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箱庭の終焉、その鍵を君が持っていた  作者: 桜柚
第3章 【干渉者編】
32/51

焼ける大地【4】



このままの空気ではいけないと、気を取り直すように、キッシュは軽快に話し出す。


≪ああっと、そうだ! えっと、リテアも色々大変だったよね? レオンとフォルテ相手だったんだし!!≫


「ッ!!」


キッシュの言葉にリテアの瞳が、ほんの少し揺らぐ。


脳裏に蘇る地下での惨状。こんなところで泣く訳にもいかない、とリテアは溢れそうになる弱音をグッと飲み込んだ。そして、リテアは取り繕うように笑ってキッシュの小鼻を弾く。


「ま、まあねー! 大変だったけど、アタシの実力で何とかやれたし? 兄貴はへばってたけど」


≪あぁ、そうなんだ。こっちもねぇ旦那がベルガにボロボロだったの、ぐふッ!?≫


余計な一言を放ったキッシュは、ホヴィスの拳に潰されかける。だが、それは加減されたもので然程キッシュにダメージはない。但し、精神的にである。


「煩いんだよ。お前の声は無駄に高い。暫く眠ってろ」


気を失ってしまったキッシュを近くに置き、ホヴィスは備え付けられていたみすぼらしい毛布をリテアの顔面めがけ投げ渡す。


「ちょ、うわッ!! 汚ッ!? もう、何すんのよ!」


「お前も今のうちに寝とけ。何かあったような表情されちゃ、こっちが困るんだよ。暫く、それで顔でも隠してろ」


「……ッ!?」


リテアの目が驚きで、見開かれる。思わず毛布をギュッと強く握った。


(……何よ。何、してくれてんのよ。アタシは泣きたくなんか、ない。何も隠すような表情してない、のに……)


ホヴィスは息を吐いて、リテアから目を反らす。リテアの瞳からは一筋の涙が流れていた。

リテアはハッとして、慌てて涙を止めようとするがなかなか止まらない。思わず渡された毛布で顔を隠すしかなかった。


「ぅ……ッく…、ひッ、」


暫く、牢にはリテアの嗚咽と、ホヴィスの吸う煙草の煙だけが立ち上っていた。




数分後――

止めどなく溢れていた涙を、リテアは手で拭い鼻を啜る。そして、毛布から顔を離しホヴィス達がいる方へと視線を向けた。


ホヴィスは何処か遠くを見つめ、気ままに煙草を蒸かしている。何気なくそれを見ていたリテアだったが、ある事に気づき眉を寄せた。


「……って、ちょっと待って。なんでアンタ煙草持ってんのよ」


「あー? いいだろ、別に」


「良くないわよ! 確か、最初に地下牢(ココ)に入れられた時、私物や武器は全部取り上げられた筈でしょ!?」


煙草を手で掴みホヴィスは口端を釣り上げる。


「なあに、看守の兵士に少し譲って貰っただけだ。話をしたら、快く渡してくれたぞ」


絶っ対、嘘だ。ホヴィスの性格から察するに脅し奪い取ったに違いない。哀れなり、看守。

コイツに目をつけられたばかりにッ!


リテアの鋭い視線にホヴィスはククッと笑みを溢す。


「そんな泣き腫らした顔で睨まれても怖くも何ともねえよ。すげえ顔だぞ」


「なッ! う……」


自覚があっただけにリテアは思わず動きを止める。慌てて顔を拭くが意味はない。というより、汚い毛布で拭くならば余計に悪化しそうではある。それを可笑しそうに見て、ホヴィスはリテアに白い何かを投げつけた。


「ぶふッ……!!」


顔面に来たソレはふかふかのタオル。明らかにさっきの毛布より、感触も匂いも見た目も良い。どこで手に入れたものだろうか。


「……どうしたの、コレ」


「それも先程看守から奪っ……いや、貰ったモンだ。なかなか良いだろ?」


「うん。……じゃなくて!!」


リテアは立ち上がり、思わずホヴィスをビシィッと指差した。


「こんなタオルがあるなら、最初からこれを渡しなさいよ! なんで、わざわざ汚い毛布を……!!」


「あ? いいだろ別に。拭けるなら何でも」


「よくないわぁ!!」


力をつけて思いっきりタオルをホヴィスの顔面に叩きつける。その反動で、ずれていたサングラスがホヴィスの目元から離れ床へと落ちた。


サングラスが取れたホヴィスの顔を目の当たりにしリテアは息を呑む。


「いってて、ちったぁ加減しろよ。お前の腕力は普通と違、……ん?」


ホヴィスは自分を見つめたまま固まっているリテアを見て、眉を寄せる。


「なんだ? 俺の素顔に惚れたか?」


からかったような言葉を紡ぐホヴィスに、リテアは首を横に振った。


「違う! その傷……!!」


「……あぁ、これか」


合点がいったようにホヴィスは左目を人差し指で示す。そこには鋭い一筋の深い傷が、左目を塞ぐように刻まれていた。痛々しいその傷にホヴィスは軽く触れ、自嘲的な笑みを溢す。


「これは、俺の罪そのものだ。俺が犯した罪にしては小さい傷だがな」


「罪って、」


「まだ、俺が新米の軍人だった頃の話だ」


何処か遠くを見つめホヴィスは淡々と話していた。感情を、グッと抑えるかのように。

そんなホヴィスの表情にリテアは聞こうとしていた言葉を飲み込む。そして、当たり障りのない傷の事について聞いてみた。


「ねぇ、左目は見えないの?」


「あぁ。だからコレかけてんだよ」


ホヴィスは床に落ちたサングラスを拾い、かけ直すと煙草を口に戻す。


「傷も隠せるし、な」


煙草の煙がゆらりゆらりと立ち上っていく。それを横目にリテアは息を吐いた。


(どんな過去があったのか、非っ常に気になる。あのベルガって奴との因縁もあるみたいだし。一体、どんな軍人時代を送ってたのよ……?)


思考を巡らすリテアを見ながら、ホヴィスは頭をガリカと搔く。


「まぁ、俺のことはどうでもいい。リテア、1つ質問していいか?」


リテアはホヴィスに視線を戻し、軽く眉を寄せる。


「何?」


「あの地下にいたお前らの両親、本物だったか?」


「は……、はぁ!?」


思いがけないホヴィスの言葉にリテアは素っ頓狂な声を出す。リテアの突然の叫び声に、気を失っていたキッシュも目を覚ました。


≪んんー? ふわぁふ、いきなり、どうしたのさー、って、リテア?≫


自分を呼びかけるキッシュを無視し、リテアはホヴィスを鋭く見据えた。


「一体、何を……、何、馬鹿なこと言ってんの!? 本物だとか、馬鹿なこと、」


「馬鹿なことじゃねぇ。必要なことだ。もしかしたら、アレは作られた人だった可能性もある」


「作られた? はぁ!? ふざけたこと言わないで!!」


ホヴィスに掴みかかり、リテアは彼の頬を勢い良く引っ叩いた。その痛みに、ホヴィスは顔を歪めるだけで反撃することはしない。

リテアは顔をそらし、掌をギュッと握り締める。


あの時、リテアは氷漬けにされた培養槽が並べられたあの部屋で、変わり果てた両親と対面した。凍らされた両親は、ピクリとも動かなかった。


待って? 動かなかった? 青白かった?

確かに両親とは会ったが、声を聞いた訳でも、姿をよく見た訳でもない。

……まさか。本当に……?


「……心当たりが、あったみたいだな」


ホヴィスの言葉に、リテアはピクリと反応し顔を上げる。


「ねぇ、1つ聞きたいんだけど」


「何だ?」


「瓜2つの人なんて、作れるもんなの?」


ホヴィスは微かに目を細め煙草の煙を深々と吐き出した。


「普通なら無理だろうが、ディバスリーならそれが可能となる」


聞き覚えのある単語にリテアは何かを思い出すように、軽く腕を組んだ。


ディバスリー。確か、ホヴィス達の世界で生み出された科学技術。DAMもこのディバスリーの技術によって生まれた。


リテアは考えながらある事に思い当たり目を見開く。


「まさか、遺伝子操作……、クローンをやったというの!?」


煙草から軽く口を離しホヴィスは頷いた。


「ああ。専門家じゃねえから詳しいことは分からんが、DAMが造れるのなら同じ人間を作るのも容易だろうよ。つくづく嫌な技術だな」


吐き捨てるようなホヴィスの言葉にリテアは眉を寄せる。


「でも、そんな技術が良しとされたから、DAMもあるんでしょう?」


「それは、」


≪まぁね。お陰でオイラ達は生まれて、こうして生きていられるんだし≫


ホヴィスの代わりにキッシュが答え、リテアの肩に飛び乗る。そして器用に2本足で立ち、溜息を吐いた。


≪でも、こんな卑怯なやり方で使われるのは、許せないね。相変わらず、嫌な奴だよ、ベルガは≫

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