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箱庭の終焉、その鍵を君が持っていた  作者: 桜柚
第1章 【璃球編】
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異世界の訪問者【1】




アサトは小猿を追い掛け、街中を走り回っていた。小猿が止まる気配は一向になく、この状態が約30分程続いている。口をへの字に曲げ咳き込んだ後、前方を走る小猿を見据えた。


「一体、何処まで行くんだよぉぉ……」


陽もだいぶ傾き、周囲は薄暗くなってきている。早く帰らないとリテアが心配するかもしれない。いや、心配するというより、怒鳴られると言った方が正しいかもしれないが。


自分を叱り飛ばすリテアの表情が、容易に想像できる。思考の波に揺られアサトが薄く笑みを浮かべたその時、小猿は足を一旦止め向きを変えて、逆走し始めた。


アサトがそれに気付く事はなく、気付いた時には小猿は目の前で。顔に勢い良く飛び着つかれてしまった。


「のわぁっ!?」


アサトは驚きの余り、バランスを崩し尻餅をつく。叩き付けられた尻や身体が地味に痛いが、体勢を整えながら、顔に張り付いた小猿を引き剥がした。


「何なんだよ。お前、どうしたんだ――」


アサトがそれ以上口を開く事はなかった。何故なら前方を見て、状況を直ぐに理解したからだ。黒を基調とした軍服を着用している男性数人が、此方へと歩いてきている。


その異様な光景に、アサトは思わず眉をひそめた。


(……こんな所に、何で軍人が?)


軍人達が街中に姿を見せる事自体、稀な事で。殆ど街の中枢にある司令部で仕事を(こな)すらしく、アサトは軍人の姿を今まで1度も見たことがなかった。


軍人達は何かを捜すように、周囲を見渡しながら歩いている。1人の軍人がアサトに気付き顔を上げた。その軍人の目は、ある1点に注がれている。


――アサトの腕の中へと。


「隊長、見つけました!」


軍人がそう声を上げると、周囲にいた軍人達の目も一斉に此方を向く。屈強な、武器を携えた軍人達に一気に囲まれ、アサトは目を瞬かせた。


(……え、え、え? 俺、何か悪いことしたかなぁ!?)


アサトが不安に襲われていると、1人の軍人が近づいてきた。髭を生やし、帽子を深く被っている初老男性。服装や仕草などから、軍の高官だと思われる。

男性軍人はニコリと笑みを浮かべ、アサトに一礼した。


「君、この(コミュニティ)の学生だね? 助かったよ。さ、その腕の中にいる動物を此方に渡してもらえるかい?」


「え?」


アサトは反射的に立ち上がると、腕の中にいる小猿と軍人を見比べる。そして、驚きの声を上げた。


「こ、こいつが、見えるんですか?」


「あぁ、見えるとも。見えるに決まってるじゃないか。その動物は稀少価値の猿でね。早く保護しないといけないんだよ。さぁ、此方へ」


そう言って男性軍人は手を伸ばすが、小猿はアサトの服にしがみつき軍人を威嚇している。それを見てアサトは小猿を軽く撫でた。


「大人しくしてな? 大丈夫だからさ」


アサトがそう言うと小猿は「ギィ!!」と強く鳴いた。そして、捕縛しようとする軍人達から逃げるように、アサトの頭の上へと移動していく。


「ちょ、逃げたら、駄目だって!」


アサトは慌てて、手を上に伸ばし頭上にいた小猿を掴む。そうやって、再び胸元へ戻そうとした時、耳鳴りがした。


≪よし、これで我々も救われる≫


耳鳴りと共に聞こえてきた声。その声は耳ではなく、直接脳に伝わっていく。ピリリと肌を刺すような感覚に近い独特の痛みに、アサトは表情を歪めた。


≪こんな簡単に見つかるとはな。今日は、夜勤しなくて済みそうだ≫


声は段々とクリアに聞こえてくる。雑音混じりだったラジオが、電波が良くなり聞こえやすくなった。例えるならばそんな感じだろう。

しかし、周辺に音声機器も、誰かが話している様子も一切見られない。一体、何処から聞こえてくるのか。


なかなか小猿を渡そうとしないアサトを見て、男性軍人は怪訝そうに眉を寄せた。


「どうかしたのかね?」


「……えっ!? いや、えと、あの、何でもありません。ち、ちょっとお腹が空いてきてしまって、ボーッとしちゃったんです」


あはは、と誤魔化すように笑うアサトに男性軍人は苦笑を溢す。だが、その目は笑っていない。早く渡せと言わんばかりに手は未だに伸ばされたままだ。


≪いいから、早く渡せよガキが。これがディバスリーへの近道なんだ。早くしなければ≫


再び聞こえたモノにアサトは笑みを消した。耳鳴りと共に脳に伝わる不思議な声。


まるで、心の中の心情。それが普段の会話の如く聞こえているのだから、酷く違和感がある。聞きたくないものまで聞こえてしまい、嫌な思いをしなければならないのではないか。


そこまで考えて、アサトはハッとする。


(……もしかして、さっきのって、この軍人達の心の声……?)


軍人達の心の声。何故、そんなものが自分に聞こえるのか? それに、


「……ディバスリー……」


とは一体何なのだろう。


アサトが無意識に呟いた言葉に、男性軍人は今まで浮かべていた笑みを消し、アサトを鋭く見据える。


「君、ディバスリーを知ってるのかね?」


「え?」


「ならば、生かしておくわけにはいかない」


男性軍人が、合図を送るように片手を上げた。それを見た周囲の軍人達が、手や腰に携帯していた武器に手を伸ばす。


軍人達のただならぬ様子を感じ取ったアサトは、小猿を抱いたまま後方へと下がる。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 俺はディバスリーなんて知らない! そんな言葉、今日初めて聞いたぐらいだ!!」


「ならば、何故その言葉を知っていた?」


「そ、それは――」


――貴方達の心の声が聞こえたから。


(……駄目だ。言えない)


そんな非科学的な事を言って、信じてもらえる訳がない。自分だって信じるどころか、この状況を理解出来ていないのだから。


≪このガキ、何かを知っている。殺さずに情報を吐かせるという手もあるな≫ 


またも聞こえた、不思議な声。だが、その内容は心地良いものではない。明らかに自分の事を指しているではないか。


このままだと殺されるか、捕まるかの2択しかない。そんなの真っ平御免である。


アサトは息を詰め、片足を1歩下げる。男性軍人の視線が部下である軍人達に向いた一瞬の隙、それを見逃す事なくアサトはその場から全速力で駆け出した。


逃げ出したアサトを見て、男性軍人は声を荒げる。


「少年と小猿を捕まえろ! 決して逃がすな!  多少なら怪我を負わせても構わん!!」


「「「「はっ!!」」」」


軍人達は、いつでも撃てるよう武器を手に持ち直すとアサトを追い掛け始めた。










アサトは、人目につかない路地を走り続けていた。時折、後ろを見ながら軍人達がついて来ていないかを確認する。


「ッ、何で、こんなことになったんだよぉぉぉ……」


今日もいつも通りに友人と楽しく話をしながら家に帰って、それで一日が終わるはずだった。

なのに、何故。自分はこんな状況に陥っているのだろうか。


小猿はアサトの頭の上に乗り、風を浴びている所為か酷く機嫌が良い。そんな小猿を横目にアサトは深々と息を吐いた。


「お前さぁ、状況分かってる?」


アサトの問いに小猿は何も答えない。それどころか、後ろ足で器用に毛繕いをしていた。

アサトは呑気な小猿を横目に見ながら、ふと思う。


(……そういえば、この小猿と出会ってから色々起き始めたんだよなぁ)


この小猿に、何があるというんだろうか。


「……ん? あれ? でも、どうして……」


あの軍人は、この小猿を見る事が出来たのか。友人達は1人も見ることが出来なかったというのに。


それにディバスリーというあの言葉。あれを聞いた途端、軍人達の顔色が変わった。それは、ディバスリーというものが軍にとって重要なものだという事を意味している。


様々な想像が頭を駆け巡るが、アサトはそれに付いていけず頭を掻く事しか出来ない。足を止め息を吐くと、空を仰いだ。


「あああぁ、もうっ!! 訳わかんねぇよ!」


これからどうすればいいのか。それすらも分からないというのに。状況悪化を避ける為にも、このまま逃げ続けるしかないのだろうか。


アサトが再び足を進めようと、右足で地を蹴った時だった。


「いたぞ! こっちだ!!」


アサトの絶叫を聞き止めた2人の軍人が、アサトと小猿の居る路地に駆け込んで来た。


「げっ!? やっば!!」


アサトは慌てて逆方向に逃げようとするが、其方からも軍人数人が駆けて来ている。左右から挟まれた。逃げ場は何処にもない。


「さぁ、もう逃げ場はないぞ。大人しく此方へ来て貰おうか」


コツン、と石畳に響く足音と印象に残る太い声。アサトが視線を横に向けると、其処にはあの男性軍人が立っていた。


自分を取り囲むように周囲に居る軍人達の手には銃が納まっている。銃口がアサトに向けられているものもある事から、男性軍人の命さえあれば、その引き金は引かれるのだろう。


アサトは最悪を想像し表情を強張らせるも、首を横に振り拒絶を示した。


「俺は本当に何も知らない。だから、付いて行く理由なんかない!!」


アサトの言葉に男性軍人は目を細め、舌打ちを鳴らす。その表情は苛立ちと怒りが滲んでいた。


「……どうやら、少し痛い目に合わないと分からないようだな。――やれ」


男性軍人が軽く手を振ると同時に放たれた、無機質な鉄の塊。

次の瞬間、2発の銃弾がアサトを貫いた。


「ッ、ぐあっ……!!」


左腕と右足に1発ずつ。致命傷、とまではいかないが、今迄感じた事もない激痛がアサトの全身を駆け巡った。アサトは激しい痛みに堪えきれず、その場へと崩れ落ちる。


それにより、アサトの頭に乗っていた小猿も反動により、地面へと投げ出されてしまった。


倒れたアサトを、軍人達は素早く捕え動きを封じる。痛みの為、アサトは軍人を払うことも出来ず、されるがまま。アサトの手首を後ろに回し強く締め上げると、軍人達はアサトを男性軍人の前に突き出した。


荒い呼吸を繰り返すアサトを冷たく一瞥し、男性軍人はフン、と鼻を鳴らした。


「そうやって、最初から大人しく従っていれば良かったものを。まぁ、良い。次はお前だ」


そう言って男性軍人が視線を移し、目に捕えたのはあの小猿。それを見てアサトは声を上げた。


「バカ! 早く逃げるんだ!!」


「黙れ、小僧(クソガキ)!」


アサトを拳で叩き伏せ、男性軍人は小猿へ手を伸ばす。だが、その手はいとも簡単に避けられてしまう。そのまま逃げるかと思いきや、小猿は軍人の指を思いきり強く噛んだ。


「――ッ!? この汚い猿がッ!!」


指を噛まれた腹いせか、上手く行かない事の苛立ちか、男性軍人は小猿を壁へ投げ付けた。小猿は悲痛な声を上げ地面に倒れ込む。


「っ、酷い……!!」


小猿が何をしたというのか。何故、こんなに痛めつけなければならないのか。


小猿の心配をするアサトだが、自身の体調も頗る悪かった。先程殴られた所為で視界が狭まり、銃で撃たれた傷が疼き激しい痛みで頭が朦朧としてくる。


このまま、捕まって二度と家に帰れないのだろうか。


(……そんなの嫌だ。絶対に、嫌だっ!!)


家では、リテアが、妹が、自分の帰りを待ってくれているはず。あの家に帰る。そうだ。必ず、帰らなきゃならないんだ。


アサトは決意を新たにすると、歯を食い縛り顔を上げた。視界に入った男性軍人を睨み付けた後、どうにかして逃げ出そうと周囲に目を凝らす。


だが、何も良い案が浮かばない。アサトが自己嫌悪に陥りかけた刹那


「ほぉ、随分とやってくれてるじゃねぇか」


低い、でもよく通る声が路地に響いた。だが、その声の主である人影は何処にも見当たらない。軍人達はアサトを拘束しながらも、声の主を探し始める。


――チュイン!


前触れもなく、アサトの横に銃弾が飛んできた。その銃弾はアサトの腕を拘束していた軍人の腹部に当たり、軍人は地面へと倒れる。


「上か……!!」


銃弾の飛んできた方角を読み、軍人達が一斉に上に向けて銃口を向ける。だが、その引き金が引かれる事はなかった。


それよりも素早い数発の銃弾が、軍人達の銃を貫き、銃は既に使い物にならない。

瞬く間に起きた出来事に、アサトも軍人達も驚きを隠せなかった。そんな路地の様子に、謎の人物は声を立てて笑う。


その笑いは馬鹿にしたようなもので、男性軍人のプライドに傷をつけるには十分過ぎるものだった。


「何だ? 反撃しねぇのか? 実力の低い部隊だな」


謎の人物の挑発に男性軍人は眦を吊り上げる。


「我が隊を馬鹿にするな! 貴様、一体何者だ!!」


「おーおー、熱くなんなよ? 軍人サン。オレが何者かどうか知りたいのなら」


建物の影に隠れていた人物が姿を現す。高層ビルの上にいる上に、暗くてよく分からないが、どうやら長身の男性のようだ。男性は銃口をピタリと路地に向け、口端を緩く吊り上げる。


「オレを倒してからにするんだな」


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