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「先生から見て事件を起こしそうな子だと予想が出来たんですね」
「そうですね。そこまでの事件を起こすとはおもっていませんでしたが。なんせ気に入った人や物に執着をする子供だったし、暴力にためらいがありませんでしたから。ニュースを見た限りの話ですが、やっぱりな、って感じでしたね」
人間は生まれ持って暴力的なのだろうか?
そんな事は聞いたこともない。と、なるとやはり家庭環境がそうだったのか。
共働きで構わなかったから相手を傷つけることに抵抗がないというのは理由にならない。
今のご時世、殆どの家庭は共働きだ。そんなことがまかり通れば世の中殺人事件だらけになる。
やはり家庭で暴力行為があったのだろうか。
「土井ゆかりの家庭のことで知っていることはありますか? どんな小さなことでも構いません」
「んー不確かな話はありますが、本当かどうかっていうのなら」
「教えてもらっても?」
先生は何か言いづらそうにしながらも口を開いた。
「あくまで保護者同士の噂話を聞いただけなんですけど。夫婦仲は良くなかったようですね。ご近所にまで聞こえる程の喧嘩をしていて、開いていた窓から物が飛んできたらしいです」
「喧嘩の内容は分かりますか?」
「旦那さんが不倫していたとかどうとか。私は後から聞いただけなのでどういう状況かは分からないですが、ちょうどその頃、兄妹揃って荒れていましたね。他害が多くて本当に大変でした」
「他にはありますか?」
「他は分からないです。そうですね……。卒園前の時にゆかりちゃんは『まーくんが宿題しないからパパが叩いた』って呟いた時はありました。
ゆかりちゃんは言ってはいけないと思ったのかそれ以上は答えなかったんですが、当時は日常的に暴力を受けていたのかもしれませんね」
「保育園としては通報などの対応をしたのですか?」
「いえ、特にあざがある訳でもないし、食事もきちっとしていたようだし、服も毎日洗濯されていましたから。ですがゆかりちゃんの行動に関しては市と小学校の先生と連携を取っていました」
「今回小学校の方にも取材に行ったんですが、生憎と当時の先生は残っていないし、十年以上前の記録は残っていなくて取材できずにいました」
俺が残念そうに言うと、先生は「そうだわ!」と思い出したように立ち上がり、席を外して少ししてから戻ってきた。
「ごめんなさいね。今、思い出したの。私の母方の親戚はゆかりちゃんが小学校三年生の時の担任だったはず。今は先生を辞めて地元の不動産会社の営業していますよ」
「そうなんですか? 連絡を取ることはできますか?」
「彼の実家の電話番号なら知っていますし、私から聞いて取材ができるか聞いてみますね」
「是非、お願いします」
そういうと、先生は早速携帯で連絡を取ってくれた。これには助かった。
どうやら親戚を経由して連絡先を聞いてくれているようだ。
何もないところから当時の先生を探すのは時間も手間も掛かる。朝生先生には感謝しかない。
それにしても地方というだけあってやはり親族の繋がりはまだまだ濃いのだろう。
助け合いは強力だが、合わなければつまはじきにされるのではないかとも思う。
土井ゆかりの手紙からは親戚の話は一切出てきていないし、土井家は親族から嫌われていたのかもしれない。
確か彼女には妹がいたはずだ。そこも取材するべきだろうな。
俺は今後のスケジュールを考えていると、先生の電話にアドレス帳に登録されていない電話が掛かってきた。先生は電話口笑顔になりOKと指でサインをしている。
「彼と連絡が取れて良かったです。ちょうど電話に出られたみたい。明日の十四時以降ならいつでも電話していいと言われたわ。電話番号はここに書きますね」
「何から何までありがとうございます。とても助かりました」
「いえいえ、親戚同士の繋がりの強い地域ですから。それが良いのか悪いのかはわかりませんが」
朝生先生はそう言いながら白い紙に当時の担任の名前と連絡先を書いたメモを渡してくれた。
俺はお礼をした後、ホテルへ戻り、今日取材したことを記録に残していく。
土井ゆかりは幼少期からかなりの問題児だったようだ。先生達の記憶にも鮮明に残っているのは当然かもしれない。
俺はふうと息を吐きながら腕を伸ばした後、ホテルで用意されている珈琲をカップに注ぎ入れる。
こういう事件を起こすような人間は元から何かが壊れているのかと思っていたが、もしかしてこれは家庭環境が大きいのではないのかとさえ感じる。
父は不倫をし、母との不仲でたまに兄を叩いている。家庭環境は良くないだろう。
急所を狙った攻撃をすると朝生先生は言っていたな。
父親が家で首を絞めるのを見ていたのか?
それともテレビやSNSの影響か?
子供にそんな過激なものを見せるのだろうか?
子供の前で夫婦喧嘩をしていた方が理由としては理解できる。
色々と思うところはあるが、取材した話を淡々と書いていく。私情を挟むのは厳禁だ。