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箱庭の終焉、その鍵を君が持っていた  作者: 桜柚
第3章 【干渉者編】
29/51

焼ける大地【1】








ティスディ大陸、国境の町ロリアス。

漆黒の闇と紅に包まれた町の中を1人の青年が歩いていた。


「……全く、何処に行ったんだか」


自分の主は目を離すと直ぐにいなくなる。あれ程、自分から離れるなと言っているにも関わらずだ。深々と息を吐きながら、青年は周囲を見渡す。


夜の帳に覆われているというのに、緋色に染まった町並み。焼け落ちた教会や家屋。数多くの死体や怪我人。先程まで此処は戦場だった。


鼻に突く焼けた匂いに表情を歪めながら、青年はただ足を進めるしかなかった。






捜していた主がいたのは町外れの河川敷。地に腰を下ろし、何かを祈るように瞳を閉じている。傍には幼い兄弟の遺体があった。


「……此処にいたんですか」


青年の声に淡い金髪の女性は振り返る。そして申し訳なさそうに微笑んだ。


「ユゥイ、ごめんなさい。心配かけちゃった、よね?」


「自覚があるのなら一声かけて下さいよ。捜すのも苦労するんですから」


ユゥイと呼ばれた青年は一息吐いて、その場に片膝をつく。そして、裂傷が酷い兄弟の遺体を見た。


「町の、住人ですか?」


「えぇ、必死に逃げてきて此処で力尽きたみたい。……可哀想に」


せめて死に顔だけでも安らかにと、女性は兄弟の顔を緩やか撫でて、傷を癒す。ある程度の傷を癒し終えると、金髪の女性はユゥイに声を掛けた。


「ねぇ、ユゥイ」


「駄目です」


きっぱりと返された言葉に女性は頬を膨らませた。


「まだ何も、言ってないのだけど」


「聞かなくても分かりますよ。町の亡くなった人々を弔いたいので墓作りを手伝って欲しい、でしょう?」


「正解。だけど何で駄目なのよ? 少しくらい、」


女性の言葉にユゥイは嘆息を漏らす。


「サリエット。貴方、御自分の立場をお忘れですか? 貴女の命は、貴女1人のものではないんですよ。此処に留まるような、危険な事を許す訳にはいきません。もし軍が戻って来るようなことになれば、」


「その時はその時よ。私は彼等を弔いたいの。町の人だけじゃ大変だろうしね。それに、」


金髪の女性ーーサリエットはそう言ってユゥイを見つめる。その表情は、何処か優位に立つもののそれだった。


「主の命は絶対のはずよね、ユゥイ?」


「……」


悲しいかな、従者であるユゥイに主人に逆らってでも貫く意思の強さは今は存在しない。ニコニコと、脅しの含んだ笑顔にユゥイは素直に頷くしかなかった。


「……わかりました。ただし、2時間だけです。良いですね?」


「ユゥイ、ありがとう!」


サリエットが嬉しさを表すように、パンッと手を叩いて立ち上がった、その時だった。


粒子の細かい光の砂、とでも言うべきだろうか。遥か上空からその眩い光は地上へと滑り落ち、目の前の森へと消えた。それは瞬き一瞬の出来事で、サリエットとユゥイは何が起きたのか分からずにいた。


「……何、今の」


「物凄い光でしたね。閃光弾か、何かでしょうか」


唸るユゥイを横目にサリエットは森に視線を向ける。森からは何も聞こえない。真夜中の冷たい空気、独特の虫の音が響くだけだ。


「気になるわね」


「駄目ですよ?」


ユゥイはサリエットに釘を刺してから考えるように顎に手をあてる。


「ロディカ軍の仕業かもしれません。先ず僕が偵察してきますから、サリエットは此処で待機して……」


その先の言葉は続かなかった。視線を向けた先にサリエットはいない。周囲を見渡しても姿は見当たらなかった。まさか、森に走って行った?ユゥイは本日、何十回目か分からない息を深々と吐いた。


「……どうして、こうも自分勝手に動くんだか。守る身にもなって、考えて下さいよ……」


がっくりと肩を落とし文句を言いながらも、ユゥイはサリエットが消えた森へと続く道へ足を踏み入れた。







◇◇◇






森の中を進むサリエットは自分の直感だけを手掛りに、先へ先へと進んでいた。


こんなご時世だ。ユゥイの言う通り、軍の誘導かもしれない。そのまま捕まって、軟禁されてしまう恐れもあった。だがそれでも、先に進まずにはいられなかった。何かが自分を呼んでいるような、そんな気がするから。


ガサリ、と僅かにに聞こえた微かな音に、サリエットは耳を澄ます。


「……こっち、かしら?」


サリエットは音がした方へと移動し、目の前にある青々とした茂みを掻き分けていく。人の背丈程ある茅の所為で、頭に被せた帽子が取れそうになりながらも、歩みを止めなかった。


茂みを抜けた先に見えたのは、2つの人影。

最初は暗くてよくわからなかったが月明かりに照らされ、徐々にその姿が明らかになっていく。


1人は灰色の髪の少年。もう1人は、淡い水色の長い髪の少女だった。


「大変……ッ!!」


サリエットは慌てた様子で、彼等に近づき、少年達が生存しているか否かを知る為に脈を測る。微かにだが、力強い心拍数が指に伝わってきた。どうやら生きているらしい。


サリエットは安堵の息を吐く。しかし、安心してもいられない。

少女の方は軽傷だが、少年の服は血に染まり、酷い怪我をしている。内蔵を損傷している可能性もあり、早く処置をしないと不味いだろう。


彼等をどうしようかとサリエットが思案していると、そのサリエットを追っていたユゥイが、漸く追いついて来た。


「……ったく、やっと見つけましたよ。何をーー」


「ユゥイ! 急いで、私の荷物から包帯などの医療具を持ってきて!!」


「は?」


サリエットの言葉にユゥイは怪訝そうな表情を浮かべていたが、少年達の姿を確認し、スッと表情を引き締める。


「怪我の状況は?」


「かなり酷いのよ、まるで戦った後みたいに。私が、応急手当するから早くユゥイは道具を!」


「わかりました!」


指示を受けたユゥイはサリエットに一礼して、足早に駆けていく。それを見送ってからサリエットは少年へ片手を当てる。


「高度な治癒は苦手なのだけど、そうも言ってられないしね……」


掌から暖かな光が溢れ出す。サリエットは治癒に集中するよう、瞳を閉じた。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






『……おい』


誰かが、俺を呼んでる。


『起きろ』


でも、起きたくない。

何だか眠くて眠くて、たまらないんだ。だから……


「あと15分……」


『んなに待てるかよッ!!』


「ぐふぅ!!」


アサトの腹部に、跳躍を含んだ綺麗な足蹴りが決まる。眠気を吹き飛ばすには十分な威力だった。その余りの痛さに咳き込みながら、アサトは飛び起きた。


そして周囲を見渡す。そこは青の空間。2度目ましての、内なる世界だった。

 

『やっと、お目覚めか』


呆れたように息を吐くログを見て、アサトは首を傾げる。


「あれ? 何で俺、ここにいんの? 戦いは?」


『……覚えてねぇのか』


「うん。まぁ、詳しくはわかんないや」


軽く眉を寄せて、ログは頭をガシガシと掻く。その表情は何処か不服そうだった。


『簡単に言うと俺がお前の身体を借りて、奴らを蹴り散らした。窮地は脱したし、まあ暫くは大丈夫だろ』


「……へぇ……って、俺の身体ぁ!?」


アサトは声を上げログをまじまじと見つめた。


「ちょ、ちょっと待ってよ、どういうこと!?」


『あ? 言った通りだ、馬鹿。お前の身体を借りたんだっつーの。今の俺は、お前の影。お前が眠れば、俺が表に出ることも可能なんだよ』


「へーー」


(……じゃあさ、リテアともばっちり、会っちゃったんだよな?)


声に出さず、心の中でそう呟いてみればログにはバッチリ聞こえたようで。肯定の意味も兼ねて頷きを返された。


『かなり睨まれたがな。感謝しろよ? 俺が出なかったら、お前等今頃、黄泉の旅に向かってたかもしれないんだからな』


「う、洒落になんないよ! しかも、また俺の心読むなよぅ……!」


胡座をかいて項垂れるアサトを見てログは面白いとばかりに、声を出して笑う。


『聞こえちまうんだから仕方ねぇだろ。……それより、アサト。戦いの最中、腕が痺れなかったか?』


「……ッ、どうしてそれを、」


そんな素振りは見せなかったし、ログは気づいていないと思っていた。驚いた様子のアサトを横目に、ログは複雑そうな顔をする。


『やっぱりな。拒絶反応が出てやがる』


「……拒絶反応?」


『あぁ、身体に負荷をかけ過ぎたせいだな。お前の鍵は、普通と違うから。それに……』


「それに?」


言いかけてログは目線を逸らす。一度開いた口は言葉を紡ぎそうになるが、やはり音にならずに消える。アサトには一瞬だが、彼が泣いてるように見えた。


暫しの沈黙の後、ログはフッと笑い片手を振る。


『何でもねぇよ。ま、体力と戦力をつけろってことだな。今すぐに』


「そんな簡単にさらりと言われても。無理だって!!」


ブンブンと左右に強く首を振って、拒否を示すアサトに、ログはアサトの頭を軽く叩く。


『無理じゃねぇよ。お前は、今から大変な世界に踏み込むんだからな。否応無しに実力をつけていかなくちゃならないんだぜ?』


「それって、どういう……?」


首を傾げながら立ち上がるアサトに、笑顔だけを返しログはアサトの背を思いっきり蹴った。


「わわッ!?」


反動によりアサトは壁にぶつかりそうになる。だが、その壁は普通の壁ではなかった。


『外に出りゃ分かる。あと、俺のことは他言無用だから。忘れんなよ?』


ログのその言葉を最後に、アサトは壁に吸い込まれるようにして、この空間から消えた。


1人になってしまった、ただ広い空間を何の感情もなく見渡し、ログは目線を落とす。


『……拒絶反応か。まだ、まだお前は、鍵を取ることを躊躇っているのかよ。……()()()()()


ログの声に反応する者は誰もいない。ログは嘲笑を浮かべ静かに瞳を閉じた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



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