く息を吐いてロランは一連の出来事を話し始めた。






◇◇◇






一方、リテア達は目的地へと辿り着いていた。

街の北西に位置するレスターニュ大聖堂。


≪うわぁ…。近くで見るとさらにおっきいねぇ…≫


ホヴィスの頭に乗ってキッシュは感嘆の声を漏らす。それにリテアは頷いた。


「確かに凄い。この聖堂歴史ありそうだもんねぇ……」


白亜に色どられた壁。街の喧騒を沈めるように静かに佇んでいるその姿は、まるでこの地を治める巨大な王のようだ。


リテア達の言葉にリーグは笑みを浮かべ壁を撫でた。


「色々あったからね。この街も。今の様に落ち着いたのはほんの数年前だから。ほら、ここ」


リーグは撫でる手をどかしある壁の部分を指差す。そこには銃弾の跡が幾つかあった。


「これ……」


「……数年前、此処が一時期戦火に包まれたんだ。その時の傷さ」


微かに眉を寄せリテアはリーグを見る。


「それって、今の起きている戦争での出来事?」


「違うよ。あれは……」


あれは――

リーグは一瞬凄く切なげな表情を浮かべる。

だが、それは瞬時に消え、いつもの軽い笑いで誤魔化した。


「……何でもない。君達が気にするようなことじゃないよ。さ、中へ行こうか」


リーグは扉を開けて静かに中へと入って行く。

その背中をリテア達は意味ありげにジッと見つめていた。


「何なのよ、あの態度」


≪さぁ? なんかあったんじゃない? たぶん≫


キッシュはホヴィスの頭の上で体勢を変え尾をヒョンッと振った。


≪戦の時代は色々と物騒なこととか、悲しい出来事とか多いから、ね≫


「ふぅん……」


頷きながらリテアは息をつき空を仰ぐ。


「アタシは戦争なんて、歴史でしか知らないからなぁ。いまいち分かんないわ」


≪え、そうなの?≫


「うん。実物は見たことないし、経験すらないから」


リテアの言葉にキッシュは目元を弛めた。


≪良いなぁ。なんか羨ましいよ、それ。戦争なんて嫌なもんだしねー。ねぇ、旦那。て、あれ?≫


キッシュの呼びかけにホヴィスは応えない。何処か遠くを見つめていた。


≪旦那ー?≫


その声にホヴィスは視線を戻しリテアを見た。


「何だ? 聞いてなかった」


話を聞いていないなどホヴィスにしては珍しい。キッシュは頭から肩に移動しホヴィスの顔を覗いた。


≪旦那、どしたの。旦那が上の空なんて滅多にないのに≫


「……ちょっと、な」


微かに視線をそらしホヴィスは息をつく。そして口に咥えていた煙草を手に持ち変えた。


「アンタがそんな辛気臭ーい顔してるとなんか気持ち悪いわね」


リテアは軽く睨むようにホヴィスを見る。それにホヴィスはフンと鼻で笑いリテアを横目に入れた。


「それは心配してると取っていいのか?」


「心配? 違うわ。逆よ、逆。馬鹿にしてんのよ」


「おー。そうかそうか。…撃ち殺されてぇか。ガキが」


「やれるもんなら、やってみなさいよ。この陰険眼鏡」


いつものように2人の間に火花が散り、互いを睨み始める。顔は笑っているのに目が全然、笑っていない。キッシュは慌てて2人を止めようとするが二人の手に制され地面に落下した。


≪うぅ、痛い……。ヴァーチェがいたらすぐに止められるのにぃぃ……≫


涙目になりながら無性にヴァーチェ達と離ればなれになったことを悔やむキッシュだった。


「――なにやってんの?」


待っても待ってもなかなか中に入ってこないリテア達を見かねてリーグが聖堂から顔を覗かせた。


「そんなに喧嘩するぐらい元気なら、また軍の詰め所の牢にでも入っとくかい?」


その言葉にリテアとホヴィスは口論と睨み合いをピタリと止めリーグへと視線を向けた。


「よろしい。じゃ、こっちに来てくれるかな」


にっこりと笑みを浮かべリーグはリテア達を手招きする。リーグに促されリテア達は聖堂の中へと入っていく。扉を通過し、門をくぐるとそこは神秘の世界だった。


静まりかえった屋内に光を通すステンドグラス。その光を一身に浴び微笑む女神の像が美しく点在している。


「……綺麗……」


思わず感嘆の声を漏らすリテアに同意するようにキッシュもうんうんと頷いた。


「まぁ、お客様ですのね」


ふいに声が響いたと思うと藍色の衣裳に身を包んだシスターと思われる女性が奥から姿を現す。


「や、スティリア。久しぶり」


リーグは何気ない動作で女性に向けて手を振る。それにスティリアと呼ばれた女性は驚いたように目をしばたたかせた。


「あら? リーグ准将? 珍しいですね。近頃、全然顔をお見せにならなかったのに」


「ん、まぁ、色々とあってね」


そうですかと頷きながらスティリアはリテア達に気づき、淡く微笑んだ。それにつられたようにリテアは頭を下げる。


「准将、こちらの方々は?」


「ちょっと訳ありの私の部下」


さらりと笑顔でそう言ったリーグにリテアは、はぁ!?と声を上げた。


「誰が、あんたの部下よ! 誰が! さらりと嘘を言わないでよ!」


リーグの腕を掴み今にも殴りかかりそうに唸っているリテアを見てリーグはあははと笑った。


「あれ? 部下になったんじゃなかったっけ?」


「なってない! なった覚えはこれっぽっちもないわ!」


ダン!と足を鳴らしリテアはリーグをさらに睨みつける。そんな不穏な雰囲気に眉をひそめ、いまいち状況を掴めないスティリアが声を上げた。


「あのぅ、つまりは、どういう関係で?」


「あぁ、だから部、」


「知り合いです! ただの旅仲間です!」


リーグの言葉を遮るようにリテアはそう言ってニコリと微笑んだ。スティリアは驚いたように口を押さえていたが、リテアの笑顔を見てクスクス…と笑いを溢した。


「ふふ。つまりは准将の友人という解釈で構いませんね。では、奥の部屋へどうぞ。すぐにお茶を」


「いや、いい」


リーグは奥へ引き返そうとするスティリアをやんわりと止め息をつく。


「ちょっと先を急いでるんでね。のんびりしてる暇はないんだ。アルヴェストは?」


スティリアは肩をビクッと震わせ視線を明後日の方に向けた。


「……スティリア?」


「え? あ、あぁ、神父でしたら奥の、奥の間で瞑想なさっておいでですわ。ええ」


綺麗な笑顔でそう断言するものの、何処か笑顔が引きつっている。

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