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三か月経った今、怪我をした人の氏名も判明している。
入院病棟へ出向き名前を確認すると、重傷だった二名は奥の部屋にいるようだ。
今も扉の前には警備員が立っている。俺が取材許可をもらおうとしたその時、家族らしき女性が部屋から出てきた。
俺は運がいいな。
「あの、すいません。私、週刊アラカシの佐光と言います。先日の事件について怪我をした人達の話を伺いたいんですが、この中の方のご家族ですか?」
中年の女性は眉間に皺をよせ、不審者を見るような目で俺を見ていたが、名刺を見せると談話室で少しなら、と話をしてくれることになった。
談話室は明るい部屋になっていて、いくつか机が設置されているのだが、今の時間は誰も使っていないようだ。
「お時間を取らせてしまい申し訳ありません。えっと、薮片さんのご家族ですか?」
「いえ、私は田中鈴の母です」
「そうでしたか。田中鈴さんの怪我の具合は大丈夫でしょうか」
「お陰様でうちは来月には退院する予定なんです」
確か院長の話では軽傷の六名は腕に怪我をしていたり、背中を斬りつけられていたりしていたはずだ。
その後の取材で亡くなった女性は首を切られていた。もう一人の意識不明の薮片愛という女性は後ろから刺され、ちょうど肋骨の間に刃が入り、肺まで達していてその場で絶命してもおかしくなかったようだ。
重傷の田中鈴という女性も腰を刺され今はまだ立ち上がる事ができないという話だ。
「軽傷の人達はすぐに退院してうちと薮片さんだけになったわ。うちも退院の目途が経って嬉しいけれど、彼女のことを思うと心苦しくて……」
「軽傷の人達はどういう怪我だったんですか?」
「怪我、ねえ。鈴のお友達は腕を深く傷つけられていて六針を縫っていたし、もう一人のお友達は危ないって鈴を引っ張った時に犯人に手を切られていたの。
向いの女性は背中を切られていて服を着ていたのと肩掛けのバッグをしていたおかげで致命傷にはならずにすんだわ。
軽傷って言っていいのかわからない。みんなは入院しなくてもいい程度だと聞いたけど、ショックを受けていたし警察からの事情聴取もあったから入院ってなったみたい。
他の人の怪我は聞いてないからわからないわ」
鈴の母は身振り手振りで怪我の具合を説明してくれる。その状況を細かく俺は聞いてメモを残していく。
「詳しくありがとうございます。鈴さんは犯人の女性を知っているんですか?」
「いえ、知らないと言っていたわ。あの時、友人と一緒に曲に乗って三人でグッズを手に騒いでいたみたい。
そうしたら突然隣の女性が何かを叫んで気づいたら前の人を刺していたって。
前の人が倒れて鈴は「え?」って横を見たら自分を切ろうとしていたみたいで慌てて距離を取ろうと友達にぶつかったところを刺されたって言っていたわ。
その後は逃げようとしていてあまり覚えていないみたい」
「直接鈴さんにお話するのは可能ですか?」「事件のことはあまり聞いてほしくないわ。ようやく落ち着いてきたし。この取材で怪我をした人達のことを口にするのは傷口に塩を塗りこむようなものよ」
「……申し訳ありません。ですが俺はこの事件を起こした犯人の女性がどんな人物だったのかを詳しく調べたいと思っているんです。
犯人がどういう意図で理不尽な殺傷事件を起こしたのか。それを知れば今後、同じような事件を起こすのを防ぐ手段にもなります。そのために協力をしていただきたいんです」
「……そう。鈴に聞いてみるわ。もし、話したくないと言ったらごめんなさいね」
「ええ、もちろん構いません」
俺の熱意が伝わったのかは分からないが鈴の母は席を立ち病室へと戻っていった。暫くすると母親は戻ってきて少しなら取材をしてもいいと言われた。
俺はすぐに彼女の母親の後を追い、病室へと入っていく。
病室のカーテンは閉められていたが、窓は開いていて風に靡いている。
六人部屋になっていたが、現在入室しているのは二人だけで右側に田中鈴、左に小林加奈がいる。
彼女はあの事件で最も重い怪我をした女性だ。未だ意識がないと書類には書いてあった。
小林加奈の方はカーテンを少しだけ閉めた状態だったので彼女の様子を窺う事ができた。
横に座っているのは祖母なのだろう。
「小林さん、すみません」
「いえいえ、私もお話が出来ればいいんですが、何分この状態で……記者さんごめんなさいね」
「いえ、こちらの方こそ押しかけてすみません」
小林加奈の祖母の疲れた様子が見て取れた。