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逃亡






ただ……


君に、会いたかった。


どんなことをしてでも


もう一度、君に会いたかった。


だから、僕は、あれに手を染めた。


触れてはいけない、再現してはいけない技術だと


分かってはいたけれど、あの時の僕には


これを手に入れるしか方法がなかったんだ。


けど僕はーー、やっと、過ちに気付いた。


今頃になって、やっと。


だから、僕は選んだんだ。




ーーこの選択を。










今、この時しかない。


少年は小雪が舞う中、白灰色に染まる広い平原をひたすらに走っていた。

息も凍る程の寒さだというのに、酷く汚れた薄い服を着用し靴も履いていない。足底は紫色に変色し、凍傷になりかけている。


ふと、足を止め、少年は辺りを見渡した。自分が来た方角から灯りが徐々に近付きつつあるのを確認し、眉を寄せる。


このままでは捕まってしまう。何処かに隠れなければ。


『マスター!!』


懐かしく、それでいて優しい、凛とした声が少年の耳に届く。視線をついと横に移すと、そこには幼い少女がいた。


「ッ、ヴァーチェ!? どうして……」


『いいから、此方です!! 急がねば見つかってしまいます!』


少女は有無を言わせず、少年を近くの茂みへ押し込むと、自らも草むらへと入った。と同時に、灯りを手にした軍人数人が駆けて来る。


「いたか!!」


「いや、此方には見当たりません!!」


「くそ、彼がいなければ()()()()()()は進まんというのに……。総統からの勅命だ!! 何としてでも、捜し出せ!!」


「「「はっ!!」」」


軍人達は足早にその場を去っていった。

足音が完全に聞こえなくなったのを確認し、少年は息を整えると口を開く。


「ヴァーチェ、何故ここにいるんだ。あれ程、僕にはついて来るなと言っていただろう?」


『すみません……』


少女は顔を俯かせる。が、それは一瞬のことで、顔を上げ少年をジッと見据えた。


『ですが、私1人だけ無事に逃げるのは嫌だったんです。私は、いつまでもマスターと共に在りたいのです。私の、この命は、マスターの為にあるのですから』


「ヴァーチェ……」


少女の小さな手を握り締め、少年は首を横に振る。


「君の気持ちは嬉しい。だが、もう僕は君だけのマスターではいられないんだ。全てのディバスリーを止める。そう、決めたから」


原因を作ったのは自分自身。

なら、自分が止めるしかないだろう。この狂った世界を元に戻す為には、それしか方法がない。


「ヴァーチェ」


『……はい』


「僕の元を離れるお前に、1つ頼みがある」


『何、でしょうか』


金色に輝く見慣れた少女の瞳を見て、少年は微笑む。


「どうか、僕と同じ星のログインキーを持つ者を、捜し出してきてほしい。この世界を救う為には、僕だけの鍵じゃ駄目なんだ」


文明は発達しても、徐々に荒んでいく世界。緑豊かで、閑かだった世界の面影はもう何処にもない。


自分だけの願いを求め続けた結果がこれだ。何て事をしてしまったんだろう。

長年の悲願を叶える為だけに、この生まれ育った世界を、破滅に向かわせてしまった。


悲痛な表情を浮かべる少年を見て、少女は思わず口を開いた。


『マスター、そんなに自分を責めないで下さい。マスターが全て悪い訳ではありません。最も、大きな原因を作ったのはあの方ーー』


ドォン!!と、地面を揺らす程の轟音が鳴り響く。突然鳴り響いた音に2人は顔を上げた。街の方まで遠ざかっていた灯りが、再び此方へと向かってくる。


「……チッ、気づかれたか」


『マスター』


今にも泣いてしまいそうな程、不安に揺れている少女を安心させる為、少年は少女の頭を優しく撫でた。


「僕なら、大丈夫だ。何とかなる。奴等とて、僕を殺しはしないだろうから」


『ですが……!! やはり、私も、』


「ヴァーチェ!」


普段、滅多に声を荒げない少年に鋭く名を呼ばれ、少女はビクンと身体を震わせる。


少女が少年を見ると、少年は今迄に、見たことのない真剣な目付きをしていた。思わず強張る少女に少年は微笑み1つの小瓶を手渡す。


「これを持っていくといい。きっと、必ず役に立つ。さあ、早く行くんだ。今ならまだ間に合う」


少女は渡された小瓶を握りしめ頷いた。


本当は離れたくない。

少年の従者として、誰よりも、彼の傍にいて彼を守りたいのに。


でも、それを彼は望んでいない。今、彼が望んでいるのは私が無事に逃げること。それだけなのだから。


決心がついたのか、少女はその場から立ち上がる。そして、深々と頭を下げた。


『マスター、どうか……、どうかご無事で。必ず、助けに行きますから』


「うん。……待ってる」



少女の言葉に少年は頷きを返し、手を振る。少女は再び一礼し、その場から走り去っていった。


残された少年は凍える空気と共に一息吐く。


「この選択が、幸か不幸か、どちらに繋がるのかは僕にも分からない。ただ……」


他に方法が見つからなかった以上、この道を選ぶしかない。


ふと、周りを見回すと、軍人達が自分のいるこの茂みを取り囲んでいた。少年はゆっくりと立ち上がる。


そんな少年を見て、軍人達は少年へと一斉に銃を構えた。少年は笑みを消し、軍人達を睨みつける。


逃げ場は、ない。ないとわかっていた。

だけど、あの子を逃がすことが出来たから、結果的に良かったのかもしれない。


軍人達を睨みつけていたが、寒さと極度の疲労で少年はその場に崩れ落ちる。


薄れゆく意識のなか、少年が願ったのは少女の無事だけだった。



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