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箱庭の終焉、その鍵を君が持っていた  作者: 桜柚
第1章 【璃球編】
2/17

日常の終わり







広い宇宙の中を光が漂っていた。


その光は儚くて、だが、強い意思が感じられる


そんな光だった。


その光はある惑星へと辿り着き姿を消した。


その惑星の名は『璃球リキュウ










――朝はどうも苦手だ。


欠伸を盛大に吐き、寝癖の付いた頭を軽く掻き上げる。そして何度か瞬きを繰り返した後、少女は温もりのあるベッドから起き上がった。


時計に目を移すと、起床時間より数分早い。その事実を認め、少女は軽く眉を寄せる。


(……ああ、もう少し寝とけば良かったかな……)


でも、二度寝は出来ない。なぜなら――


バタバタと誰かが駆けてくる音が響き渡る。少女が思わず身構えると、部屋の扉が勢いよく開き、1人の少年が慌ただしく部屋に入ってきた。


「リテア! おはよう! 聞いてくれよ!  大変なんだよ!!  何が大変かというと、まぁ、あれだ。あれがそれで、とにかく、大変なんだよ!!」


突然聞こえてきた大音量の声に、少女は耳を抑えながら不快そうに顔を歪めた。そして盛大に息を吐くと、苛立ちと共に手元にあった、枕代わりのクッションを少年目掛けて思いきり投げつける。


「それでさぁ、ふぐぁっ!?」


投げつけたクッションが見事に少年の顔面へ当たる。少年は会話中断を余儀なくされ、床に落ちたクッションを拾って眉をしの字に曲げた。


「な、何するんだよ、リテア。危ないじゃんか。それに物投げたりしちゃ駄目――」


「うるさい! バカ兄貴!!」


リテアと呼ばれた少女は少年を睨みつけ、声を上げる。


「毎朝毎朝、本っ当に! うるさい!  人の部屋にノックもせずに入って大声で話さないでよ。アタシが、朝苦手なの知ってるくせに!!  ……ハッ、もしかして嫌がらせ?」


思いがけないリテアの言葉に、少年は慌てたように勢い良く首を横に振った。



「嫌がらせなんて、する訳ないじゃないか!  ただ、リテアに聞いてもらいたいことがあったからさ。……ノックしなかったのはごめん。次から気をつけるよ」


少年はそう言って頭を下げる。下がったままの眉。少し潤んだ瞳。下手したら泣きそうだ。

悪い事をしたのは兄の方なのに、なんだか自分が悪いことをしてしまった気がするのは何でだろうか。


いつも、こうだ。

兄のアサトのこの表情に負けて許してしまう。たまにはガツンと言って口も聞かない程の喧嘩をしてみたいものだが。それは、いつになることやら。


リテアは息を吐き軽く手を払った。


「あぁ、もぅいい。一先ず部屋から出てって。話は後から聞くから」


顔を上げた少年ーーアサトは、少女ーーリテアを凝視する。


「……本当か?」


「うん」


「本当、だよな?」


「うん、って言ってんじゃん。しつこい!」


アサトは嬉しそうに顔を綻ばせると、手に持っていたクッションをリテアへ投げ渡した。


「絶対だからな! リビングで待ってるぞー!」


「だから、煩いっての!!」


全く、人の話を聞きやしない。

1人、部屋に残されたリテアはクッションをベッドに戻し、棚に立て掛けていた制服へと着替え始めた。






◇◇◇





リテアが制服に着替えてリビングへ行くと、そこにはパンを齧りながら、自分を待っていたアサトの姿があった。


アサトはリテアを見るなり、目を輝かせ再び話を始める。


「話の続き、いいか? 実はこないだ言ってただろ? 光の話。それがさぁ……!!」


延々と続くアサトの話を聞き流しながら、リテアはテーブルの椅子に座る。そして牛乳をコップに注ぎ、一口飲んだ。


リビングに2人以外の姿はない。家族構成は両親と双子の兄であるアサト、そしてリテアの4人。だが、両親は共働きで滅多に家に帰って来ない。なので、実質2人暮らしをしてるようなものである。


(そういや、もうすぐ帰ってくるとか言ってたっけ……)


リテアが物思いにふけりながらパンを齧っていると、アサトがリテアの頭を軽く叩いた。


「なぁ、話聞いてた?」


「全然」


素っ気なくリテアがそう答えると、アサトはショックを受けたように頭を抱えた。


「あれだけ、聞いてくれるって言ってたのに!  なんでだよー!! リテアの嘘つきぃ!  兄ちゃん、そんな風に育てた覚えないぞ!」


「……確かに、話は聞くって言ったけど、ちゃんと聞くとは言ってないし。それに、兄貴に育ててもらった覚えは一切ない」


スパッと切り捨てるリテアの物言いに、アサトは溜息を吐くとテーブルに顔を沈めた。


「うぅぅ……、なんで、こんな可愛げなくなっちゃったんだろ。小さい頃は兄ちゃんって呼んでくれて、凄くすっごく、可愛かったのにさぁ」


「可愛げなくて悪かったわね。それに双子だから、生まれた時間は1時間程の差じゃん。別に、兄って呼ばなくてもいいんじゃないかと、アタシは思うんだけど」


「そりゃ、そうだけどさぁ……」


でも、やっぱり兄ちゃんて呼んでもらいたいんだよなぁ。そんなアサトの呟きを耳にし、リテアは苦笑を浮かべた。


(……それは、無理。だってアタシ、兄貴のことあんまり兄とは思えないんだよね……)


脳天気でいつも笑っていて、考えるより直ぐ行動してしまう。しかも、喧嘩は極端に弱い。


自分より弱い兄を、兄さんなんて呼びたくない。呼ぶならやっぱり、自分より強くなってもらわないと困る。

そんな事を言ってしまうと、きっとアサトは顔を引きつらせて嫌がるに違いない。


何故ならリテアは幾つもの武道を修得しており、そこらの不良なら数分で打ち負かす程の実力を持っている。現時点でアサトがリテアに勝つのは奇跡に近かった。


リテアは一息を吐いて窓へ視線を移す。


(……ああ()()()雨なんだ……)



窓より、遥か向こう。遮られたドームの先に見える雨。


今の璃球にとって雨は恵みの雨ではない。酸性を強く含んだ雨、酸性雨が降り注いでいる。


今はーー何年かは忘れたが。31世紀と呼ばれるこの時代。


璃球の環境は10世紀前とは比べ物にならない程、荒廃していた。


酸性雨を始め、有害な紫外線。海面の上昇。沈んでいく島々。

人の手では何も出来なかった。最先端の技術を持ってしても、防ぐことは出来ずに未だに環境破壊は続いている。


それに伴い、人々は璃球上で自由に住めなくなった。住める場所は限られ、世界の街も今は指で数えられる程しかない。


街は街で紫外線を遮断、酸性にも強い薄い硝子のような物質に覆われ、街はドームのような形をしている。街の外に行かなくても済むよう配慮されており、このドームの中で一生を終える人も多い。


リテアやアサトも、生まれてから一度も街から出たことがなかった。


出たいとは思ったことは殆ど無い。街の外には有害なものばかりある。好き好んで行く人なんている訳が――


リテアは隣にいるアサトを見て、思考を一旦止める。


(……いたよ。ここに1人。物好きなバカ兄貴が)


アサトは周囲とは違い、小さい頃から冒険に行きたいだの、旅がしたいだの、何かと外の世界に興味を持っていた。


きっとゲームのし過ぎだろうな、とリテアは思う。ロールプレイングゲームを飽きもせずプレイしているのをよく見ていたからだ。


第一、外に行くなら月に向かった方が一番良いだろう。何故なら――


「なぁなぁ! リテア!」


自分を呼ぶ声に、リテアは再び視線をアサトへと戻した。


「なあに? 話、終わった?」


「……やっぱり、聞いてなかったんだな。よし、もう1回言うから聞いててくれよ」


「いやよ。断固、お断り」


「うわっ! 即答!? 少しくらい、聞いてくれたっていいだろ!?」


耳元で大声を出されるのは、不愉快この上ない。しかも朝早い時間なら尚更だ。

リテアは椅子から立ち上がると、アサトの頭を思い切り引っ叩いた。


「うるさい! どうせ光の話でしょ!? 2週間前に観測された、謎の光! 最近、その話ばかりしてんじゃん。そんなに気になるなら、月に移住すればいいじゃない!!」


人々は地上の代わりに住める土地を求め、宇宙へ目を向ける。そして月を第2の璃球とした。


月は10世紀前から開発が進められ、今では何億人という人々が住んでいる。

現在の月は以前の璃球と見間違う程、水と緑に囲まれた綺麗な星へと変わっていた。

そんな月に行くには、いくつか条件がある。


18歳以上であること。

義務教育を終えていること。

両親、もしくは親戚が月に在住していること。


細かく言えば、もっと沢山あるが大体の条件はこのくらいだろうか。因みにリテア達の両親は月に滞在している。だが、リテア達は二人だけで璃球に居住していた。


それは【15歳以下の子供は必ず璃球で10年以上過ごさなければならない】という確固たる決まりがあるからだ。


恐らく、リテアもアサトも数年後には月に向かうだろう。


だが、何故璃球で過ごさなければならないのかは、リテアでさえ未だに理解出来ていない。学校で色々と習うのだが、難しい言葉ばかり並べられている所為で、きちんと説明出来る者は皆無に等しい。


まぁ、要するに今の時代は璃球と月、2つの世界に別れて文明を築いているということだ。


ジンジンと痛む頭を擦りながら、アサトは口を尖らせる。


「月に行けるもんなら今直ぐに行きたいさ。だけど、まだ俺、18歳になってないし」


ふと、横に視線を移してみるとアサトがリビングのソファに置いていた荷物を漁っている。


一体、何をやっているのだろうか。


「兄貴、何やってんの?」


リテアの問いにアサトは動かしていた手を止め、振り返った。


「なぁ、俺の鞄は? 昨日ここに置いておいたはずなんだけど」


「またぁ!?」


リテアは額を押さえ、頭が痛いとばかりに深々と息を吐いた。


つい、3日前も同じような行動をしていたのを思い出す。あの時は確か、鞄は2時間後に見つかり、2人共大遅刻する羽目になったのだ。

このままだとこの前の二の舞になりかねない。


そう考えたリテアは向きを変えると、リビングのドアを開けた。


「リテア?」


アサトの呼びかけにリテアは片手を振る。


「アタシ、先に行ってるから。遅刻しないように、頑張ってね」


「えぇっ!?」


アサトの返事を待たずに、リテアはリビングを足早に出て行く。それを半ば呆然と見送っていたアサトは直ぐ我に返り、慌ててリテアの後を追った。


「ちょっ! 待てよ、リテア! 前のように一緒に探してくれないのか!?」


「当然! また、アタシまで遅刻なんてぜーったい嫌だし!!」


アサトはリテアに何とか追い着いたが、時既に遅し。靴を履いてリテアは玄関から外へ飛び出して行った。


「あああ、最悪だぁ……」


今日遅刻するのは間違いない。膝をつきアサトはガックリと項垂れるしかなかった。






◇◇◇





リテアはエレベーター内で、階下の景色を見下ろしていた。今から向かう学校も此処からだとよく見える。


硝子越しに見える空を見てリテアは目を細めた。


「……外、かぁ」


雨が止んだのか、厚い雲の隙間から青空が見える。昔はあの青空も、直接見ることが出来たのだろうか。あんなに透き通った青の空を。


リン、と音が鳴る。どうやら1階についたようだ。リテアは空から目線を外し、エレベーターを降りる。マンションを出てリテアは軽く背伸びをし息を吐いた。


「さあて、今日も頑張りますか!」


いつものように気合いを入れて学校への道を歩いて行く。


そう。今日も、いつも通りに授業を受けて、いつも通りに終わっていく何もない平和な日常。


あの出来事に遭遇するまでは、そうだと思っていた。



まさかこの日が、運命の別れ道だったなんて。

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