光を狩る者、追う者【3】
鍵――
様々な解釈があるが、リテアの脳裏に浮かぶのはログインキー。適合者の証とも言える代物だ。何故、彼は"鍵"と言ったのか。どんな意図で、その言葉を口にしたのだろうか。
リテアの表情が困惑に染まる中、今まで黙っていたキッシュが声を上げた。
≪ち、ちょっと待って! 何で鍵のことを知ってるのさ! リテアは鍵なんて一言も言っていないのに!≫
キッシュの指摘にリーグは目を細める。通常ではあれば聞こえないキッシュの声。だが、リーグはそれを聞き取れていた。
「答えは至極簡単。聞こえたからさ、君の声が」
≪何だって!?≫
キッシュの声を理解出来るのは数少ないログインキーを保持する者か、適合者だけだ。リーグの話が真実ならば、彼は何方かの可能性が高い。
リーグはにこりと笑みを零し、軽く掌を握る。暫くして開かれたその手には、光輝く鍵があった。
その色は深い灰色。リテアは事も無げに取り出した鍵に驚き、目を見開いた。
「ちょ、アンタ、適合者……!?」
「適合者、かどうかはわかんないけど。私は光者の1人さ」
光者とは?と、リテアが眉を寄せているとキッシュが耳打ちする。
≪多分、こっちの世界での適合者の呼び名だと思うよ≫
「呼び名?」
≪うん。世界によって、適合者の存在意義も色々違っているから≫
納得したように頷きリテアは将軍を見据える。
「なるほど。まぁ、要するにあんたとアタシは一緒の能力を持ってる訳ね」
「そういうこと。しかし、私をアンタと呼ぶのは止めてもらえないかな? いい気はしないんでね」
「仕方ないじゃない。だってアタシ、アンタの名前ちゃんと知らないもの」
「そうだっけ? ……ああ、私も君等の名前は知らないね、そういえば。じゃあ自己紹介タイムといこうか」
そう言って、にこにこと笑みを称えるリーグにリテアはハァと息を吐いた。
「ねぇ、それ本気で言ってんの? アタシ達、今一応敵同士よ?」
「そんなの、私は関係ないと思うけどね。何事も挨拶が肝心だろう?」
掌を胸元に当て彼は軽く会釈をする。
「私はロディカ=グランヴェルド帝国軍、第2師団師団長、ライリアス・ウェスリーグ少将だ。で、一応この要塞の最高責任者の座にいる」
「一応?」
「細かいことは気にしない方が身の為だよ。で、君の名前は?」
さらりと流されたことに軽く眉を寄せるもリテアは渋々口を開く。
「……リテアよ。リテア・クジョウ。んで、こっちの小猿がキッシュ」
「リテアにキッシュね。あ、私のことは適当にリーグと呼んでくれていいから」
「適当……」
この男、何を考えているのか本当に分かりにくい。あのベルガに似た、より厄介な相手だとリテアは瞬時に察した。
「で? そのリーグ将軍が、アタシ達に何の用?」
「何の用だと思う?」
質問を質問で返しリーグは悪戯めいた笑みをリテアに向ける。
「アンタねぇ……」
リテアの苛立ちが増す。思わず拳を握りしめリーグを睨みつけた。
「あっはは。冗談だよ、冗談。そうだね、なんて言えばいいのか……」
うーん、と首を捻りリーグは暫し思考する。そして、軽く手をポンッと手を叩いた。
「まぁ、簡単に言えば取引をしたいって感じ、かな?」
「は、」
リーグはパチンと指を弾く。すると、何処に隠れていたのか、至る所から軍人達が現れリテアとキッシュを取り囲んだ。
「ッ!?」
≪リテア……ッ!≫
蹴り散らそうと構えを取るリテアにリーグは手で制す。
「動かない方がいい」
リーグは笑顔を消しリテアとキッシュを見据えた。
「あれだけ逃げ回っていたんだ。もう、そんなに体力残っていないだろう? まあ、私の目の保養に戦ってくれるなら止めはしないけど」
手と足を降ろしリテアは息を吐く。
「リーグ。アンタ、相当嫌な奴ね」
「それはどうも」
「褒めてないのよ!」
軽く頭痛を覚え、リテアは頭を抑える。対してリーグは笑顔を称えたまま。リテアとキッシュは逃げることを諦め、彼に従うしかなかった。
ーー暫くして。導かれるように、ホヴィスもその場へやって来た。最初はリーグ達を薙ぎ払おうと武器を構えていたが多勢に無勢。しかもリテア達はリーグの手中。分が悪いのはこちらだ。
「……ついて来てくれるね?」
リーグの何かを秘めた笑みに苛立ちつつも、ホヴィスは頷き武器を下へと落とした。
という理由で、現在に至る。
取引がしたいと言われたが、詳細は未だに何も話さない。笑顔を称えたまま、自分達を見ているだけ。そんなリーグの態度に、リテアもホヴィスも限界がきていた。
「あー、もうッ!!」
リテアはガタンと椅子から立ち上がりリーグを睨み付ける。
「言いたいことがあるなら、早く言いなさいよ! っていうか、取引って一体何!?」
リテアの大声にリーグは笑顔を崩さず、軽く首を傾げた。
「言わなきゃ駄目かい?」
「駄目に決まってんでしょうがッ!」
つまらなさらそうに舌打ちするリーグにホヴィスも身を乗り出す。
「話すなら早く話せ。時間が惜しい」
ホヴィスにも鋭い視線でそう促され、リーグはやれやれと肩をすくめた。
「……はいはい、君等は気が短いんだね。分かった、話すよ。まあ、取引と言うよりかは、交換条件かな」
「交換条件…?」
訝しげそうに眉を顰めるリテアにリーグは頷く。
「そう。まあ、交換条件と言っても厳しいものじゃないから。そう警戒しないでいいよ」
にこやかにそう言って、リーグは机に乗せた手を組む。部屋の中にはリーグとホヴィスとリテア、そしてキッシュだけ。少ない人数なのに、とても息苦しさを感じる。それはこのリーグが出してる威圧感なのだと、直感で分かった。
「さて、先程も聞いたと思うけど、私が光者だというのは理解できたよね?」
頷くリテアに対し、ホヴィスは眉を寄せる。それを見たキッシュがホヴィスの肩に飛び乗り説明を始めた。一通り聞いたホヴィスは理解し成程なと、この状況下に納得する。
「つまりお前は適合者、ログインキー保持者な訳だな?」
「そう。リテアと、無愛想な君もそうだよね。キッシュはよく分かんないけど」
リーグはフッと目線を落として指遊びを始める。そのまま話を続けるが徐々に声のトーンが変わっていく。
「君等は私のことを適合者、術を星術と呼んだ。でもね、この世界ではこの能力は光術と呼ばれるし、保持者は光者と呼ばれる。この意味が分かるかい?」
「……さあな」
リーグは表情を変えないホヴィスを見て、微かに笑う。リーグのその笑みにリテアは何故か嫌悪感を示す。何故かは分からないが嫌なものを感じた。
「さて、重要なのはここからだ」
ピンッと人差し指を立て、リーグはホヴィス達を笑顔で見据える。
「実は君等と同じように、この能力を適合者と、星術と呼んだ者達がいるんだよ。世界を転々とし、私と同じ軍人や光者を殺めている者。我々は彼らを干渉者と呼んでいる」
――干渉者。
(……確か、それって昨日キッシュが言っていた者達のこと?)
リテアはちらりとホヴィスを見るが、何の変化も見られない。無表情のままだった。軽く咳払いをして、リーグは話を続ける。
「で。彼等はほんと厄介な人物でね。こんな戦争ばかりのご時世に、実力のある軍人や民間人を殺して回っている。必要とあらば、街だって襲うんだ」
「……ッ」
「干渉者は突然現れた。そう、君等がこの軍要塞に現れたように」
リーグの笑顔が痛く突き刺さる。彼が何を言わんとしているのか嫌でも分かった。ホヴィスは組んでいた足を組み直し、リーグを睨みつける。
「………つまり、てめえ等はオレ等と干渉者は繋がりがあると思ってんだな」
「あれ? そんなこと、一言も言ってないんだけどね」
「言ってんだろ、その視線。何かを探っているとしか思えないぜ」
ホヴィスの指摘にリーグは笑って細めていた目を開く。そして深く息を吐いた。
「……観察力が鋭いねぇ。まあ、確かに疑ってはいるよ。君等は充分に怪しいしね。本来なら、侵入した時点で生かしてはおけないんだけど」
呟きながら机の上に置かれた卓上地図を一瞥し、リーグは笑みを戻す。
「生かしておけない、って。殺すってこと?」
思わず身構えるリテアにリーグは軽く手を振った。
「はは、本来なら、ね。交換条件、取引をしようと言っただろう?」
リーグはそう言って机を指で叩く。
「君達を無罪放免にしてあげるよ。代わりに、干渉者に関する情報を提供したまえ。まあ、要するに侵入をなかったことにしてやるから、知ってる限りの知識を全て吐いて欲しいってことだね」
「拒否したら?」
「分かるだろ? こういうことだよ」
パチンと軽やかにリーグを指を弾くと数人の軍人が雪崩れ込んでくる。手には剣と銃が。その切っ先は、全てリテア達に向いていた。
まるで命はこちらが握っていると言わんばかりの態度や行動にリテアとホヴィスはリーグを鋭く見据えた。
「んー、そんなに睨まないで欲しいんだけどな」
「武器を向けられて、平然としてられる奴なんていないわよ」
それもそうだねと笑ってリーグは足を組み直す。
「で、どうする? 取引に応じるかい? それとも、」
この場で死ぬかい?
リーグの言葉がやけに重く響く。リテアは唇を噛み締め、ホヴィスを見る。ホヴィスの表情は、相変わらず変化がない。だが、眉間に皺が刻まれているを見ると、かなり苛立っているようだ。
深い息を吐いてホヴィスはリーグを再び見据える。
「てめえに話した後で、オレ達を撃ち殺すって手もあるだろ? 安易に教えらんねぇよ」
リーグはホヴィスの鋭い指摘に、両手を上げやれやれと首を振った。
「そんな卑劣なことするつもりはないんだけどねぇ。私って、そんなに信用ない?」
「ない。つーか、胡散臭い笑顔が嫌」
考える間もなくキッパリと告げるリテアに、リーグは声を上げて笑う。
「また、キッツいねぇ」
顎に手をあてリーグは目を細める。
「ふむ、どうしようかな?」
リーグがそう呟き、思考に入ろうとした時だった。
「閣下!」
1人の男性軍人が慌てて部屋に駆け込んで来る。それを見てリーグは不快そうに眉を寄せた。




