深き刃、消えた思い【6】
砂塵の混じった突風が吹き荒れる。それを何とか回避してリテアは前方に目を移した。
「ッ!?」
視線の先にあるのは2つの影。
剣を片手に携えたアサトと、血に染まったレオンの姿だった。沢山の裂傷、レオンの左腕は身体になく床に落ちている。
恐らく先程のアサトの攻撃で斬り落とされたのだろう。レオンは左腕があった場所を抑え、アサトをギッと睨みつけた。
「貴様ッ……!!」
「なんだ、少年。腕1本じゃ物足りないか?」
微笑を浮かべて話すアサトの、その瞳は全く笑っていない。スッと血濡れた剣を払い構える。
その動作に、流石のレオンも血の気が引いた。
「させない!!」
傍観に徹していた筈のフォルテは2人の間に入り、小型の爆弾をアサトに投げる。
「フォルテ!?」
「レオン、ここは引きましょう。いいわね?」
フォルテの提案にレオンは悔しげに頷く。アサトが爆弾を取り払った時には、2人の姿はもうその場になかった。
「逃がしたか……」
軽く舌打ちしてアサトは剣を鞘へと戻す。そして、背後に控えているリテアへ目を向けた。
「よぉ、リテア。無事か?」
軽々しく話しかけるアサトにリテアは不審な目と共に、鋭い視線を向ける。
「……アンタ、一体何者よ」
「あ? 俺か?」
「そうよ! あのレオンを造作もなく……。それにッ、兄貴は!? どうしたのよ!」
耳を突き破る勢いの甲高い声にアサトは息を吐いた。
「ああ、煩せぇなぁ。分かった、じゃあ簡潔に。ひとつ、あの少年は俺より弱かった。ふたつ、俺はアサトの精神に住んでて。みっつ、アサトは今、精神で眠ってる。以上!」
「はあぁぁぁ!?」
リテアは勢い良く首を振って、信用できないとばかりにアサトへ勢い良く指差した。
「ちょっと、ちゃんとした答えになっていないじゃない! アタシは、なんで兄貴の中にアンタがいるかが知りたいの!!」
「ふぅん、そんなに俺のスリーサイズが知りたいのか? 照れるな」
「違ぁぁぁぁうッ!!」
怒りが一気に上昇し、思わずリテアはアサトに掴みかかろうとするが、身体の傷が響き表情を歪める。そして激しく咳き込んだ。
「怪我人が、騒ぐもんじゃねぇぜ」
「誰のせいよッ…!!」
「ははっ、俺の所為だな。……少し触るぞ」
微笑みながら、アサトは断りを入れリテアの両足に刺さっていた短剣を悪化させないよう、手際良く外していく。止血代わりにと、首に下げていたネクタイを2つに裂き、怪我した部位に巻いた。治癒術もかけたのだろうか。ほんのり温かく、痛みが緩和されていく気がした。
「ほらよ」
「あ、ありがと……」
リテアはアサトに思わず礼を言うが、ハッと思い出したようにアサトを睨みつける。
「そ、それとこれとは話が別よ!! きちんと話すまでアタシはアンタのこと、信用しないから!」
「……細けぇなぁ」
アサトは苦笑してリテアを見た。
「余計な詮索は止めた方がいい。どうせ碌なことになんねぇからな。なのに、何故お前達は、いちいち突っかかるんだか……」
何かを思い出すようにアサトはフッと目を細めた。
◆◆◆
「ねぇ、君の名前、ログでいいよね?」
『は?』
「いいよね? よし、決定!!」
『おいコラ。俺は一言もいいとは言ってな、』
「じゃあ、名前教えてくれる?」
『それは……』
「名前ないと不便じゃん? それなのに、教えてくれないし。だから、頑張って俺が考えたの!」
『……はぁ!? 何処が? ネーミングセンスねぇよ、お前』
◆◆◆
俺はあの日、全てを捨てた。
だから、もう名前すら必要ないと思っていたんだが。アサトはああもあっさりと、俺に名前を与えやがった。
まあ、頂いたものは有り難く使わせてもらうとするか。本名名乗らないでいい分マシだしな。
「何、笑ってんの?」
リテアの声にアサトは我に返る。そして意味深な笑みを浮かべ、リテアの頭を軽くポンッと叩いた。
「……何でもねぇよ。そう、睨むなっての」
何かを隠すように笑い続けるアサトにリテアは口を開こうとした
その時だった。暖かな一筋の光が2人を包む。光は誰かの能力のようで、思わず身構えるが害する恐れはないと分かると肩の力を抜いた。
「これ何……!?」
「ヴァーチェ、か」
アサトは目を細めたまま、光に手を通す。恐らくこれは空間転移。このまま、別の世界に飛ばされるのかもしれない。ズズン、と天井が崩れ始める。直に此処は上から押し潰され、消えてなくなるだろう。
俺もそろそろ、帰るか。
「リテア」
「何よ!? この状況で、ボケかましたら本気で殴るわよ!」
アサトは苦笑して片手を振り瞳を閉じた。
「俺の名前、ログだから。覚えとけよ?」
「は? 今、なんて……」
リテアの返事を待たぬ内に、アサトの身体は傾いで床に倒れる。リテアがギョッとして、アサトを支え軽く揺さぶるが返事はない。代わりに規則正しい寝息が聞こえてきた。
「やだもう、眠ってるし……」
リテアは息を深々と吐いてアサトを見つめる。
ログ、と言ったアサトの中にいた謎の人物。あれがアイツの名前なのだろうか。
リテアがそう考えていると、目の前の柱が勢いよく倒れる。崩れた隙間から視界に映った培養槽によって、頭の隅に置いていたあの情景が蘇ってきた。
「あ……」
氷漬けの培養槽。あれには両親がいる。その両親が、目の前で瓦礫に飲まれていく。
「嫌ッ! 父さん、母さん!!」
手を伸ばすものの、自身に纏う光によりリテアの身体は半分消えかけている。それに動くことも出来ない。ただ見ている事しか出来なかった。
「どうして……ッ!!」
リテアの気持ちを知ってか知らずか、光は眩しさを増しリテア達をこの場から遠ざけようとする。
完全にこの場を去るのも、時間の問題である。
そんなの、嫌だ。両親をこのままだなんて。
「誰か……ッ!」
両親を助けて!!
悲痛な、リテアの必死な想いは誰にも届くことなく儚く消える。リテアはギュッと手を握り締めた。
「せめて、最後に……」
母さん達の、笑顔が見たかった。
光が完全に2人を包み、リテア達はその場から消え失せた。
残されたのは鳴り止まぬ轟音と、多数のDAMの死体。そして――
科学者として、月の発展に力を注いできた者達の骸だけだった。
◇◆◇◆
雪が舞い落ちる、白銀の大陸。
其処にある名も知れぬ古城に1人の少年が軟禁されていた。軟禁されていると言っても待遇は良い方で、ある程度の自由は聞く。
だが、それはこの城の中だけだ。
「エジェワード博士。総統閣下がお呼びです」
ノック音と共に分厚い扉の外から聞こえた声に少年は頷く。
「……分かった。直ぐに行くよ。先に行っててくれ」
兵士が去ったを確認し、少年ーークロイス・エジェワードは椅子から立ち上がり窓を開けた。
空の色は今日も暗い。だが、その曇天の隙間から滑り落ちてくる雪が何とも愛らしい。
「……彼等は、無事だろうか」
恐らく何人もの刺客が、彼等を襲っているはずだ。彼らの目的を阻害する為に。
「僕は、どれだけの血を流せば、気が済むんだろうね……」
敵味方関係なく、多くの者が命を落とす。そんな姿なんてもう見たくないのに。それでも、それでも必要なんだ。この世界には。
『失われし賢者』の力を携えた七人の適合者が。
クロイスの、前髪の一房に結んだ髪飾りが、寒風に揺られ切なげにチリンと鳴った。




