深き刃、消えた思い【5】
「兄貴ッ!! 逃げて!!」
リテアの叫びも虚しく、部屋はとてつもない轟音に包まれた。地下全体が揺れる程の大きな爆発。アサトはその爆発の中心に立っており、炎を灯した剣をも手にしていた。無事でいられるはずがない。
「嘘でしょ……」
爆発の衝撃で巻き起こった白い煙で辺りは何も見えない。アサトの姿も、レオン達の姿も。
「兄貴……ッ!!」
涙を浮かべながらアサトを呼ぶが、返事は何も返ってこない。響くのは自分の声と瓦礫の音だけだ。
パキン……
ふと響いた足元にハッと視線を向ける。其処にいた人物を見てリテアの表情が強張った。
視線の先にいたのはレオンとフォルテ。
「あはは、ごめんね? アサトじゃなくて」
レオンはニコリと微笑みリテアを見下ろす。
「出来れば、さっきので君も死んで欲しかったんだけど。ま、いっか。今からトドメさせばいいんだしね」
チャキ、と短剣を構えるレオンにリテアは必死に立ち上がろうとする。だが、足に力が入らない。それを見てフォルテはクスリと笑う。
「その怪我じゃ無理よ。諦めたら?」
2人分の殺気がリテアを襲う。だが、それは中断せざるえなくなる。
「……この俺を無視して、何してくれてんだ?」
一筋の太刀がレオンの首筋へと伸びた。白煙の中から傷だらけのアサトが姿を現す。アサトは剣をレオンに突きつけたまま、深く息を吐いた。
「……ったく、アイツはやっぱりヘタレで大馬鹿だわ。お陰で、俺が出てくる羽目になっちまったじゃねぇか」
アサトの言葉にレオンを始め、皆が眉を寄せる。何かが、違う。こいつは先程までのアサトじゃない。雰囲気、纏うものが違って見える。
「……君、誰?」
「誰って、アサトに決まってるだろ?」
「違うね。君はアサトじゃない。中にいる君は誰だい?」
アサトはついと目を細め、表情をひきしめた。そして意味ありげな笑みを浮かべる。
「そいつは教えらんねぇよ。……そうだな。知りたかったら俺を倒してみろ。そしたら、教えてやるよ」
「面白そうじゃん」
2人の間に冷たい空気が流れる。次の瞬間、2人は跳躍し刃を交えた。それを静かに見送ったフォルテは呆れたように息を吐く。
「……まったく、時間がないって言うのに……」
「え?」
フォルテの呟きにリテアは怪訝そうな表情を浮かべる。それに気付いたフォルテは、にっこりと微笑んだ。
「良いことを教えてあげる。もうすぐで、この地下は沈むのよ。研究所諸共ね」
「ッ、なんですって……!?」
驚愕の表情のまま、自分を見つめるリテアをちらりと見て、フォルテは再び息を吐いた。
「だから、早く帰りたいんだけどね……。早く終わってくれるかなぁ、あれ」
丸い眼鏡が隠すフォルテの視線の先で、2つの影がぶつかりあっていた。
凄まじい殺気と技が交差する。炎を纏う剣を扱うアサトにレオンは短剣を盛大に活用し、応戦していた。
「甘いな」
「……なッ!?」
今まで破られたことのない短剣の重技も、難なく避けられアサトは足早にレオンに迫る。不味いと感じたレオンは一度身を引いた。そして額から流れる汗を拭い、再び短剣を構える。
先程のアサトより凄い、とかそんな生易しいものじゃない。目の前にいるアサトは、自分と比べものにならない程の力を持っている。炎を纏う剣を自分の腕のように自在に操り、余裕の笑みすら浮かべていた。
並の剣士じゃない。かなりの強者だ。
こんな、心臓を握り潰されそうな緊迫した空気、味わったことない。彼は一体何者だ?
アサトは軽々と剣を回し、その剣先をレオンに向けた。
「……さてと、そろそろ終わらせようか」
剣を握る腕に霊力を込め、アサトは一気にレオンとの距離を詰める。
アサトが来る一瞬の隙をついて、レオンは彼の背後に回り技を放とうとする。だが、それを実行することはできなかった。
なぜなら、手に持っていたはずの短剣がいつの間にか奪われ、自身の身体に刺さっている。短剣の刺し傷は深くはないがレオンの動きを止めるには充分だった。
アサトはフッと微笑みレオンの耳元で囁く。
「悪いが、チェックメイトだ」
凄まじい熱気の刃がレオンを襲う。部屋は再び轟音に包まれた。
◇◇◇
床が激しく揺れ、地響きが耳に届く。
瞳を閉じて何かを考えていたヴァーチェは眉を寄せ、アサト達が消えた地下へと目を移した。
『……凄い音、アサト達は大丈夫でしょうか』
DAMの中でもかなりの実力者の2人と、アサト達は対峙している。恐らく無傷ではすまないだろう。脳裏によぎった最悪の結末を振り払うように、ヴァーチェは首を横に振った。
≪ヴァーチェ! 一応、準備出来たよ≫
キッシュの声にヴァーチェは悲しみの表情を瞬時に消し緩やかに微笑む。
『ご苦労様です、キッシュ。これで準備は整いました。後は……』
ホヴィス達の戦いがどうにかなれば、何とかなる。ヴァーチェの目の前で繰り広げられていた戦いも、終焉へと近づいていた。
身体を動かせなくなる程の、濃厚な殺気が漂う。ホヴィスとベルガは互いに鮮血を滴らせながら、武器を奮っていた。
両者の実力は互角。少しの油断が命取りになる為、互いに一歩も譲らない戦いが続いている。
「……ハッ、こんなに私が本気になるのも久しぶりだよ、ホヴィス」
「勝手にほざいてろ。次で潰す!」
ベルガの槍を弾き返し、ホヴィスは剣に力を込める。剣は深緑に揺らめき、風を纏った。それを見てベルガはフッと微笑む。
「風技か。君の得意技の1つだね。受けてあげたいのは山々なんだが……、時間が来たようだ」
「何?」
次の瞬間、ズンと沈むような衝撃が部屋全体を襲う。立っていられなくなる程の振動にホヴィスは剣を支えにして現状を保つ。そしてベルガを睨みつけた。
「ベルガ! 一体何をした!?」
「そう騒ぐものじゃないよ、ホヴィス。ただ研究所を爆破しただけさ。直にこの地下も崩れる」
ベルガの言葉にホヴィスは目を見開く。
「何だと!? まさかてめえ、最初からそのつもりで……!」
「……さぁ? とにかく脱出したかったら、急ぐことだ。1時間もしない内に崩れてしまうから、ね」
そう呟いて翻そうとしたベルガの腕を何かが掴んだ。それは澄んだ水の紐。水圧でベルガの腕は強く締め付けられる。
『逃がしません……!!』
ヴァーチェは能力を駆使して、強固たる術をベルガに放つ。簡単に解けない術式網にベルガは、関心したように目を細めた。
「……ヴァーチェ、流石だね。やはり君は他のDAMとは違う」
『そんな言葉、嬉しくも何ともありません! 貴方は一体、何をしたかったんです? アサトの両親をも手にかけて……!!』
先程話してくれたベルガの言葉は嘘だ。ただの実験をしたに過ぎない、利用できるから利用したと。あれは、きっと嘘。
『貴方は、本当はアサト達を……!』
震えるヴァーチェの声に、ベルガは口端を吊り上げた。
「……そうさ、試したかったんだよ。彼等が失われし賢者か、どうかをね」
『ッ!?』
ヴァーチェは驚きを隠せなかった。何故なら、それは、その言葉は自分とロイスしか知らない筈の言葉。
「こちらにも、色々情報網があるんだよ。何より、ロイスに吐かせることも出来るしね」
不敵に笑うベルガは軽く身動ぎをする。そして、能力を解放しヴァーチェの水術を弾いた。そのまま能力を流し続け、ベルガは星術で編み出した風に包まれる。
「待て! ベルガ!! 今の話、一体どういうことだ!」
「詳しい事はヴァーチェから聞くといい。きっと、凄い事が分かるはずさ」
ニコリと微笑んで、ベルガはその場から姿を消した。
ゴゴゴゴ……、と地下が崩れ始める音だけが部屋に響く。ヴァーチェは俯き、揺れるスカートの裾を強く握り締めていた。それを見てホヴィスは眉間に皺を刻む。
「ヴァーチェ、どういうことだ」
『……ッ』
ヴァーチェは何も答えない。否、答えを渋っているようだ。
「ヴァーチェ!」
鋭いホヴィスの言葉にヴァーチェは深く息を吐いた。
『……隠しておくつもりは、ありませんでした。時が来れば、話そうとマスターとも約束していたんです』
「失われし賢者、とは何なんだ。それが、アサト達とどんな関係がある?」
『それはーー、』
≪二人共! 話は後だよ!! まずは脱出しないと!≫
キッシュの悲痛な大声に、ホヴィスとヴァーチェはハッとし、顔を上げ周りを見渡す。天井から砂が徐々に落ちてくる。崩れるまでもう時間がない。
「……仕方ねぇ、話は後だな」
『えぇ……』
ヴァーチェは徐にキッシュへ目を移す。キッシュは心得たように頷き、とある床を指差す。
≪あそこからなら、アサト達の気配を辿れるはずだよ≫
瞳を閉じてヴァーチェは能力を溜め始める。そしてキッシュに教えられた床へと行き、片手をつく。
『アサト達を見つけ次第、空間転移します。準備をしていて下さいね』
「ああ」
≪うん≫
2人が頷くのを確認し、ヴァーチェは能力を駆使して、アサト達を探し始めた。




