深き刃、消えた思い【4】
鋭い刃の嵐が降り注ぐ。
それを回避しながら、リテアは周りを囲むDAM達を殴り倒していった。連続して身体や術を使っている所為か、何時もより酷く息が上がる。DAM達の数は減らしたものの、まだ倒れる訳にはいかない。
「次の攻撃は、どうかなぁ?」
その声にリテアはハッとし、上を見上げた。頭上にはレオンがふわりと浮かび上がり数え切れない数の短剣を再び構えている。
リテアは眉を寄せた。術で防御を取るにも、能力を大量に消費する。今の状況で能力を使い果たすのはまずいだろう。かと言って、回避しようとしても残りのDAM達に囲まれてしまう。
……ヤバい。
このままじゃ確実に、殺られる。
ならば覚悟を決めて使うしか、ない。
「ーー行くよ」
レオンは楽しむように、下へ目線を落とし指を弾いた。
鋭利な雨がリテアに近づいてくる。リテアは防御の構えを取るように見せかけ、素早く能力を手に宿し小さく何かを呟く。
次の瞬間、リテアの周りを水状の風が吹き荒れた。その風は短剣を弾き飛ばすどころか、その水のような風で残りのDAM達を一蹴する。
レオンはリテアの繰り出した技に一瞬驚いたが、直ぐにいつもの笑みを浮かべ地へと降りた。
「……ふぅん。なかなかやるじゃん。でも、ここまでだね」
レオンの手元にある短剣がリテアの元へと素早く動く。避けれる距離だが、もうリテアに動ける力は残っていなかった。
「……いッ!?」
鮮血が滴る。短剣はリテアの片足に深く刺さり足のバランスを崩した。リテアはその場に崩れ落ちる。リテアが床に落ちると同時に、レオンはリテアの首を掴み、リテアの身体を壁に叩きつけた。
「……がはッ……!!」
激しい衝撃と足の痛みに、リテアは表情を歪める。途切れそうになる意識を何とか保ち、レオンを鋭く睨みつけた。
「は……、なしなさい……よ……」
不利な状況だというのに、強気な視線を向け続けるリテアにレオンはクスリと笑う。
「往生際が悪いなぁ。ねえ、今どういう状況か分かってる? 君の命はボクが握っているんだよ」
レオンはそう言って、リテアの首を掴んでいる片手に力を込める。ギシギシとリテアの首が次第に絞まっていく。リテアは苦しげに、レオンの手を払おうと自分の手に力を入れようとするが上手くいかない。否、動かせなかった。
「どうやら、ほとんど体力が残っていないようだね。可哀想に」
何の感情もなくそう言うとレオンは空いた片手から短剣を取り出す。
「今に痛みも、感じなくなるようにしてあげる。倒れたまま動かなくなった、あの少年君のようにね」
その言葉にリテアはハッとし、奥に見えるアサトへ目を向けた。アサトは俯せの状態のまま、ピクリとも動かない。息はかろうじてあるようだが、あの出血量では助かるのは難しいだろう。
「あ……にき……」
リテアの瞳から雫がぱたりと落ちた。それを目にしレオンは短剣を構える。
「まあ、兄妹の再会はあの世でやってね。なかなか楽しかったよ。……期待はずれだったけどね」
レオンは軽くウィンクして短剣を振り上げた。
「ーーバイバイ」
リテアの喉元へと向けて短剣が落とされる。
……これまで、か。
(ごめん。父さん、母さん。そして……兄さん)
リテアが覚悟を決め、瞳を閉じようとしたその時だった。
ガキィィン!!とレオンの短剣が一瞬の内に弾かれ、宙を舞う。
「な……!?」
何が起こったのかと、レオンが辺りを見渡す間もなくレオンの前方に誰かが降り立ち、彼を強く蹴り飛ばした。
リテアはレオンから解放されその場へとへたり込む。激しく咳き込んだ後、空気を何回か吸って目の前にいる人物を見上げた。
「……ッ!? う……、うそ……」
其処にいたのは先程までピクリとも動かず、倒れこんでいたアサトだった。アサトは剣先をレオンに向け、彼を鋭く見据えている。
「ごめん、リテア。遅くなって」
苦笑を浮かべ、アサトは肩ごしにリテアを見た。
「……兄貴……」
リテアは瞳に涙を浮かべ、肩を震わせる。そして、力が上手く入らない手を器用に使い、近くに落ちていた壁の欠片をアサトに投げつけた。
「いたぁッ……!?」
予想外の攻撃にアサトは涙目を浮かべた。
「何すんだよ! リテア、」
「うるっさい! 兄貴の馬鹿!」
リテアはキッとアサトを睨みつけた。
「立ち上がれるんなら、戦えるんなら、早く来なさいよ! 動かないから……、兄貴、死んだかと、思っ、たんだからぁ!!」
言葉とは裏腹に涙をポロポロと溢すリテアを見て、アサトは頭を下げる。
「……ごめん」
「謝っても! 絶、対、許さない……!!」
「ほんと、ごめん」
「何度も謝らないでよ、馬鹿ぁ!!」
そう言いつつも、リテアの顔には安堵の表情が浮かんでいた。アサトがそんなリテアの態度に、苦笑を浮かべていると、頭に聞き慣れた声が響いてくる。
≪和やかに話してる場合じゃねぇぞ、アサト。まだ、戦いは終わっちゃいない≫
アサトだけにしか聞こえない声。それに、アサトは小さく頷いた。
「……分かってる」
笑みを消し、剣を構えたまま前方に目を移す。
そこに倒れた1つの影。
「……くッ……、あはははッ!!」
仰向けのまま笑いレオンは口端を吊り上げた。
「……久々に倒されたよ。いいね、今度こそ楽しくなりそうだ」
レオンは口に付いた血を指で弾き、ゆるりと立ち上がる。立ち上がったレオンは、ただならぬ殺気と笑みをアサトに向けていた。
全身の毛がゾワリと逆立ったのを感じ、アサトは息を呑む。
≪下手に動くなよ。相手の動きをよく読んでから行動しな≫
頭に響く声にアサトは息を吐く。
(……わかってる。て言うか、なんで、君がこっちに話かけてきてるのさ? 何しに来たの?)
≪ああ? なんだよ。いたら、悪いのかよ。お前の負った怪我、肩代わりしてんのは誰だと思ってんだ?≫
(……えーと……)
そう。アサトが先程まで負った怪我は、全て黒髪の彼が全て受け負ってくれていた。そのお陰でアサトは自由に動くことが出来ている。
ただ、どうやって怪我を移したのかが、酷く気になり思考がぐるぐる回っていたりする。考え過ぎて頭が痛くなりそうだ。
≪おーい、細かいことは気にしない方がいいぞ。ハゲるからな≫
(ハゲるって……。君さ、絶対ふざけてるでしょ)
頭に響く笑い声に眉間に皺を刻み、アサトが更に言い返そうとした時だった。
≪……来るぞ。アサト≫
(え……)
ハッと前に目を向けると、既に短剣が宙に舞っている。レオンは楽しそうに、アサトを見て指を弾いた。
「ッ、とぉ……!?」
短剣が振り降ろされると、同時にアサトは跳躍する。
≪加減を間違えるなよ≫
(……うん!!)
アサトはギュッと剣を握り頭上へと振り上げた。
ーー駆ける鼓動、命の再奥に眠る紅の鍵よ。我が意思となりて刀身へと宿れ!
与えられた詠唱を心の中で唱える。それに呼応するように、アサトの剣に紅の炎が灯っていく。それは静かに、何処か深く揺らめき、見るものを魅了する輝きだった。
アサトはその剣を下に向け、横へと薙払う。剣に宿った炎は、意思を持つかのようにレオンに向かっていく。
「チィッ!!」
炎だけならまだしも、短剣に纏って落ちてくる炎。その数からして、避けるのは容易ではない。レオンは舌打ちをして防護壁を繰り出し身を守る。
ーーーー殺那。
レオンの周りが紅蓮に包まれた。リテアは巻き起こった風を防ぐ為に最後の力を振り絞って腕を上げる。咳き込みながら、地へと降りてきたアサトへ視線を向けた。
「……何、今の」
驚きと恐怖が混じった表情でリテアはアサトを見つめる。あれが、兄貴の鍵の力……?
アサトは軽く息を吐いて、レオンを見据える。
≪奴は無傷、って訳じゃないぜ。微かだが、炎に当たったみたいだな≫
少年の言う通りレオンの肩は少し焼けたような跡が出来ていた。肩をギリッと掴み、レオンは忌々しそうな視線を向けてくる。
「さっきまで何も出来ないヘタレ君だったのに、鍵の能力使ってくるとはね。どんな裏技を使ったんだい?」
「秘密、だよ!」
アサトは表情を引き締めると、剣を構え直しレオンに向かっていった。自分の元に向かってくるアサトに、レオンは短剣で応戦する。
刃と刃が交差する。だが、炎の刃と短剣。どちらが有利かは一目瞭然だ。だが、レオンは余裕の笑みを浮かべたまま。
≪……何か、あるな≫
黒髪の少年がそう呟いた時、レオンはアサトの剣を弾き後方に下がった。そして、不敵に笑う。
「ねえ、ボクらDAMが君らみたいな適合者を、どうやって追い詰めてきたか、わかる? 分かんないだろうね。今の君じゃ」
「何……?」
レオンは短剣を上空に投げ、その手を払う。迫ってくる短剣を剣で落とそうとするアサトだったが、短剣はアサトに当たらず彼を囲むように床に刺さった。
短剣がパチリと火花を発する。
「えッ!?」
≪下がれ! アサト!!≫
アサトは跳躍して逃げようとする。だが、それをレオンは許さなかった。
「逃がさない。いや、逃げる事は出来ないよ、アサト」
アサトの行く手を阻むように短剣を投げ、レオンは声を上げた。
「ーーフォルテ!!」
レオンの声に応えるように、柱の影から誰かが姿を現し、アサトの背後に回る。アサトの視野に白銀の少女が目に移った。少女ーーフォルテは微笑み手に持っていた物をアサトに向かって投げる。
それはーー人形の形を纏った爆弾。
複数の短剣と爆弾がアサトを襲う。
逃げ場は、なかった。




