光を狩る者、追う者【2】
一夜明けた、軍要塞。
ある一室にリテアとホヴィス、そして、リーグ将軍と呼ばれていた、あの軍人の姿があった。
リーグはニコニコと笑顔だが、ホヴィスは不機嫌そうに眉を寄せている。肩に乗せたキッシュを撫でながらリテアは深々と息を吐いた。
何故、こんなことになったんだろうか。
本来なら、無事に脱獄出来ていた筈なのに。
時を遡る事、あれは数時間前ーー
ホヴィスの計略により、無事牢を脱出したところまで遡る。
「ーーねぇ、」
「あ?」
兵士達がいない廊下を走りながらリテアはホヴィスに目を向けた。
「なんで、武器持ってんの?」
リテアが指差した先には1丁の拳銃がホヴィスの片手に収まっている。確か、武器は全て没収されていた筈なのだが。
「ああ、兵士から貰ってきた」
事も無げにさらりとそう告げたホヴィスに、リテアは眉を吊り上げた。
「それ、正確には貰ったんじゃなくて、奪ったんでしょうが! 強奪よ、強奪!」
「大して変わんねえよ」
「変わるわ、あほぅ!!」
足を止め喚き散らす2人を見てキッシュは呆れたような表情を浮かべる。
≪あぁ、もう、何やってんのさ。……ん?≫
キッシュがふと前方に目を移すとそこには軍人の群が。
「いたぞ!!」
「捕えろッ!!」
武器を片手に此方へ駆けてくる軍人達を視界に入れ、キッシュは慌てたように跳ねる。
≪ヤバい! ヤバいよ、旦那ぁ! リテア! 今は揉めてる場合じゃないー!!≫
キッシュの叫びと同時に2人は争いを止め、軍人達に向かって行く。
「先ずは片付ける。面倒な事は先に済ませた方がいいからな」
「それは同感。後回しにしてちゃ、碌な事にならないもの!」
避けにくい軍人達の無数の刃と銃弾が、ホヴィス達に降り注いでくる。が、それはすぐに絶たれた。
バキィ!とリテアは渾身の拳を軍人目掛けて躊躇いもなく奮っていく。
「ぐふッ!!」
抵抗する間もなく倒れた軍人を見て、リテアはパンッと掌を片手に打ち付ける。
「案外、弱いのね。軍人って言うから強いのかと思ってたけど」
余裕の笑みを浮かべるリテアに、ホヴィスは銃を放ちながら苦言を告げる。
「コイツ等は下っぱの兵共だ。雑魚に過ぎん。油断していたら一瞬であの世行きだぞ? ま、オレとしては、お前みたいな荷物がいなくなるのは凄く助かるが」
「……ほんと、嫌な奴よね。アンタって。アンタと一緒だなんて、アタシも嫌でたまらないんだから。早く戻りたいわー」
リテアが深い息を吐いて、前方へ視線を向ければ、大勢の軍人達が再び此方に向かってきていた。規模は先程と同じようだ。だが、どことなく軍人の様子が違う。ホヴィスは軽く舌打ちし、軍人達を鋭く見据えた。
「面倒なことになったな」
拳銃を持ち直し、ホヴィスは軽く首を鳴らす。
目の前には中隊長クラスの軍人達。先程の雑魚兵より、数段強いだろう。勝てない相手ではないが、ホヴィスはこの状況に嫌気がさしていた。
「……こういうの面倒なんだよな、本当に」
こちらは戦う気がないというのに振り上げられる刃。それを制するのはかなり骨が折れるのだ。脱出するにもあまり時間はかけたくないんだが、こうなっては仕方ない。
「おい、リテア」
「何よ?」
ホヴィスは足元にいたキッシュを片手で掴み、リテアに投げ渡す。キッシュを両手で受け取りリテアは目を瞬かせる。
「は? ちょ、何をッ!?」
「その馬鹿を連れて先に行け。ここはオレが制圧する」
「はぁ!? 何、言ってんのよ、アタシも、」
「いいから行け!」
荒げられたホヴィスの声に、リテアは思わず息を呑む。そして暫し思案した後ホヴィスの言葉に従うように、その場から駆け出した。
それに驚いたのはキッシュである。
≪えっ、リテア? ちょッ、旦那がッ!≫
「仕方ないでしょ! アイツが行けって言うんだから!」
リテアの腕の中でキッシュは頬を膨らませた。
≪あぁ、もう!! 旦那の馬鹿ーー!≫
追ってくる兵士達を何とか退けリテアとキッシュの2人は要塞の訓練所と思われる庭まで来ていた。前方にそびえ立つ壁を越えれば、外へと出られる。だが、
「世の中、そんなに甘くないかぁ」
リテアは息を吐いて壁を見上げる。背が届くか届かないか、という話で済まない程の有り得ない高さ。周りに貼り巡らされた高圧電線。下手に手を出せば、只では済まないだろう。
≪んー、これじゃオイラが登るのも無理だねぇ≫
リテアの腕の中でやれやれ、というように首を振るキッシュを見て首を傾けた。
「そういえば、キッシュ」
≪ん?≫
「なんで、人型に戻んないの?」
≪うッ……≫
痛い所を突かれたのか、キッシュはビクッと身体を震わせ視線をリテアから背けた。それにリテアは眉間に皺を刻む。
「何よ、その態度。何かあるんでしょ?」
≪イヤ? オイラニハナニモナイヨ?≫
「……声裏返ってるし、片言だし」
リテアの視線に耐えかね、キッシュは感情を爆発させるかのように声を上げた。
≪あーッ!! もうッ! 鍵は、今旦那の所にあるから、オイラは戻るに戻れないの! それにオイラ、旦那との約束破っちゃったし!≫
「約束?」
キッシュはリテアの疑問に答えることなく、深い息を吐いて再び視線を反らす。
「……ったく、もう」
不貞腐れてるようにしか見えないキッシュを無理矢理此方に向かせ、リテアはキッシュの額を指先で弾く。
≪いたぁッ! 何すんのさ!!≫
頬を膨らませ、キッシュはリテアを睨みつける。その反応を見てリテアは小さく笑った。
「別に? キッシュがあまりにもアホ面してたから。ついね」
≪ついでやるなよッ!≫
キッシュは額を擦りながら、リテアの肩に飛び移る。そして壁をビシッと指差した。
≪今はオイラのことは置いといて。一刻も早く、こんな場所から出ないと!≫
「まあ、確かにそうね。でも、どうすんの?」
≪うーん、そうだなぁ……≫
キッシュは器用に2足で立ち、腕を組んで考え始める。前方にある難問の高い壁と電圧線。これをどうにかしないと脱出は不可能だ。
壁に大穴を開けて逃げるという手もあるが、こんなに分厚い壁だ。どれくらいの力が必要になるか。
「……あ! ねぇ」
リテアは手をパチンと叩いてキッシュを見た。
「星術で何とかならない?」
≪星術?≫
「うん。星術で電圧線を制御不能にして、その後水を作り出し壁に叩きつければ、何とかなるんじゃない?」
その提案に暫し思案してキッシュは頷いた。
≪やってみる価値は、あるかもね≫
キッシュとリテアが笑みを浮かべたその時だった。
「何やら、楽しそうだね」
ふいに背後から声が響く。2人が驚いて振り返ると、そこにはあの将軍が笑顔を称えて1人、静かに音も無く立っていた。何の気配もなく訪れた彼に2人は驚愕の表情を見せる。
「アンタ、確かさっきの……」
リテアはキッシュを小脇に抱えると、少しだけ後ろに下がり目の前にいる青年ーーリーグ将軍を見据えた。群青色の髪に灰白の瞳。軍人独特の雰囲気を出しながらも、軍人らしかなる笑顔を見せている。
(……何よ。コイツ……。何、考えてるのかいまいち掴めないわ)
警戒しているのか自分を睨み続けるリテアにリーグは息を吐く。
「そう、睨まないでもらえるかな。別に君等に危害を加えるつもりないんだ」
リーグはそう言って手を軽くヒラヒラと振る。
「アンタみたいな軍人、信用できないわよ」
「何故?」
「あんたのこと何も知らないし何より、その笑顔が胡散臭い!」
ビシィッと指を強く差して、そう断言したリテアに将軍は声を立てて笑った。
「ははっ、胡散臭い、ね。これまた、はっきり言うねぇ」
リテアとリーグ、2人の視線が交差する。その間に挟まれ、キッシュはハラハラしながら2人を見ているしかない。
「私はただ君と話をしたいだけ。出身地、此処まで来た経緯とか」
そこまで言って将軍はスッと目を開き、リテアを見据えた。そこに先程の優しい笑顔は何処にもない。
「後は鍵の話とか、ね?」
「ッ!?」




