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週刊アラカシ~特集!~『執事総選挙殺人事件の犯人』に迫る!  作者: まるねこ


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 たった一瞬の出来事だった。


 彼女は躊躇することなくケーキに付けていたフォークを持ち、俺の手の甲に刺した。


「~っ!!」


 俺は激痛のあまり、上手く声が出せなかった。フォークは深々と刺さっていて抜こうにも混乱と恐怖と興奮で手が震え、身体が思うように動けない。


 佐奈子に目を向けると、彼女は変わらず微笑んでいる。


「……邪魔なのよ。周りをウロチョロと目ざわりだわ。毎日、毎日誰かに見られているし、直撃されることもしょっちゅう。近所の人からは嫌味を溢されて。鬱陶しいのよ!!」

「……」


 俺以外にも記者達が母親に取材をしようと張り付いていたのは知っている。


 土井ゆかりが起こした事件を記事にするのは皆の知りたいところだろう。


 俺は最低限のルールを守っている方だとは思っていたが、まさか刺されることになるとは思ってもいなかった。


「俺は毎日張り込みなんてしていないし、許可を取ったうえで取材をしている!」

 

 震える手を叱咤するように大声を出し、フォークを力いっぱい引き抜いた。


 佐奈子はぶつぶつと何かを呟いているが、聞き取る余裕はない。


 鞄を持ち、立ち上がって玄関に向かおうとするが、逃げようとする俺に気づいた彼女はテーブルを挟んで背を向けた俺の服を掴んだ。


「逃がさない! 逃がさない! 逃がさない! 逃がさない!」


 狂気を纏わせた声で俺の服を引っ張っている。


 早く、早くなんとかしないと。


 必死に服を掴んでいる手を叩いて離そうとするが、何故かびくともしない。


 佐奈子を殴ってこっちが訴えられたらどうしようかと一瞬頭を過ったが、どうとでもなればいい。


 持ったままのフォークで彼女の腕を刺し、ようやく解放された。


「痛い!!!!!!」


 彼女は目を見開き、一瞬怯んだが、さらに興奮したように「殺す! 殺す!」と狂人のように叫び掴みかかろうとしてきた。


 ……殺される。


 俺はどう逃げるのが最善かを瞬時に考え、身体は無意識に反応していた。


 彼女の腹を蹴り上げると、彼女は腹を抱え後ろへ後退する。


 その隙に俺は玄関まで走った。靴を履いている余裕はない。


 靴下のまま外に飛び出した時、奇声を上げながら佐奈子は追いかけてきた。


 まずい!

 鞄を掴まれた。


「離せ!!!!」

「死ねよ! お前なんか死ね!!!」


 佐奈子が叫びながら鞄を引っ張り、そこから手繰り寄せるように俺の腕を掴んだ。


「止めろ!!」


 引き摺られるように玄関の中に入ろうとしている。


 中に入ったら絶対に殺される。


 だが抵抗しようにも物凄い力で引き込もうとしてくる。


 なんて馬鹿力なんだ。


 痩せてはいるが、俺だって成人男性だ。そこそこ力だって女よりあるはずなのだ。


 だが必死に抵抗しているのにも拘わらず全く歯が立たない。


 ……俺、もう駄目かもしれない。


 絶望が頭を過ったその時、右から声が聞こえてきた。


「おい、大丈夫か!?」

「助けてくれっ!!」


 諦めかけたその時、騒ぎを聞きつけたのか隣家から夫婦が出てきたのだ。

 奇声を上げ引き込もうとしている佐奈子に『止めろ』と駆け寄り、俺を引っ張ってくれる。


 佐奈子は俺を家の中へ入れられなかったことに激高し、周辺に響き渡る程の絶叫を上げている。


 助かった、と思ったら今度は隣人に殴りかかってきた。


 殴られた男性はその勢いで倒れた。佐奈子は何かが乗り移っているかのように目を見開き、口から唾を飛ばし倒れた男性の上に馬乗りになって殴ろうと手を振り上げていた。


「止めろ!!」


 無我夢中で俺は佐奈子を蹴る。彼女は蹴られた衝撃で男性の隣に腹ばいの状態に倒れ込んだ。


 そのまま彼女の上に乗り、押さえつけるが俺一人では体重や力が足りないのか起き上がろうとしている。


 咄嗟に隣の男性も佐奈子の上に乗り、男二人で押さえつけた。


 どこからこの力が出るのだろうか。


 彼女は俺達を振り落そうとするように激しく動き、俺達はふわりと身体が浮く。


「警察がもうすぐ来るわ!」


 その声にようやく周りが見えてきた。通報した奥さんは周辺に助けを求めるように声を掛けたようで、何人かの住人はスマホを片手に土井家の前に集まり始めている。


「大丈夫ですか?」


 近所の人達は駆けつけたのはいいが、暴れる土井佐奈子を見て住人がざわつきだす。


「お巡りさん、こっちこっち!!」


 駆けつけた数人の警官によってようやく佐奈子は取り押さえられ、そのまま警察署まで連れていかれた。


「助けていただいてありがとうございました」


 俺は集まった住人にお礼を言って別のパトカーに乗せられたが、警察官は俺の手の傷を見てそのまま病院へ向かうことになった。


 興奮していて痛みは感じていなかったが、相当深く刺されているようで今後、手に痺れが出るかもしれないと医者に言われた。


 あとは背中と腕に深くついた爪の跡。

 これは数日で完治できるようでよかった。


 まさかこんなことになるとは思ってもいなかった。


 時間を追うごとに先ほどまでの出来事が実感として湧いてきた。


 生きて帰ってこれた。

 怖かった。




 大の大人が恐怖を感じるほどのものだった。震える手で多田さんに連絡を入れた。


「俺は再三注意しただろう。まあ、無事で良かった」

「なんとか生きて戻れたっす」


 電話口から聞こえる多田さんの声はどことなくホッとしているようだ。


「とりあえず警察から呼ばれているんだろう? 事情聴取が終わったらすぐに戻ってこい。お前のことだ、今回の事をしっかりと録音しているんだろ?」


「もちろんっすよ! 疑われたときはちょっと焦ったけど、上手く騙されてくれたっす」「特ダネだ。早く戻ってこい」

「了解っす!」


 そこからの俺は忙しかった。


 警察署であの家には取材で言ったことを話し、録音していたものを聞かせ、事情聴取はなんとか終わった。


 土井佐奈子は暴行、殺人未遂の罪で起訴され、拘置所に送られた。


 取り押さえた警官から話を聞いたのだが、彼女は警察署でも興奮が収まらず奇声を上げ続け、その日は詳しい話が聞けなかったらしい。


 佐奈子の様子から精神鑑定が必要だとも言っていた。



 この事件はメディアやマスコミに大々的に報道された。


 記者が襲われたということから連帯感が生まれたのかもしれないが、それでも良かった。


 結果的に俺の書いた記事が表紙を飾ったからだ。取材を終えた俺は土井ゆかりの手紙を以前ほどではないが、たまにやり取りをしている。


 数年後には手記をだせるかもしれない。


 そうほくそ笑みながら今日も俺は取材を続けている。


【完】



いやー異世界恋愛から飛び出して色々なジャンルを勉強していますが、今回は大惨敗でした。笑


書いていてかなりマニアックだなとは思ったんですよ。ウケはしないだろうなと…。


今回は人の性格や心理をテーマにした上で書いてみようと思っていました。

完全にフィクションの内容ですが、超うっすらとモデルとなった人物はいます。

そのことが反対に作品がボヤける原因かなぁとも考えたりもしましたが…。


GW中にリメイク作品をまた掲載する予定なのでよかったらまた読んでください⭐︎


最後までお読みいただき本当にありがとうございました!

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