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箱庭の終焉、その鍵を君が持っていた  作者: 桜柚
第3章 【干渉者編】
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微かな真実と闇【5】







広い平原を東に走り抜け北に向かうと見えてくる高台の街並。ロディカ=グランウェルド帝国副都、ユー=ライリス。観光都市として有名な街である。


街に入るとまず目に飛び込んでくるのが、紫色と水色の淡い花びらの花畑だ。


「うわぁ……!」


≪凄いねぇ!≫


思わず感嘆の声を漏らす2人にリーグはくすりと笑う。


「レビィランスという花だよ。この街にしか咲かない不思議な花なんだ」


「ヘー」


リテアは軽く首を捻り周りを見渡す。よく見ると街のいたる所にその花があった。


「つまり、あの花が街のシンボルな訳ね」


「いや、シンボルは他にもあるよ。ほら、あれ」


遠くに見える何かをリーグは指差す。リテアはそれを見定めるように目を細める。


「十字架?」


「大聖堂か」


ボソリと呟いたホヴィスにロランは頷く。


「あれ、かなりの年代物になるんだ。んーと、確かステンドグラスとか遺跡とかがあったはず」


ロランの言葉にリテアは眉を寄せる。


「なんでそんな曖昧なのよ? アンタ、一応ここを治めているんでしょ?」


「色々あるんだよ。聖堂についてはちょいと、な……」


態度が何処となく怪しいロランに対し、リテアはふーんと返した後ニヤリと笑みを浮かべた。


「つまりは聖堂に何かある訳ね。よし、行ってみようっと! リーグ、案内お願いできる?」


「ああ、良いよ」


笑顔で心良く了解するリーグにロランは大きく手を払いリーグへ詰め寄る。


「おまっ、何簡単に返事してんだよ! あの聖堂だぞ? アイツがいるんだぞ!?」


「だから? 私にとっては普通の聖堂。普通の神父が待っている。そういう解釈だからね」


「何処が!? アイツの何処が普通の神ぶくはッ!?」


見事な拳がロランの顔面に直撃する。リーグはなかなか頷こうとしないロランに嫌気が差したのか息を吐いて首を振った。


「……聞き訳のない君は嫌いだよ。さ、行こうか」


痛みで悶えるロランを横目に笑顔でリテア達を促すリーグに一瞬リテア達は言葉を失いかける。すたすたと先を歩き始めるリーグを慌てて追いかけながらリテアは口を開いた。


「ねぇ、ほっといて良いの?」


「ん? あぁ、大丈夫大丈夫。後からちゃんと着いて来るから」


リーグはそう言って手を振り何事なかったように先を進んで行く。口を開き半ば呆然とするリテア達にそれ以上尋ねる勇気はなかった。




人が行き交う市街の中心部。1人取り残されたロランはまだ痛む顔面を抑えながら深く息を吐いた。


「……少しは手加減して殴れよ。俺の顔に傷でも残ったらどうするつもりだ」


悪態をつきながら軽く背伸びをして立ち上がると、ザワザワと人が自分の周りに集まり始めていた。


(あっ、ヤバい。非常にヤバい)


今、ロランは本国から脱走中だ。というより、激務から逃れる為の敵情視察という名の放浪旅なのだが。そんな彼がこの副都にいたとなると、問答無用で帝都に送り帰されるだろう。今までの苦労も水の泡になる。


「……此処は一応俺の領地だからなぁ……」


話しかけられれば応えてしまうし、何より市民を無視はできない。かくなる上は。


「逃げるか」


ロランはそう宣言すると人垣から逃れるように駆け出した。それに気づいた何人かの市民が指を差すが、ロランは気にせず駆けていった。





◇◇◇



暫く走り回って、ある路地に辿り着いた。乱れた息を整えながらロランは額についた汗を拭う。


「あー、聖堂から随分離れてしまったなぁ」


ロランが逃げたのは街の東側。聖堂があるのは街の北西側である。距離的にはさほど遠くはない。走って行けばリーグ達に追いつくだろうが。


「街の中心を歩くのはちょっとなぁ……」


何せ、自分の顔を知らない市民はほぼいないからだ。下手に歩けばすぐ捕まり、屋敷の近衛兵に連絡が行く可能性がある。


軍人のリーグが羨ましいとロランは思う。任務中だとかではぐらかせるが、自分の場合はそんなに甘くない。今までの経験でその手は何度も使い、今は全く通用しないことを知っているからだ。


「どーすっかなぁ。知り合いの酒場に助けを求めるか。いや、あそこは軍人も寄るし、駄目か。なら……」


頭をかきながらロランが考えるように眉を寄せたその時だった。


「ッ、誰だ!!」


ロランは刺さるような視線を感じ背後を振り返る。だが、そこには誰もいない。気のせいか、と顔を戻そうとした時、ロランの足元に火柱が落ちる。


「なっ!?」


間一髪で下がり酷い怪我はせずに済んだが、膝下の服を半分焼失してしまった。冷たい風が膝元にあたりロランは息を呑む。


「何なんだ、一体……!」


「――よく躱したなぁ。さすが、帝国の皇子ってとこか」


姿は見えないが響く声。ロランは表情を引き締め、宙を睨んだ。


「誰だ……!」


身構え、四方を見回すロランに声の主はおかしそうに笑った。


「ま、焦んなよ。お前らがよく知ってる奴だから。……よっと!」


何も、誰もいなかったロランの後方に人の気配が降り立つ。そこには紅の髪がよく映える青年がいた。彼と面識はなかったが、青年の特徴には覚えがあった。紅い髪に、紅い瞳ーー


「貴様、まさか……」 


「そのまさか、だ」


肩を軽くコキコキ鳴らして青年は息をつく。


「お前らがお探し中の干渉者の1人だよ」


「ッ!」


ロランは思わず腰にある短剣に手を伸ばしかける。それを見た青年はニヤリと笑みを浮かべ軽く手を振った。


「あー、そんな警戒しなくていい。別に戦いをしにきた訳じゃねーし。ただ、様子に見に来たんだ」


「様子、だと?」


「あぁ。橋を渡れずに仕方なく副都にやってきた皇子御一行の様子を、な」


その言葉にロランは目を見開く。


やはり。そうか。橋を破壊したのはこの男。

干渉者の一人がやったのだ。リーグの目撃証言とも合うが何故、こんなことをしたのだろうか?


思考を巡らせるロランを横目に青年は顔を空へ向けた。


「しっかし、此処は良い所だねぇ。酒は上手いし、美女はいるし。景色も最高だしな。暫く滞在しよっかなー」


「た、」


確かにと頷きかけたのを何とか押さえてロランは目の前の青年を睨んだ。


ふざけているのだろうか?

いや、それとも自分を騙す為の演技かーー


「言っておくが、今のは本心だぜ? 俺は嘘つくの苦手なんでな」


青年は両腕を伸ばして深く深く息を吐く。


「……ほんとに、惜しいよなぁ。この街を火の海に染めるには」


青年の言葉がロランの頭に響きロランは目を見開いた。


「ッ、貴様! 今、何と言った……!」


「火の海に染める、と。仕方ねぇんだよ。てめぇらが奴らとつるんでるし。鍵も渡してくんねーしな」


壁に寄りかかり青年は仕方ないと言うように軽く手を振る。何十万の民が住む街を軽く扱う青年にロランは声を荒げた。


「火の海になどさせない! 我が領地で勝手な真似を許すものか!!」


ロランはそう言って青年に短剣を振り投げる。鋭い刃がスピードをつけて青年へ向かっていく。だが、その刃は青年に届くことなく弾けて消えた。


「なっ!?」


「こんな短剣ぐらい高温で消せるさ。自在に炎を操れる俺ならな」


青年が掌を翻すと火の粉が掌に出現する。それにロランは目を見張った。


「光術を扱える者か」


「そーゆこった。下手に向かってくると火傷ぐらいじゃ済まないぜ」


この辺一帯火に包まれ、吹っ飛んじまうからな。


ケラケラと明るく楽しげに話す青年にロランも苛立ちを隠せず口調が厳しいものに変わってきた。


「一体、貴様は何がしたいんだ。戦う気はないが、街は燃やすという。目的は何だ」


「……俺はさぁ、基本的には誰とも戦いたくない訳よ」


だが、仕事は仕事。やらなければ罰は受けるし部下も失う可能性もある。


「皇子も街は破壊されたくないんだろ? なら、話は簡単だ」


青年はピンと人差し指を立て近くの壁に寄りかかった。


「俺と交渉しないか?」


「交渉、だと!?」


そうだと頷いて青年は話を進める。


「街に手を出さない代わりに、ある人物を差し出してもらいたい」


「ある人物……」


何とも信用出来ない内容にロランは青年へ冷たい視線を向けた。それに青年は乾いた笑みを浮かべ首を横に振る。


「あー、まぁまぁ。警戒すんなって。そんな難しい人物じゃねぇから。そいつはーー」


青年の唇がその名を紡ぐ。発せられた言葉にロランは目を見開いた。

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