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箱庭の終焉、その鍵を君が持っていた  作者: 桜柚
第1章 【璃球編】
3/14

不思議な鍵と少女













――空が夕焼けに染まる頃。


「はぁぁぁ……」


深い溜息を吐き、アサトは友人数人と帰途についていた。ため息を連発するアサトを見て、友人達は声を立てて笑う。


「お前、溜め息吐き過ぎぃ!」


「そんなに嫌なら、遅刻しなきゃ良かったのによ」


可笑しそうに笑い続ける友人達を見て、アサトは眉を顰めた。


「お前ら他人事だと思って……。見ろよ、この課題の山!! 明日までになんて出来っこないって!」


アサトが鞄から取り出したのは数枚のディスク。全て課題が詰まった物である。

相当な数の問題が入っているのは先ず間違いない。


アサトはうんざりとした様子で首を横に何度も振った。それを横目に、友人の一人はディスクの1つを取ると苦笑を浮かべる。


「担任に酷く気に入られてるみたいだからなぁ、アサトは。何かと指名されるし?」


「あはは、確かに! 愛されてるねぇ、アサトォ。良かったじゃん」


「良くないよ!?」


アサトは友人達の言葉にますます表情を歪め、友人から課題のディスクを奪い取る。そして息を吐いて足早に先を歩こうとした、その時だった。


「のわぁっ!?」


アサトの爪先に何かが引っ掛かり、身体のバランスを崩した。重力に引っ張られるように地面へと勢い良く倒れたアサトは、顔面を酷く強打してしまう。


そんなアサトに友人達は爆笑を浴びせた。


「お前、何やってんだよー?」


「おいおい、ちゃんと前見て歩けよなぁ」


アサトは痛む顔面を押さえながら立ち上がると、服に付いた砂を払い落とす。そして地面を指差した。


「だって、こんな所に小動物がいるとは思わなかったんだよ。しかも足元に!」


そう。アサトの爪先にいたのは1匹の小猿で、黒と茶の混じった珍しい毛色をしている。

アサトに蹴られたにも関わらず、小猿は身体を痛めた様子もなく平気な顔をしていた。


友人達はこの猿を見て、また声を上げるんだろうとアサトはそう思っていた。だが、アサトの言葉に友人達は眉を寄せ首を傾げる。


「は? 何言ってるんだよ、アサト」


「何もいないじゃん」


「えっ?」


思わず、アサトは地面と友人達を交互に見た。

地面には小猿が確かに存在し、アサトの目にはっきり映っている。なのに、彼らには見えていないという。


「そっちこそ、何言ってるんだよ。小猿がここにいるじゃないか! 黒と茶の混ざった毛色の小猿が!!」


アサトはそう言って小猿のいる場所を、もう一度指差した。でも、友人達にはやはり見えていないようで、分からないと首を横に振られる。


「おれ達には何も見えないよ」


「アサトォ。お前さ、寝ぼけてんじゃねぇの?」


「そんな……」


寝ぼけてなんかいない。

だって、そこに見えている。そこにいるんだ。


混乱しているのか頭を抱えるアサトを見て、友人の1人はアサトの肩を軽く叩く。


「……きっと、お前疲れてんだよ。今日はここまでだな。すぐ家に帰れ」


「いや、俺は……!!」


「あー、そうだな! アサト、気をつけて帰れよ」


有無を言わせないその言葉に戸惑いながらも、アサトは渋々頷いた。それを見て友人達は笑みを浮かべ、その場から去って行く。


手を振る友人達に手を振り返しながら、アサトは深々と息を吐いた。

アサトは地面にいる小猿に目線を合わせるように、ゆっくりとその場に腰を下ろす。


「んんー、なんで、お前が見えないんだろうなぁ……」


アサトはそう呟いて小猿を撫でようとするが、その前に小猿がアサトに近づきアサトの掌に何かを置いた。


掌に置かれたのは青色に輝く不思議な鍵。鍵を恐る恐る握り締めると、アサトは小猿へ目を向ける。


「何これ?」


小猿は何も答えない。緩やかに尾を振り、アサトから離れると小猿はアサトが居る反対側へと駆けて行く。


「あ、待ってよ!」


アサトの言葉に小猿はピタリと足を止める。そしてアサトの方へと振り返り、小さく「キィ」と鳴いた。

アサトは首を傾け小猿を見つめる。


「……もしかして、着いて来いって言ってる?」


アサトの問いに小猿は頷いた。どうやら小猿は言葉を理解出来るらしい。


小猿に着いて行った先に何があるんだろう。


自分にしか見えない小猿。渡された不思議な鍵。まるで何かが始まりそうな、そんな雰囲気だ。


アサトは少し高鳴る胸を押さえると、立ち上がり小猿の元へ向かっていく。


――そう、自らの運命の扉を開く為に。








◇◇◇





一方、リテアも帰宅の途に付いており1人、街中を歩いていた。


「兄貴のヤツ、大変だろうなぁ」


学校内でアサトが大遅刻をし、課題を大量に貰ってしまったと噂になっていた。今頃、きっと家で慌てふためいているに違いない。


アサトは勉強も苦手で、殆どリテアが教えているようなものだった。きっと帰ったら教える羽目になるのだろう。


暫く帰らないでおこうか。たまには、アサト1人で問題を解かせるのもいいかもしれない。

そんなことを考えながらリテアが歩いていると、何やら下品な笑い声が路地裏から聞こえてくる。


路地裏を覗いて見るとそこには数人の不良が誰かを囲んでいた。隙間から垣間見えたのはスカートのフリル。どうやら少女を恐喝しているようだ。


「……いるんだよねぇ。ああいう輩が」


飛び交う暴言に、眉を潜めリテアは息を吐いた。肩に掛けていた鞄を地面に置くと、路地裏に向かって行く。


あと少しで不良達に触れるという所まで来て、ゆっくりと足を止めた。息を深く吸い込み声を張り上げる。


「ちょっと、あんた達! そこで何してんの!?」


リテアの言葉に、不良達は睨みを効かせながら振り返る。だが、リテアの姿を見た途端、不良達は一瞬にして顔色を変えた。


「お、お前は東中のクジョウ!」


そんな不良達を横目に、リテアはにっこりと微笑む。


「へぇ、アタシのことを知ってるんだ。なら、分かるよねぇ?」


リテアは両手指を鳴らし不良達を見据える。リテアの行動に不良達は怖じ気付くが、リーダーらしき男が鼻を鳴らした。


「例えお前が、あのリテア・クジョウだとしてもオレ等にはコレがある」


そう言って男が取り出したのは一丁の拳銃。それにリテアは眉を寄せた。


「それを使ってどうする気?」


「決まってんだろ。こうするんだよ」


男は拳銃をリテアに向けた。向けられた銃口が怪しく光る。


銃口を向けられてもリテアは怯まなかった。こういう状況は、今まで何度も経験したことがある。だから、どうってことない。


むしろ、心配なのは少女の方だ。少女は顔を俯かせたまま、両手を強く握り締めている。時折揺れる水色の長い髪が、彼女の心情を表しているようだ。


リテアは息を吐き、男達を鋭く睨み付けた。


「やれるもんならやってみれば? 後悔してもしらないから」


「ッ、言うじゃねぇか。なら喰らえ!!」


男が引き金を引くよりも早く、リテアは一歩を踏み出した。そして、男の背後に回る。


「な、何っ!?」


慌てて銃口をリテアに向け直すも間に合わない。リテアは、慌てる男へ回し蹴りを放つ。防御も無しに直撃を受けた男は、後方へと派手に吹き飛ばされた。


リーダー格の男が倒されたことに不良達は一瞬怯むが、1拍の時を置いて各々の武器を持ち、リテアに襲い掛かってくる。


彼らの武器の扱いはかなり下手だ。大振りで全然なっていない。

素人にはそれで通じるかもしれないが、鍛練を積んでる者にとってはこんな物怖くとも何ともない。むしろ攻撃が見極めやすくて助かる。


不良達の攻撃を次々と躱しながら、リテアは路地裏の奥にいた少女の手を掴んだ。少女を自分の方に引き寄せ背後へと隠す。


「くそっ!!」


不良達は人質とも呼べる少女を奪われ自暴自棄になったのか、再びリテアへ刃を向けた。そんな不良達を見てリテアは呆れたように首を振る。


「ハッ、学習能力がないね。兄貴と同レベル。でも、」


リテアは、自分へと突っ込んできた男の腹部を思いっきり拳で殴り、その場へと倒した。


「兄貴の方が、アンタ達より数倍はまともだよ」


そう言って汚れた手を払うように、パンパンと叩く。たった数分で、数人の男達を倒してしまったリテアに不良達は息を呑んだ。


これが噂のリテア・クジョウ。800人以上の不良や強盗、犯罪者達を討ち負かしてきたと言われる凄腕の格闘家。


こんな奴に勝てる訳がない。


そう悟ったのかリーダー格の男を筆頭に不良達は、お決まりの捨て台詞を残し、路地裏を去っていった。


不良達の醜い後ろ姿を見つめながらリテアは息を吐く。


「……最近、あんなのが多くて、ほんっと困るんだよねぇ」


街が覆われているから全て平和というわけではない。環境被害はなくとも、人的な被害は増加傾向に向かっている。恐喝、強盗など特に多いという。


犯罪はどの時代にでも存在する。生活が豊かになったからといって、心まで豊かになる訳ではないのだ。リテアは服についた汚れを払い落とし、少女の方を振り向く。


少女は顔を俯かせたままだった。そんな少女を安心させるように、リテアは少女へと声を掛ける。


「えーと、怖かったよね。怪我とかない? 大大丈夫?」


少女はリテアの声に反応し、ゆっくりと顔を上げた。リテアを見た少女の金の瞳が大きく揺れる。次の瞬間、少女はリテアにしがみついた。


『ёжнмяо!!』


「はっ?」


いきなり腕を引っ張られて驚いたせいだろうか。幻聴が聞こえたような気がする。少女の言葉が、未知の言葉に聞こえてしまっていた。


「いやいや、そんなことある訳、ないないない」


自分の考えを否定するかのように何度も首を振り続けるリテアを見て、少女は目は瞬かせるとリテアの腕から手を離した。


『……виыанмхь。якрёжздст?』


どうやら、聞き間違いではないらしい。リテアには少女の言葉が、全くと言っていい程分からなかった。


リテアは深々と息を吐き顔を上げる。


「……標準語はアタシが今話してるから違うよね。多言語のどれか、でもないよなぁ。全然、違うしねぇ……?」


リテアはそう呟きながら少女を見据えた。


金の瞳に水色の淡く長い髪。

着ている服はこの辺では見ない服だ。幼い少女が着るような緩い感じのフリル調のスカート。それが風で、時折ゆらゆらと揺れている。

見るからにお嬢様っぽい装いだ。


(……んん。見た目、10歳くらいだし、もしかして迷子かも?)


リテアがそう結論付けて少女に再び声を掛けようとした直後、少女の身体が地面へと崩れ落ちた。


「えぇぇぇぇ!? ちょっと! だ、大丈夫!?」


『……жхыё、ьджкё……』


少女はそう呟いて瞳を閉じる。声を掛けたり身体を揺らして見るが、反応は何もない。


どうやら気を失ってしまったようだ。


「……え。ど、どうしよう……」


偶然とはいえ、少女に関わってしまった以上放って置くわけにはいかないだろう。


リテアは力を入れるように軽く気合いを入れると、気を失ってしまった少女を背負い、路地裏から駆け出した。



――――そう。

全てはこの出会いから始まった。


この先、待ち受ける運命も、そして始まりの別れも、全ては、この時から始まったんだ。


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