光者の資格【1】
とある深き闇に紛れた場所ーー
其処には1人の青年がいた。青年は肩で通信機器を器用に持ち、パンをもしゃもしゃと頬張る。そして口端を吊り上げ笑みを溢した。
「ーーへぇ? お前が負傷するなんて珍しいな。明日は雪でも降るかねぇ」
『酷い言い様だな。私も好きで、怪我をしたのではないよ。計画上仕方なくだ』
「仕方なく、ねぇ……」
通信機器を右手に持ち変え、青年は椅子から立ち上がる。近くにある戸棚からワインを取り出すとグラスに注いだ。
「案外、アイツと本気で殺り合いたかったんじゃねぇの? あん時の様に」
『……』
「無言は肯定と取らせてもらうぜ?」
『煩い。無駄口を叩く暇あったら早く仕事をしろ』
自分の感情を隠すように、冷たく言い放つ通信先の相手に青年は苦笑する。
「へいへい。……で? その情報は確かなんだろうな。アイツらが此処に来てるって」
『あぁ、フォルテに解析させたから間違いないだろう。見つけ次第、分かっているな?』
「おぅ。まあ、簡単に捕まるとは思えねぇけどな。何せ、あのレオンに重症を負わせた奴等だし?」
青年はグラスに注いでいたワインを口へ運び、それを口内で転がしながら楽しげに笑った。それに通信先の相手は溜息を吐く。
『何時ものように女遊びはするなよ。早く仕事を、』
「あ? 無理無理無理! それだけは無理だから。俺に愛は必要不可欠!」
相手の言葉を遮るようにそう言い切った青年に、相手は本日2度目の溜息を吐いた。
『……お前な……』
「ははっ! そう言うなって。それにこっちにはノエル達もいるし別に慌てな、」
「イッくぅぅぅん!!」
青年の身体に物凄い強い衝撃が当たる。橙色の髪の少女に抱きつかれ、青年は椅子ごと床に倒れた。手に持っていた通信機器は何とか無事だが自身の身体が痛い。
「……痛てて、おーー、ノエル。それにシン。お帰り」
「ただいまぁ! イッくんも、お帰りなさい!」
ノエルはギュッと更に青年に抱きつく。シンと呼ばれた少年も軽く頷きを返した。青年はノエルを軽く撫でて身起こす。そして、通信機器を耳に当てた。
「もしもーし、繋がってるかー?」
『……残念ながらまだ繋がっているよ。しかし、いつもながら仲良いね。君達は』
呆れたように呟いた相手の声に青年は笑う。その時再びノエルが口を開いた。
「イッくん、報告聞いてよぅ! あのね、あの娘ったら……!!」
「あー、待て待て。こっちが先だ」
『……もういい』
青年がノエルの訴えを手で制していたのだが、それを止めるかのように相手の声が響く。
『詳細はまた追って連絡する。それまでに、ある程度進展させておいてくれ』
「了解、りょーかい」
『あと、イフォラッド』
自身の名を呼ばれ青年は微かに眉を動かす。
『下手に動いて奴を怒らすなよ。打ち身だけじゃ済まないぞ』
「……ヘッ、んな事、俺が一番よーく分かってるよ」
イフォラッドは乾いた笑いを浮かべながら通信相手ーーベルガと一言二言、言葉を交わし通信を切った。通信機器を服にしまった途端、ノエルが待ち構えていたかのように話始める。
「イッくん! 聞いてくれるよね? 良いよね? あのね、」
「はいはい。ちゃんと聞く、聞くから。まずは一旦離れろ、な?」
「え―? あたし、イッくんの傍が良い!!」
ぶんぶんと首を振りながらノエルは頬を膨らませた。ノエルが動く度にふくよかな彼女の胸がイフォラッドに当たる。
「んー、俺としても、このままが一番なんだが……」
「じゃあ、何でぇ?」
「シンが冷ーたい視線で、こっち見てくるんだよ」
イフォラッドに促されノエルが前方を見てみると、シンが何とも言えない目で自分達を見ていた。一体何やってんの? 作戦会議は? と蔑んだ目で訴えている。
ノエルはハァと息をついてシンを軽く睨んだ。
「もー!! シン君は堅すぎ! いいじゃん。少しくらいイチャついたってぇ」
ノエルの言葉に、シンは何の反応を示さない。そのままスタスタと歩き、近くの椅子に座る。そしてそのまま、2人を見つめてくるが、その瞳の眼力は相も変わらず鋭い。
「うぅッ……、分かったわよ。離れて早く報告をすればいいんでしょお!」
ノエルが渋々イフォラッドから離れ立ち上がった、その時。黒き影が部屋に降り立つ。その影は瞬時に1枚の紙へと変化した。
「あ!」
ピョンと跳ねながら、ノエルはその紙を掴む。紙には文字がビッシリと刻まれ、ある写真が張り付けてあった。
「……ふぅん」
ノエルは意味ありげな笑みを浮かべ、読み終えた紙をクシャリと潰す。
「どうした? 何か情報でも掴んだのか?」
「んふふ。まぁね~!」
ノエルはイフォラッドの言葉に満面の笑顔で返し、人差し指をあてる。
「逃亡していた獲物が、仕掛けていた網に引っかかったって感じかなぁ!」
嬉しそうに笑うノエルを見て微笑み、イフォラッドは机をコツコツと叩いた。
「――さぁ、作戦会議といこうか」
動き出す影――
それは2つに別れ世界を再び、揺るがしていく。
「さあて、我々に勝てるか? ホヴィス」
イフォラッドは軽やかに笑い、脳裏にかつての戦友を思い浮かべた。




