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箱庭の終焉、その鍵を君が持っていた  作者: 桜柚
第2章 【研究所編】
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月への誘い【3】

投げ渡された通信機器を、落とさないよう上手く受け取り、アサトは息を吐いた。


ホヴィスに視線を向けるも、その表情は酷く苛立っているように見える。潰した筈の煙草は何処かに消え、新しい煙草を咥え直し煙を吐いていた。


もしかしなくても、怒りのボルテージはかなり上がっているようだ。


普段から視線だけで人を殺せそうな風貌に見える程、ホヴィスの人相は悪い。そんな彼が不機嫌さを隠そうともせず、全面に押し出している。怖いことこの上ない。


その空気を感じてか誰も何も話さない。長い長い沈黙が続く。そんな沈黙を破ったのはリテアの一言だった。


「……つく……」


「リテア?」


「むかつくし、腹立つわ! あの人!!」


リテアはそう言ってダン!!と強く地団駄を踏んだ。


「何、あの上から目線の言い方! 勘に障る! あー、もう!! 何で言い返せなかったのよ、アタシ!!」


先程とは打って変わって、声を上げ怒りを顕にするリテアを見てアサトは口を開いた。


「あのさ、リテア」


「何!? 兄貴、あんたもむかつくでしょ!?  母さん達を盾にして! 腹立つったら……!!」


「ええと、」


これはどう反応したら良いんだろうか。

下手に答えたら此方に怒りが飛び火しそうではある。戸惑うアサトの答えを待たずに、リテアは次のターゲットをホヴィスに絞り、キッと睨み付けた。


「アンタ、あのベルガって奴と知り合いなんでしょ? 何なのよ、あいつは!!」


「オレに聞くな」


ベルガの名すら聞きたくないと、不機嫌さ丸出しのホヴィスは、煙草の消費が激しい。先程、火を付けたばかりだと思うのだが、もう吸い殻に近付きつつあった。


「ったく……、さっきまでショック受けて身動きすら取れなかった癖に、よくギャイギャイ騒げるな。どういう神経してるんだか」


プチン。


今何か、聞こえてはいけない不快な音が聞こえた。アサトは嫌な予感がしつつ、チラリと隣にいるリテアに視線を移す。


案の定、リテアは拳を握り締め俯きながらも微笑を浮かべていた。どうしよう、酷くその笑顔が怖い。しかも、何故か殺気立ってるような。


「……ねぇ、オッサン。ちょうどアタシ今、暴れたかったのよねぇ。手合わせ、お願いできる?」


強く握り締めた拳を掌に何度か叩きつけ、リテアはホヴィスを見据える。ホヴィスは眉をヒ微かに動かした後、リテアの提案を鼻で笑った。


「……フン、いいだろう。付き合ってやる。手加減は、しなくていいよな?」


ホヴィスはそう言って、腰に携えていた銃を剣に変化させ構える。


2人共殺る気満々か!?とアサトは慌てて間に入って止めようとしたのだが、


バチン!!と、アサトの額に小さいリテアの掌が優しく叩きつけられ、その動きは止められた。アサトは思いも寄らない痛みに顔を抑える。


そんな理不尽なアサトの姿に反応することもなく、剣のホヴィスリテアがぶつかり合う。もう、止める事はできないだろう。

  

「いってててて……」


鈍い痛みを和らげるように顔を擦りながらアサトが前を見ると、2人の乱闘は既に本格化していた。これを止めようものなら、此方が怪我してしまう。


あれ、いいのかなぁ。止めた方が良いんじゃないかなぁ、とアサトが首を傾けながら、真剣に悩んでいると後ろから笑い声が聞こえた。


アサトの行動を静止したヴァーチェである。


「ヴァーチェ、さっきの結構痛かったんだよ?  何笑ってるの?」


『……あぁ、すみません。ふふ、2人揃って、本当に不器用だなぁと思って』


先程の妨害を不満だと口にするアサトにヴァーチェは瞳を細めて2人を見る。


お互いに聞きたい事や言いたい事があるのに、不器用だからこういう形でしか表すことが出来ない。どうしても、口より先に手が出てしまう。


『リテアもホヴィスも可愛いものです。アサトも、そう思いませんか?』


「思いませんか?って、言われてもなぁ……」


アサトはヴァーチェの言葉に苦笑を浮かべるしかない。2人の闘いはなんか更に激しくなり、目で追うのもやっとなぐらいである。


だが、時折、2人の表情に笑みが覗く。それを見たアサトは目を瞬かせた。

ーー楽しんでいる。ヴァーチェの言う通り、闘う事で2人の中の怒りを解消しているのだろう。


そんな2人が何故か、眩しく見えた。


「あのさ、ヴァーチェ」


『アサトは無理しなくても良いですからね』


「え……」


ヴァーチェは笑みを消し、真剣な表情でアサトを見た。


両親が囚われたと思われる状況に冷静でいられる筈がない。リテアのように上手く吐き出せないアサトに、ヴァーチェは心配の瞳を向けていた。


視線を受けたアサトは紡ぎかけた言葉を止め、小さく息を吐く。


「……無理、はしてないよ。ただ、」


そう。ただ、不安なだけで。

心の奥底から、得体のしれないものが襲ってくるような、そんな気持ち悪さがある。軽く頷いてアサトは通信機器を握り締めたまま、頭を振った。 


「大丈夫だよ。俺らの両親だもん。きっと元気で無事だと、俺は信じてる」


『……そう、そうですね。そう信じるのが1番だと思います』


今は、信じるしかない。彼の、ベルガの言葉が全て真実だとは限らないのだから。


夜が完全に明け始め、雲の切れ目から太陽が顔を出す。暫く、2人の喧嘩の掛け合いだけが辺りに響いていた。





◇◇◇





仄かな灯りしかない、暗い地下施設の1室。


ベルガは、先程まで手にしていた通信機器を懐に仕舞い部屋を後にしようとする。


が、その時。


「……随分楽しそうじゃん。そんなに大佐との会話、楽しかった?」


反対側の扉から笑みを浮かべながらレオンが音も無く部屋に入ってきた。それを横目にベルガは息を吐く。


「聞いていたのか。趣味が悪いね、レオン」


「それを言うなら、ベルガもでしょ」


レオンは悪びれる事なく、部屋の机に腰掛けると乱雑に足を組む。


「わざわざ通信を繋いであげるなんてさ。放っておけば良かったのに」


「ある程度、刺激があった方がいいだろう。これであちらも、本気で来る。特にホヴィスがね。そうこないと面白くない」


そう言ってベルガは近くの本棚から手遊びがてら本を手にし、パラパラと指先でめくり始める。


「それに、クジョウの兄妹とも話してみたかったからね。出たのは妹の方だったが」


「妹って言うと……、ああ、あの気の強そうな子か。どうだった?」


ベルガは本から手を離し、それを静かに閉じた。パタンと少し厚みのある本がやけに目立つ。その表紙を軽く撫で、ベルガはレオンがいる方へ振り返った。


「楽しめそうだよ。早く此方に来てもらいたいものだね。計画にも使えそうだ」


「……ちょっと、ベルガ。彼等と遊ぶのは駄目だよ。ボクの獲物なんだから」


眉を寄せ、レオンは抗議の声を上げる。それにベルガは本でレオンの頭を軽く叩いた。


「分かってるよ。端から彼等の相手は君に任せるつもりだ。私は、ただ彼等の実力が分かればそれでいいからね」


「……実力ね。でもさ、」


机から勢い良く降りると、レオンはゆるりと首を傾げる。


「殺しちゃ、駄目なんだよね?」


レオンの問いにベルガはフッと微笑んだ。そして、手にしていた本を棚に戻し、部屋の扉を静かに開ける。


「生かすか殺すか、判断は君に任せるさ。さて、私は準備があるので失礼するよ」


「はいはい」


レオンは足早に出て行くベルガに軽く手を振る。それをベルガが見ることはない。バタンと音を立てて閉まる扉を一瞥し、レオンは息を吐いた。


1人、部屋に残されたレオンは再び机に腰掛ける。


「……珍しいよねぇ」


普段のベルガなら"適合者を見つけ次第、殺せ"と命を下す筈なのに、今回は違う。"出来るだけ生かしておけ"と言った。


あの双子に何があるというのか。自分にしてみれば、ただの適合者の卵にしか見えないのに。


それをベルガに問うと微笑を浮かべるだけで、何も答えてくれなかった。双子に何かがあり、ベルガは何かを隠してる。それだけは否が応でも分かった。


「……まあ、ボクには関係ないか」


自分はただ自分の役目をこなせばいい。自分の好奇心を満たす為だけに。


ただ、殺戮を楽しむ為だけに。







◇◇◇






≪だぁぁぁ! いい加減に出せっての!!≫


ベルガがいた地下施設とはまだ別の、とある1室。


鉄格子で囲まれた箱にキッシュは入れられていた。どうにかして出ようと何度か脱出を試みるが、鉄柵はビクともせず残念な事に解錠出来る鍵すら手元には無い。しかも、依然として姿は小猿のまま。八方塞がりである。


仕方がないので声を出して、現状を打破しようとしていたが、難点が一つ。


ログインキーがない限り、誰にも言葉が通じない。キッシュ、の言葉を理解するにはログインキーが必要になる。鍵を持ち得ない者からしたら、ただ小猿が鳴いているようにしか聞こえないのだ。


≪弱ったなぁ、どうするよ……≫


キッシュは困ったとばかりに溜息を吐く。

どうにかして、此処から脱出したい。小猿のままでは思考回路も鈍ってくる。何より長時間居座ると体調さえ悪くなってきそうだ。恐らく、この地下一帯にベルガの気配が漂ってるからだろうが。


キッシュが腕を組み、ああでもないこうでもないと思考を巡らせていると、部屋の扉が開き誰かが入ってきた。


「やっほ~! キッシュ、元気にしてた?」


≪フォルテ!?≫


銀色の長い髪を靡かせ、フォルテはキッシュが閉じ込められている箱の元まで来た。そして視線を合わせるように腰を屈める。


「何年ぶりかな。ホヴィス様が軍を出てからだから、随分久しぶりになるよね」


≪まあね……≫


「キッシュも此方側に来れば良かったのに。ホヴィス様と一緒だと、何かと不便でしょ?」


フォルテの何気ない言葉に、キッシュは嫌悪を示すように表情を歪めた。


≪呪いをかけた人物と四六時中、一緒にいれるかっての。旦那の方が数百倍マシだね≫


それ以上聞きたくないとばかりに顔を背けたキッシュを見て、フォルテは丸い眼鏡の奥にあるトロンとした目を瞬かせた。


「やっぱり、キッシュはベルガ様が嫌いなの?」


≪当たり前じゃん!!≫


フォルテの方に視線を戻しキッシュは声を荒げた。


≪オイラの能力を奪った上に、呪いまでかけたんだ。好きになれる訳ないだろ! それに……!≫


ホヴィスに、自分の主人マスターに何かと突っかかるあの態度がどうしても気にいらない。


拒絶にも似たキッシュの言葉に、フォルテは残念そうな顔をする。そして手をパチンと叩いた。


「そっか。でもさ、今から慣れていけばいいんじゃない? あたしも協力してあげるから、ね?」


≪いやいや、そこまでしてベルガと居たくないし、馴れ合いたくない……って、あれ?≫


キッシュははたと動きを止めた。違和感に気付いたからである。


先程から障害などなかったように、フォルテと会話が成り立っている。フォルテは適合者ではない。ただのDAMだ。故に鍵を持っている筈がない。なのに、何故?


≪……フォルテ≫


「ん? 何?」


さり気なく話し掛けた言葉にも、きちんと返ってくる。これは偶然ではない。自分の、この小猿の声はきちんと伝わってるようだ。


≪なんでオイラの声、聞こえてんの?≫


「なんでって、鍵を持ってるから」


そう言って、フォルテは片手をギュッと握り締める。暫くしてから、手を開くと其処には輝きを放つ1つの鍵があった。


≪それは……≫


フォルテの掌にあったのは紛れもないログインキー。適合者だけが持つ、世界の礎とも呼ばれる鍵だった。


≪フォルテがなんで鍵を……?≫


「ーーさて。どうしてだと思う?」


フォルテではない、笑いを含んだ声にキッシュは心底嫌そうな顔を見せる。


キッシュの代わりに、フォルテが後ろを振り向くと、そこにはレオンが扉に寄り掛かり、此方を見ていた。


「レオン、どうしたの? 何か連絡?」


「いや、まだ何もないよ。たまたま寄ってみただけ。それよりも」


レオンは軽く首を振ると扉から離れ、フォルテの横に来る。そして、身動きが取れない箱の中にいるキッシュを嘲笑うように見た。


「ははっ、無様だねぇ、猿。でも、その姿よーく似合ってるよ」


≪そりゃどうも……ッ!≫


相変わらずなレオンの嫌味な口調に、キッシュは眉をひくつかせる。


≪で? なんで鍵を持ってんの?≫


「猿には、教えない」


≪はっ!?≫


苛立つ心を表すように尾をピシッと叩くキッシュを横目に、レオンは軽く首を横に振った。


「だってさぁ、教えたところでボクは、何も得しないじゃん。……あ、猿をこの場で半殺しにしてもいいんなら、特別に教えてあげてもいいけど?」


レオンはキッシュの反応を見て、楽しんでいるのがありありとわかる。小猿となり、箱から出られないキッシュは脅威ですらない。ただの、欲望を満たす為だけの愛玩動物である。


人の反応を見て楽しむ節があるレオンにキッシュは、本日何度目か分からない息を深々と吐き出した。


相変わらず歪んでる、レオンの性格。

本当に、大嫌いだ。


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