深き刃、消えた思い【2】
全てを語り終えたレオンは面白そうに、クスクスと声を出して笑う。
「ーーこれが、君らが知りたがってた真実。なかなかに凄かったでしょ?」
自分には関係ない事だと、他人事のように話すレオンをアサトは強く睨みつける。レオンはそれを見て息を吐いた。
「ああ、もう。そんなにさぁ睨まないでよ。君の両親はボクらの役に立てた。素晴らしいことじゃない? ただの、ちっぽけな人間が役に立てるってさ」
「勝手に殺しておきながら、よくもそんな……!!」
「ここで報われない研究してるよりかはマシだと思うけどね。こんな世界の為にさ、働くなんて馬鹿らしいよ」
レオンのその言葉に、今まで黙っていたリテアが立ち上がり声を上げた。
「父さんと母さんを馬鹿にしないで!!」
リテアは涙を溜めたまま、鋭くレオンを見据える。
「貴方に何が分かるの!? 父さん達が、どれだけ璃球を想っていたか! 元の璃球に戻せるよう、どんなに頑張っていたか……!!」
夢なんだよ、と言って聞かせてくれたことがある。いつか、そう遠くない未来に、璃球を元の自然あふれる星に戻すのが夢であり、今の目標なんだと。
"リテア達の子供には、綺麗な星で過ごしてもらいたいからね"
そう言って嬉しそうに、笑っていた。それなのに。
「そんな父さん達の想いを、命を踏みにじったアンタを、アタシは許さない! 絶対に!!」
憎しみの籠った眼差しにレオンはフッと笑った。
「……いいね、その瞳。殺りがいがあるよ」
「……ッ!!」
湧き上がる衝動のまま、リテアは拳を強く握り締めレオンに向かっていく。
「リテア!」
アサトも援護しようと、リテアの後を追おうとする。それを見て、レオンは数歩下がりパチンと指を弾いた。
――殺那。
アサトは強い殺気を感じ、身体を少し横にずらした。次の瞬間、先程までアサトのいた後方から無数の矢が飛んでくる。
「な……ッ!?」
突然の出来事にアサトは息を呑む。あと少し、動くのが遅かったら串刺しになっていた。
「良いことを教えてあげるよ」
リテアの攻撃を避けながらレオンは呟く。
「残念ながら、君らの敵はボクだけじゃないんだ。沢山、いるんだよ?」
「え?」
レオンはニコリと微笑んで、わずかに隙の出来たリテアの腹部を軽やかに蹴り飛ばす。
「がッ…!?」
「リテア!!」
アサトがリテアに駆け寄ろうとするが、行く手を剣で塞がれた。アサトも剣を抜きそれに応戦する。自分に剣を向けたのは茶髪の少年。自分と同じくらいの年齢のようだ。アサトは目を見開く。
「まさか、この子達……」
「ーーそう。DAMだよ」
パンパンと手を叩きながら、レオンは目を細めた。
「生まれて1月しか経っていない奴等さ。でも実力は申し分ないよ。さて、君らは彼等を全て倒すことが出来るかな?」
気がつくと数えきれない程のDAM達が、自分達を取り囲んでいた。
「マジかよ……!」
目の前の少年を剣で弾き飛ばし、アサトは額から流れた汗を拭う。
「兄貴」
呼びかけられ、アサトは後ろを振り向く。リテアは口に入った血をペッと吐き出し、アサトを見据えた。
「ちゃんと戦える?」
「ば、馬鹿にすんなよ! 俺だって! ……戦えるさ」
「声が小さくなったのが気になるけど。まあ、いいわ」
リテアは息を吐いてDAM達を見渡す。
「彼らの殺気は異常過ぎる。多分殺すつもりで行かないと、アタシ達が死ぬわ」
「うぇ、でも、殺しなんて、」
「アタシだって嫌よ。でも、生き残る為には覚悟を決めないと。……なるべく、急所を狙って。いい?」
「わかった。リテアこそ、大丈夫か?」
アサトの言葉にリテアは軽く目を見張るが、力無く笑いアサトの背を叩いた。
「大丈夫よ。今は、泣いてなんかいられないから」
リテアはそう言って背中を向けた。そんなリテアの背を見つめ、アサトは剣を強く握りしめる。覚悟をその手で振るう為に。
構えを取るリテア達を見てレオンは嬉しそうに笑う。
「準備は出来たみたいだね。じゃあ頑張って」
レオンは再び指を鳴らす。それが、始まりの合図となった。
「てやぁッ!!」
四方から攻めてくる剣技をかわしながら、リテアは敵であるDAM達の、鳩尾を手加減無しで殴り飛ばした。その時だ。ふいに腕を掴まれる。掴まれた腕は反対側へとギリリと曲げられようとしていた。
(……やばッ!? 折られる!!)
リテアは空いている片方の手を中心に、重力をかけ足蹴りをしかける。見事、足は敵に当たり掴まれていた腕は解放された。
「いったぁ……。腕をこんなに手荒く掴まれたのは始めてよ……」
ぼそりと呟いて腕を色んな方向へと回す。念のため異常が無いか確認しているのだ。微妙に痛い。捻った箇所があるようで、リテアは痛みに思わず眉を寄せた。
今は我慢だ。息吐く暇もなくDAMが群がってくるのだから、痛がる暇なんてあるわけがない。
「術使う暇もないしね。体力勝負だわ、こりゃ」
口元を袖で拭いながら前を見据えた。武器を構えたDAM達が自分を睨んでいる。
「……行くわよ」
掌をギュッと強く握りリテアは走り出した。
リテアと背中を合わせるように立つ場所で、アサトも戦いを繰り広げていた。剣を振るいDAM達の急所を見極め、そこを叩いていく。斬り付けるだけではなかなか倒れない。
なら、吹き飛ばす!
アサトは息を吸って思いきり跳躍した。弧を描きながら剣を強く握る。
「ッ……、当たれぇ!!」
剣に能力を込め、風に似た力で敵を薙ぎ払う。
上手く星術が扱えない、アサトが使える唯一の術である。初級星術の中ではなかなか威力が高い。これで少しはDAMを減らせただろう。
だが。風圧が直撃したにも関わらずDAMの少年達は怪我をものともせず立ち上がっていた。
「嘘だろ」
アサトはヒクリと口元を引き攣らせる。
「――ころす」
「すべて…けす」
「ころしてうばう。かぎを……」
痛すぎる殺意がアサトを包む。足がすくんで動けない。迫る無数の刃――
「ッ、兄貴ッ!!」
気付いた時にはもう遅かった。
「……ぁぐッ!?」
腹部に鈍い痛みが走る。床に滴る紅の雫。アサトは刃の渦に巻き込まれ、その場に崩れ落ちた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ーーーー兄貴……ッ!!
「……リテア?」
酷く耳に残るリテアの声によって、アサトは微睡みから目を覚ました。
頭が少しボーッとする。何をしてたんだろうと眉をよせた時、先程の出来事が脳裏に蘇ってきた。
バッと起き上がり、身体のあちこちを触る。だが、何処も怪我をしていない。鈍い痛みを感じた腹部にさえ傷1つついていなかった。
「どういうこと?」
それに周りを見渡すと地下とは違う別の場所、青に広がる空間に自分はいる。リテアやレオン、DAM達の姿はない。自分1人だけ、ここにいた。
何だよ。どういうことだよ。俺は確か、戦っていたはずだよな。……まさか!!
「死んだ、って訳じゃないよなぁ……?」
アサトが青ざめ、そう呟いた時だった。
『ーー死んでねぇよ。お前が死ぬと俺が困るんでね』
低い、だが何処か懐かしく聞こえる声が空間に響いた。
アサトが横に視線を向けると、腕を組んで静かに自分を見据えている少年がいる。その少年の容姿を見て、アサトは驚きの表情を浮かべた。
「黒髪の、俺……!?」
そう髪の色を除いた、鏡に映した自分そっくりの少年がいたのだ。少年は目を細めニッと笑った。
『よく来たな、アサト』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ーー兄貴ッ!!!!」
リテアが強く呼びかけるが、アサトからは何も反応がなく、床に倒れたまま動かない。徐々に広がっていく、アサトから流れる紅の染み。
リテアは舌打ちをして、周りのDAM達を一蹴する。
(……このままだと兄貴が危ない。早く、止血をしないと!)
アサトの元へと向かおうと、リテアが踏み込んだ時、リテアの行く手を阻むように無数の短剣が落ちてきた。
「……なッ!?」
反射神経で何とか避けるが、アサトのいる場所からはかなり離れてしまう。
「行かせるわけには、いかないんだよねぇ」
クスクスと笑いを帯びた声が頭上から響く。レオンはリテアの近くに降り立った。
「治療はさせない。ここに来た時から、全て自己責任。彼が此処で死ぬのならそれだけの程度の奴だったってことさ」
「ッ、アンタって奴は……!!」
両親をあんな風にして、次はアサトまでも奪おうとするのか。彼等の遣り方は本当に酷すぎる。
「……なら、早くアンタを倒して、ここから出るまでよ。兄貴を、絶対に死なせはしない!!」
レオンはフッと微笑み、複数の短剣を手にする。
「出来るかな? 君に」
「やってみなくちゃわからないわ!」
リテアは拳を握りレオンに向かって跳躍する。それを見据えレオンは短剣を構えた。




