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箱庭の終焉、その鍵を君が持っていた  作者: 桜柚
第2章 【研究所編】
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望まぬ再会【2】








月のライトシティは中央にある軍司令部を中心にして、東西南北に別れている。


先程までアサト達がいた公園区間は街の北側にあった。公園区間より東へ向かうと、住居区間。西に向かうと工業区間になる。


工業区間第3エリア。そこにベルガが指定した研究所がある。そして、その場所は――


「此処が……、母さん達の働く研究所施設。通称"ライヴゲート"か」


リテアは目の前にそびえる研究所を見上げ、ポツリと呟いた。


研究所は軍の直轄ということもあり、白塗りの豪華で立派な建物だ。研究所に来る者を拒むように、高い塀が建物を取り囲んでいる。重要施設ならばそれは当然のこと。しかし。


「見張りの兵がいないな」


ホヴィスは煙草を口に咥えたまま、サングラスの奥にある目を細めた。ホヴィスは元軍人だ。それらの事情には詳しい。軍属の施設には必ず、軍の憲兵がつく筈なのだが。その姿が何処にも見当たらない。


「元からこうなのか、それとも……」


自分達が来ると踏んで邪魔な兵を退かしたか。恐らく、ベルガの性格からして後者だろう。あいつは人の行動を楽しむ節がある。


『ホヴィス』


ヴァーチェはホヴィスのコートの袖を軽く引き、彼の視線を此方へ向けた。


「何だ、ヴァーチェ」


ヴァーチェは何も言わず、視線だけを横に向ける。視線の先にいたのはアサトとリテアだ。建物をずっと見上げているが、その表情は心なしか暗い。


両親が働いている施設に呼び出され、しかも人質になっていると言われたのだ。心境は複雑だろう。ホヴィスはヴァーチェの方を振り返る。ヴァーチェはニコリと微笑んだ。


「……オレがか?」


『得意でしょう?』


ホヴィスは仕方ないとばかりに息を吐くと口を開いた。


「湿気た面してんじゃねぇよ。ガキ共」


ホヴィスの言葉にアサトとリテアは声が聞こえた方に視線を移し、そこにいたホヴィスを見る。2人の顔を見渡してホヴィスは煙を吐いた。


「ここまで来たからには後ろを振り返らずに進んでもらうぞ。ま、怖気付いたのなら今のうちに帰っても構わんが。足手まといは必要ないからな」


「なッ……!!」


嫌味たっぷりに言うホヴィスにリテアは眉を吊り上げた。



「ビビッてなんかないわよ! 見てなさい! あいつらなんか、アタシがぶっ飛ばしてやるから!」


「ハッ、お前が? 出来る訳ねぇよ」


「やってみなきゃわからないじゃない!!」


沈んでいた顔は何処へやら。リテアはホヴィスに向かって子犬ように激しく吠える。


「えーと……、リテア? ホヴィス?」


そんな中、状況がよく分からないアサトは、どうしたものかとリテアとホヴィスの2人を交互に見ていた。


『アサト、大丈夫ですよ。放っておいても』


「えぇ? でも、」


2人の喧嘩は治まるどころか、更に酷くなっているような気がするのだが。心配するそんなアサトを見て、ヴァーチェは彼の背を優しく叩いた。


『あれはホヴィスなりの、励ましなんですよ。弱気になるな!って。アサトもリテアも、心が曇ってましたから』


「あ……!」


アサトは思い当たる事があったのか、ヴァーチェの視線を受けて、軽く目を伏せる。そして深々息を吐いた。


「そっか……、だから、ホヴィスはさっきあんな事言ったんだ。いきなり何を言うんだろうって思ってたけど……」


それは全部アサト達を思ってのこと。両親の安否が不安でたまらない自分達にいつもの調子に戻すよう、わざと嫌味な言葉をかけた。


(……馬鹿だなぁ、俺……)


修業で学んだこと何も活かしきれてないじゃないか。迷いや不安。それを受け止め力を奮えるようにならなくちゃいけないのに。アサトは腰に携えた剣を強く握り締める。


大丈夫、俺は大丈夫と言い聞かせ、アサトは息を勢い良く吐き出した。


『アサト?』


恐る恐る自分を呼ぶ声にアサトは顔を上げた。そして、朗らかに笑う。


「うん、俺ならもう大丈夫! 先に進まなきゃな」


『……!』


アサトの表情に、もう迷いは見られなかった。その瞳には微かな闘志が灯っている。ヴァーチェは口元に軽く手を当てると、何処か嬉しそうに目を細めた。


『思ったよりも強いんですね。アサトは』


「えー? そうかなぁ?」


頬をかいてうーんと唸るその姿はいつものアサトだ。だが、先程とは雰囲気が違う。


『そうですよ。さて、アサト。そろそろあの2人を止めて、中に入りましょう。このままでは騒ぎを聞きつけ、人が集まってきそうです』


ヴァーチェにそう促され、アサトは急いでリテアとホヴィスの元に駆け寄った。2人の喧嘩はたいぶ治まっていて、今は睨み合いだけが続いている。


これを、俺が止めるのか? かなり話しかけづらい雰囲気なんだが。


アサトが躊躇いがちにホヴィスへ声をかけようとしたその時、ホヴィスがアサトに気づいた。煙草を口から離し、アサトに目を向けた。


「何だ。お前は、もう大丈夫なのか?」


「へ? あ、うん……」


「そうか」


ホヴィスは意味深な笑みを浮かべ、アサトの頭を緩くポンポンと叩いた。


「なら、行くぞ。おい、リテア。さっきの言葉忘れんなよ?」


「アンタもね」


フンと鼻を鳴らし、ホヴィスはアサト達に背を入り口に向かって、足早に歩いていく。

それに慌てて、アサト、リテア、そしてヴァーチェが続いた。


皆が揃ったのを確認し、ホヴィスは入口の扉に手をかける。この先に待ち受けるのは一体何なのか。躊躇いを消すように、力を込めて扉を思いっきり開いた。






◇◇◇




椅子に座り分厚い本を、目的もなくパラパラと遊ぶようにめくっていたベルガは、何かを感じ取り本を静かに閉じた。


「……来たか」


ベルガの呟きに世話しなく動いていたフォルテは、足を止めずに視線だけをベルガに向ける。


「ベルガ様? どうかしたんですか?」


「ああ、どうやら客人が来たようだ」


「!」


フォルテは思わず動きを止め、手に持っていた荷物を胸に抱えた。


「ホヴィス様達が、ですか?」


「そうだよ。随分早い到着だったね。もう少し時間がかかるかと思っていたが……。まあ、良いさ」


手にしていた本を棚に直し、ベルガは椅子から立ち上がる。


「フォルテ、至急レオンの所に行ってくれ。そして、彼等の出迎えを頼むよ」


「あ、はい」

 

フォルテは荷物を近くの机に降ろし、部屋の出入口へと向かう。部屋を出る寸前、あることを思い出し、踵を返すとベルガを見た。


「あの、ベルガ様……」


「ん、何だい?」


「えと、その、あたしッ! 頑張りますから!!」


強く手を握り、気合いを見せるフォルテを見て、ベルガは目を瞬かせた。そして、緩く目を細める。


「いきなり、どうしたんだい……?」


フォルテに近づき、ベルガはフォルテの頭を優しく撫でた。それに、フォルテは頬を赤らめ慌てて顔を下げる。


「えと……その……」


「もしかして、キッシュに何か言われたのかい?」


「……ッ!?」


胸に置いていた手にフォルテは力を込めた。そして、恐る恐るベルガを見上げる。


「ベルガ様……あたし、ベルガ様の役に立っていますか? あたしと一緒にいて、楽しいですか……?」


フォルテの眼鏡の奥にある瞳が揺れた。下手すれば泣いてしまいそうな、そんな表情だ。それを目にしベルガは深く息を吐く。


「まったく……」


ベルガはフォルテの頭を軽く叩いて、それから先程よりもゆっくりと優しく撫でた。


「お前は、私の大切な部下だよ。今までも、これからも。お前がいないと私が困る」


「ベルガ様……!!」


「それとも何かな? 今の私では不満かい?」


ベルガの言葉に、フォルテは勢い良く首を横に振る。


「そんなことないです! ベルガ様は今のままで充分です!!」


そう力説してフォルテはハッとしたように、ベルガから視線を外し俯いた。その表情は先程と違って嬉しさが滲んでいる。


ベルガは満足気に微笑むと、フォルテの背を押した。


「さあ、時間がない。急いでレオンの元に向かってくれ」 


「あ、はい! では、これで失礼します!!」


ベルガに満面の笑顔とお礼を告げ、フォルテは部屋から出て行った。扉が閉まって静まり返った部屋を一瞥し、ベルガは息を吐く。そして、近くにある簡易的な椅子に深く腰かけた。


「……大切な部下、か」


そう呟き、自嘲的な笑いを浮かべながら目を細めた。


あの言葉に偽りはない。フォルテは自分の手足となって働いてくれる貴重な駒だ。自分の意見を素直に聞き、こちらの敵になるものは全て消してくれる。あれ程、自分に忠実な部下はいない。


そのように、彼女を作ったのは他ならぬ自分だ。主人マスターである自分を彼女が慕うのは当然のこと。


昔の私なら、このような行いは決してしないだろう。むしろ否定する筈だ。ここに乗り込んで来た誰かのように。


「ハッ、今更……、過去(優しさ)など私には必要ない」


大切な者も、守るべきものも、何もかも失ったあの日に私は1度死んだ。今、ここにいる自分は理想の為に動く駒だ。


望むことのできなかった世界をこの手にする為に。何を犠牲にしようとも、何を失おうとも

あの日の地獄に比べたら、どうってことはない。


懐から懐中時計を取り出し、ベルガはチラリと時間を見た。


「……そろそろ、行くかな」


椅子から立ち上がり、コートを羽織る。そして静かに扉を開け、その場を後にした。




誰もいなくなった部屋には、何かを告げるように穏やかな風が吹きこんでいた――

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