深き刃、消えた思い【3】
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黒髪の少年はポケットに手を突っ込むと、微笑みながら此方に向かってくる。
『まさか、こんな形で出会う事になるとは、夢にも思わなかった。随分、呆気なくやられやがってよ』
自分と同じ顔の黒髪の少年は笑う顔も自分そっくりだった。だが、何処となく雰囲気は違う。
『情けない顔してるなぁ。それでも、適合者かよ』
グリグリと頭を撫でる黒髪の少年を見て、アサトは首を軽く捻りながら、少年の頬を強く握っってみた。感触がある事にホッとする。
『……お前、何のつもりだ?』
「いやあ本物かなぁと思って。わあ、掴めるよ」
『いい度胸してんな、おい』
自分の頬からアサトを手を引き剥がし、黒髪の少年は眉を潜める。
『普通さ、もっと動揺しねぇか? 此処は何処だとか、お前誰だ? とかさぁ』
「別に」
そう言ってアサトはけろりとして笑う。
「死んでないって聞いただけで、なんかホッとしたというか……。なんでかなぁ。わかんないけど、気にしないでもいいかなって思うんだ」
少年はついと目を細める。
『……記憶ないくせに、アイツと同じことを言うんだな。お前』
「え?」
『いや、こっちの話だ』
少年は首を振って息を吐いた。
『一先ず状況確認をしようか。アサト、此処が何処だかわかるか?』
少年の唐突な質問にアサトは目を瞬かせ首を捻った。
「さぁ?」
『……真面目に考えてねぇだろ、お前』
肩を落とし、深々と息を吐く少年を見て、アサトはムッとした表情を浮かべる。
「失礼だなぁ。考えてはいるよ! だけど心当たりないんだもん、こんな場所」
青い空間。どこまでも続く終わりのない青。その中に時折、覗く緑の木々。こんな景色一度たりとも見たことがない。
『まあ、そう思うだろうなぁ。でも、アサト。これはお前が作り出してるんだぜ?』
「うぇっ!?」
驚くアサトをちらりと見て、少年はからりと笑った。
『この空間は、お前の心から作り出されたもの。この色も風景も全てな』
「全て?」
『そう。全て。だってここは、お前の内なる部分。精神世界だから』
「へえ、って……えぇぇぇ!? あ、こ、ここ俺の心!? 心の中なの!?」
『ああ』
「ど、どうして俺、こんな所に?」
『……俺が、呼んだんだよ』
少年は目を細めカツンと、靴を鳴らした。
『このままだとお前、力を出すことなく確実に死にそうだったからな。強引に此処へ呼び寄せた』
「呼び寄せた……って」
『お前覚えてねぇのか? 先刻、腹刺されただろ』
「あ……」
アサトの脳裏にその時の情景が流れ出す。やはり、あれは夢ではなく現実。刺されて鈍い痛みが全身に走ってアサトの意識は途切れた。黒髪の少年は青い空間に背を預け、頭を軽く掻く。
『あの時、俺は刺された衝撃を利用して、お前の意識を此方に引いたのさ。んで、今に至ると。簡潔に、分かりやすく言えばそういうことになる』
自分と同じ顔で笑う少年を見て、アサトは何か 違和感を覚え少し後ろに下がった。
「なんでそんなことを? 君は一体誰?」
ようやく自分に不信感を持ったアサトをちらりと見て、少年は息を吐いた。随分と遅い気もするが、この警戒感は正しい。
『――全ての世界の記憶と意思を引き継ぎ様々な力を操ることが出来る者。アサト、お前は適合者。そうだろ?』
「へ? あ、うん」
『なら、お前鍵に会ったことはあるか? 自分自身の鍵に』
「鍵?」
記憶をたぐり寄せるようにアサトは腕を組む。
そういえば1度だけ。修業の時に、鍵を垣間見たことがある。自分自身の力に気づく為に鍵の存在を理解し、上手く操作できるようにと。
形状はおぼろ気で覚えていないが色ははっきりと覚えている。確か夕陽に似た紅、だった。
アサトの表情に少年は頷いた。
『成程。見たことはあるが、会ったことはないか……、だろうな。会っていれば、こんなことにはなってねぇし』
「ッ!?」
アサトは軽く眉を寄せて、少年を見た。
「え、俺、口に出して言ってたっけ?」
『いや? 言ってねぇよ』
「なら、何で…」
『お前の心読んだだけだから。つーか、お前の心は俺に丸聞こえなんだよ』
「はぁ!?」
素っ頓狂な声を出し、アサトは口を何度か開閉させた。
心読まれた!? いやいやいや、そんなことあるわけ……漫画みたいなことあるわけないし! いや、もしそんなことが可能なら、プライバシーも何もないじゃん!? なんなの!?
『……自問自答のとこ、悪いんだけどさぁ……』
少年は気不味そうに頬をかいた。
『それも、完璧こっちに聞こえてるからな?』
「うひぇ!?」
慌てるアサトを見て少年はあっはっはと、大きく笑う。
『ははッ! やっぱ面白いな、お前。流石、アイツの意思を継いでるだけのことはある』
「へ……?」
少年はひとしきり笑って、アサトを真っ直ぐに見る。
『俺の正体を、知りたいんだったな。教えてやるよ』
パチンと指を鳴らす。次の瞬間、少年の周りが激しく揺れ動き、下から何かが浮き上がってきた。それは何重の鎖に縛られた小さな木箱だった。厳重に閉められた箱から漏れ出す光。仄かに光る、その色にアサトは見覚えがあった。
夕陽に似た紅――。
「その色……!?」
『分かるみたいだな。そう、これがお前の鍵』
宙に浮いたままの木箱を少年は手にし、アサトに見せる。鎖に縛られているので中は見えないが、分かる。これが俺の、鍵。
「でも、なんでこんな箱に入れられてんの?」
まるで危ない物を扱うように、厳重に鎖を巻き付けて。この鍵に何か害でもあるというのだろうか。アサトの疑問に少年は目を細めた。
『害、か。まあ、似たようなもんだろうな。暴走する可能性があるから、番人まで置いてるんだし』
「番人?」
『ああ』
少年は胸に片手を胸にあてニッと微笑む。
『俺は古の鍵……、お前のログインキーの番人さ』
「ばっ、番人……!?」
驚きに声を上げてから、アサトはある疑問を感じ首を傾げた。あれ、待てよ。確か鍵には番人なんていないはず。心の奥底に存在し、適合者の意思で力を奮えると、ホヴィス達からそう教わった。
では何故? 俺の鍵には番人なんか、まさか…嘘……
『嘘じゃねえよ』
木箱を宙に離し少年は腕を組む。そして深く息を吐いた。
『確かに通常、番人はついていないさ。だが、お前の鍵は少々特殊でな。他の鍵とは異なるんだ』
「異なる? なんで?」
『……それ以上は、答えられないな。知るにはまだ早い』
「えぇー!? 何だよ、それ!」
不満の声を上げるアサトを横目に、少年は木箱へ再び手をに取る。
『お楽しみは後でって事さ。それに、お前は此処に長居すべきじゃないだろ。外は大変なんだぜ?』
「ッ……!!」
そうだ。リテアがDAM達やレオンと戦っているはずだ。恐らく倒れた自分の分まで、必死になって戦ってくれている。リテアをこれ以上1人で戦わせる訳にはいかない。一刻も早くここから出ないと。
『ーーなら、お前の選択は2つだ』
少年はニッと笑い、アサトに向けて手を差し出す。
『俺の手を取り、鍵の力を解放するか。それとも、何もせず外へと帰り、野垂れ死ぬか』
アサトは何かを探るように、自分と同じ顔の少年を見つめポツリと呟いた。
「……君は、どうしたいの?」
『何?』
「君は僕に、どうしてもらいたいのさ? 俺は君の気持ちが知りたい」
思いがけないアサトの言葉に少年は驚いたように目を見開く。そして、声を立てて大きく笑った。
『お前、ほんっと馬鹿だろ? 普通、番人の都合なんか聞くやつがいるかよ。……ったく』
呆れたような表情だったが何処か嬉しそうに少年はアサトを見た。
『俺の気持ちなんざ、本当にどうでもいいと思うんだけどな。まあいい。1つ、教えてやるよ』
木箱をクルクルと片手で回しながら、少年は薄く笑う。
『お前がどれだけの力で、この鍵を扱えるのか見てみたい。それが俺の率直な気持ちだ』
「……本当に?」
『疑うのかよ』
「だって笑みが、なんか嫌だ」
少年は苛ついたように、ハァと深い息を吐いてアサトの頭をガシッと掴んだ。
『男のくせにグダグダとうるせぇんだよ。鍵使うのか、使わねぇのか! さっさと決めろ!』
「……うッ!? うん、それじゃ俺、」
『よし。使うんだな。じゃあ手を貸せ』
少年はアサトの頭を離して、その手を引っ張った。一方、自分の言葉を先に読まれたアサトは不満そうに眉を寄せる。
「って、勝手に心を読むなよー!! 違うかもしんないじゃんか!」
『何、使わねぇの?』
「えっ? いや、使うよ! 使うけどさぁ……」
アサトは言葉を濁らせた後、何処か恥ずかしそうに俯いてしまった。
『お前、ほんと面白すぎ。こんなに笑ったの久しぶりだ』
少年は軽快に笑って、アサトの掌の上に木箱を乗せた。木箱の光が激しく揺れ始める。と同時にアサトの身体がズシンと重くなった。
「……がッ!?」
『力に逆らうな。そのまま、静かに受け入れろ』
身体中を襲う痛みと痺れ、酷く負荷が掛かる身体に少年の手が緩やかに触れる。すると、痺れが取れ重みにも何とか耐えられた。アサトが大きく吐くと、木箱の何重もの鎖が1本だけ切れる。
ちょっと、待て。さっきのだけで1本?
ということは
『そうだ。最低でも、後5回はあれが必要ってことだな』
「うっわぁ……」
アサトは嫌そうに顔を歪めた。だが、全てを解決するには必要なことだ。頑張るしかない。
アサトはグッと気合いを入れ直す。
諦める様子を見せない、そんなアサトの心を読んだ少年は笑みをこぼした。
『お前ってほんと、前向きだよなぁ…。おまけに馬鹿でお人好しだし』
「何だよそれ。……そうだ。君、名前は?」
『名前?』
「そうそう。君の名前」
少年は暫く考えるように眉を寄せていたがどうでもいいとばかりに、軽く片手を払った。
『俺のことなんざ、どうでもいいんだよ。まずは目の前の問題を片付けな。急がねぇと間に合わねぇぞ』
「う、うん……!!」
少年に促されアサトは再び鍵の入った木箱と向き合う。そして、静かに瞳を閉じた。
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