適合者【4】
―――同時刻。
アサト達がいる区域の反対側、街外れの空き地。リテアとヴァーチェの2人も、修業を行なっていた。
リテアは喧嘩慣れしてる所為か、戦闘技術に関しては申し分ない。故に能力の仕組みと星術の発動、属性…能力の扱い方に重点を置いて1週間指導をしてきたのだが。
「……あー、やっばい。また、わかんなくなった。えーと……」
リテアは深く息を吐いて眉を寄せた。知識は頭に入ったし理解も出来ている。だが、いざ術を使おうと思うと、何故か上手くいかない。
「……どうしてかなぁ……」
『焦らずに、ゆっくりとやってみれば大丈夫ですよ。私も慣れるのに、苦労しましたから』
リテアの肩を優しく叩いてヴァーチェはにこりと微笑んだ。リテアも吊られるように笑みを浮かべ背を伸ばす。
『じゃあ復習も兼ねて、能力の事を答えてもらいましょうか。星術とは何ですか?』
「え」
ヴァーチェの突然の問い掛けに、リテアは口元をヒクリと引き攣らせた。咳払いを1つして記憶を辿っていく。
「えーと、星の記憶を元に4大元素からなる魔法の一種。で、適合者にのみ扱える術。星の記憶を読み、行使しなければならないので疲労が激しい……以上!」
『はい、正解です』
リテアはホッと息を吐く。
『では、次いきますよ。星術の属性全て覚えてますか?』
休む間もなく次の問いを出され、リテアは首を捻る。
「ええと、確か……4大元素である、土、火、風、水。そして雷、氷、光、闇……だっけ?」
『はい。大まかに言われてるのはそれだけですね。あと……』
「あと、時の属性があるよねー」
突如響き渡る弾んだ声に、リテアとヴァーチェは目を瞬かせる。そして、声が聞こえた方角に視線を向けると、其処にはキッシュの姿があった。
椅子代わりになっている切株に座り、だらりと気持ち良さそうに寛いでいる。リテアは腰に手をあて息を吐いた。
「……ちょっと、キッシュ。何しに来たの?」
「暇だから」
そう言ってキッシュはにんまりと笑う。
「旦那達は真剣バトル始めちゃったしー。しかも、旦那楽しんでる風だからさぁ。邪魔しちゃ悪いじゃん? だから、此処に来た訳ー」
キッシュの言葉にヴァーチェは驚いたように口に手を当てた。
『まあ、珍しいですね。ホヴィスが指導を楽しむなんて』
「珍しいの?」
『はい。滅多に見られませんし。あ、でも、』
ヴァーチェはリテアを見て微笑んだ。
『リテアさんとのやり取りの時が、一番楽しんでいるように私は思うんですけど』
「……はい?」
「あ。オイラもそう思うー!」
キッシュは腕を組んで、感心したように頷く。
「旦那をオッサン呼ばわりして、ガチギレさせた人なんて大勢いるけどね。リテアのように、対等に口喧嘩できる人は珍しいからさ」
「馬鹿言わないでよ。アイツと口論するのかなり嫌なんだから! 話すと、なんか苛々してくるし!!」
リテア曰く、なんかあの目を隠すようにかけているサングラス。常に咥えている煙草。正直、どれを取っても気にくわないらしい。リテアは首を振って、ヴァーチェをピッと指差した。
「あとヴァーチェ! アタシの事は呼び捨てでいいと言ってるのに!」
『あ。……そうでしたね。すみません、リテア』
リテアに軽く謝ってヴァーチェはキッシュを見た。
『そうです、キッシュ。良かったら、貴方も修業に参加しませんか?』
「へ? オイラが?」
「あぁ、いいかもね」
リテアは意味深に拳を作って掌に打ち付けた。
「ちょうど、アタシも相手が欲しかったんだ。どう? やらない?」
先程の怒りは何処へいったのかリテアはにっこりと笑顔を見せている。もしかしなくても自分を使って、ストレス発散しようとしてるんじゃ……。正解である。
キッシュは瞬時にそれを察し、自分を掴もうとしていたリテアの手を払い、近くの木へと避難した。そして軽く手を振る。
「ごめん! オイラ、用事思い出したから帰るねー。じゃっ!!」
脇目もふらずキッシュは一目散に逃げて行った。
「あーあ、逃げちゃった。逃げ足早いわね」
リテアはつまんないとばかりに息を吐く。それを横目にヴァーチェは、キッシュが逃げるのも仕方ないな、と心の中で十字を切った。後が怖いので、決して口には出さないが。
リテアは背伸びをしてヴァーチェを手で招く。
「さてと! ヴァーチェ、続きやろっか」
『あ、はい!』
◇◇◇
――アサト達が住むマンションの屋上。
キッシュはそこに座り、空を眺めていた。全力で逃走したお陰で、息が少し乱れている。軽く深呼吸をした後、額についた汗を拭うように払った。
「ったくもー……、リテアもヴァーチェも酷いよなぁ」
この1週間、先程みたいに修業に誘われた事は数回あったし、その度にリテアに本気で殺られかけた。それを楽しんで見ているのがヴァーチェだ。
少しくらいかばってくれても良いのになぁと思うが、キッシュ自身も楽しんでいる節もあるので、この距離感が丁度良かったりする。
小さく笑みを浮かべキッシュがその場から立ち上がろうとした時、殺気を感じ瞬時に後方に下がった。
そして屋上の端にある柱を見据え睨みつける。
「………何しにきたんだよ」
「はは、気づいてたんだ」
薄く笑みを浮かべ柱の影から出てきたのは黒髪の少年、レオンだった。
「能力は回復したみたいだね。良かったじゃん」
涼しい顔して笑みを浮かべているレオンを見て、キッシュは眉を寄せる。その笑顔には酷く見覚えがあった。
「で? わざわざ、世間話しに来た訳じゃないだろ」
「まあね」
レオンは音もなく袖口から短剣を取り出す。
「ベルガからの命令でね。ちょっと猿と遊んでこいってさ。まぁ、暇潰しにはいいかなと思ってきた訳だけど……」
そして無数の短剣を空中に投げ留める。レオンはクスリと笑った。
「簡単に死なないでよ? わざわざ、来てあげたんだからさ」
「はっ! 誰も、頼んでないっつーの!!」
キッシュは掌を強く握り締め、レオンに向かって走り出す。それと同時にレオンは空中に投げた短剣をキッシュの元へと操作し始めた。
キッシュは器用に跳躍しながら、短剣を身体に当たる寸前の所で避けていく。
「ふーん、運動神経だけはいいみたいだね。さすが、猿」
「うるっさいっての!!」
その都度言い返すキッシュに笑みを浮かべ、レオンは次々と短剣を投げ返す。その攻撃が緩まる事は決してない。
「でもさ、ボクの短剣を避けてるだけじゃ意味ないよ? 何個でも量産可能なんだからさぁ」
レオンの言う通り、短剣をかわすだけでは状況は変わらない。体力を消耗していくだけだ。
ならば、こうするしかない。
「能力の流れを潰すだけっ!」
キッシュは拳を振り上げ短剣を封じようとしたが、その腕の動きが止まる。と、同時に身体の節々が痺れ始めた。
「な、んだ……?」
「漸く、効いてきたみたいだね」
宙を舞っていた無数の短剣を手元に戻し、レオンは手を軽く叩いた。
「残念だけど今日はね、君を殺す為に来た訳じゃない。君をベルガの下へと連れて行く為に来たのさ」
「なんだって!? ッ、まさかこの痺れは……!!」
キッシュは身体の痺れに耐えきれず地に片膝をつく。既に、身体の半分、自由に動かせない様になっていた。
身体が鉛のように重くなっていく。
この感じには覚えがある。肩で息をしながら、キッシュはレオンを再び睨みつけた。
「猿。君さ、ベルガから受けた呪い、まだ身体に住みついてるんでしょ。ベルガがね、君を黙らせるにはこれが一番だって言ってたから」
レオンの手元には黒翠の欠片が。黒翠はベルガが好んで使う宝玉の一種。あれには、彼の能力が込められている。
恐らく短剣に欠片が埋め込まていたのだろう。呪いを受けている以上、ベルガの能力の前にキッシュは無力だ。
力が徐々に奪われていくのが分かる。このままでは小猿に戻ってしまう。そうなれば、自分の手元にある鍵が奪われてしまうかもしれない。それだけは、避けなくては。
「……くそっ!!」
キッシュは最後の気力を振り絞って、立ち上がる。それにレオンは目を見開くと、驚きの声を上げた。
「……へぇ! まだ、そんな力あるんだ。だけど無駄だよ」
レオンは一瞬の内にキッシュの背後に周り彼を蹴り飛ばした。蹴り飛ばされたキッシュは柱に叩きつけられ、その場に崩れ落ちる。
「ベルガは乱暴するなって言ってたけどさ。ボク、猿が大嫌いだから。これぐらいは許されるでしょ?」
キッシュは途切れそうになる意識の中、鍵を手元に置き、強く念じた。あるべき場所へ、持ち主の元へと戻るように。
キッシュの体力が完全に絶えたのと同時に、彼の身体を白煙が包む。白煙の中には小猿の姿へと戻ってしまったキッシュがいた。
レオンは一息吐き、キッシュの元へと向かう。散乱した柱の瓦礫を避け、キッシュを乱暴に掴み上げると不敵に笑みを浮かべた。
「相変わらず、馬鹿だよねぇ。あの時、素直にベルガに下っていれば良かったのに」
笑っていたレオンはある事に気づき、その表情を歪める。
「……ふぅん。やってくれたね」
鍵が、ない。
キッシュを連れ帰るのと同じく、鍵も回収予定だった。ほんの半分しか受け継いでいない鍵でも強力な力の一部となる。
キッシュがベルガの呪いを抑えこんでいたように。
「まあ、いいか。後はベルガが何とかするだろうし。ボクの仕事はここまで」
レオンはキッシュの首元を掴み首につけていたチョーカーを勢い良く引きちぎると、それを地に投げつけた。チョーカーに付いていた鈴がチリンと悲しげに鳴る。
レオンはそれを静かに見下ろし、キッシュと共にその場から消え失せた。
残されたのは崩れた柱の瓦礫とキッシュの付けていた赤いチョーカー。穏やかな風が吹く度に鈴が鳴る。
…………ごめん。ごめん、旦那。
約束守れなかった……




