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そうして俺は土井正樹の取材を終えた。
彼は正直に答えていたように感じた。むしろ普通なら言いにくい家庭内のことも他人事のように話している素振りすらある。
それにしても彼の口から実の母に気を付けろと忠告されるとは思ってもいなかった。母親は気分で怒っていたと言っていたな。
きっと理不尽な怒られ方をしてきたんだろう。そう思えば土井ゆかりは可哀想だなとも思える。
俺は一旦会社に戻り、今日の取材のことを頭で整理をしながら報告書を書いていく。
「佐光、取材はどうだった?そろそろ記事にできそうか?」
上司は席に付いたまま俺に聞いてきた。俺は一旦手を止め、話をする。
「少しずつは書いているんですが、最後に母親に取材が出来ればいいかなって思っているっす」
「母親か。他社はどれだけ粘っても取材を受けてもらえなかったらしいからな。まあ、ダメ元であたってこい」
「そうっすね。兄の土井正樹の取材も受けてもらえるとは思っていなかったし、母親も大丈夫じゃないっすか?」
俺は軽い感じで上司に言うが、上司は真面目な顔で聞いている。その様子を見て流石の俺も空気を読む。
「ただ、土井正樹の取材で彼から最後に母親には気をつけろって言われたんです。あの家庭は父親を頂点とした力関係で成り立っているように思っていたんですが、土井正樹の話しぶりでは母親の方が実は支配的なのかとも思えるんですよね」
「父親への取材は駄目なのか?」
「父親の方に取材依頼を何度か出していますが駄目ですね。直撃しても無視して話す気はないらしいです。元、浮気相手にも取材をしてみましたが、これも梨の礫でした」
「そうか、気を付けて取材をしろよ」
「はい」
課長はそれ以上何も言わなかった。その後、何度か土井ゆかりの母に取材しようと電話や手紙を送ったが返答は来なかった。
このまま記事にしても問題はないんだが、何かいまいちパンチが足りないんだよな。
やっぱり母親か父親の言葉がほしいところだ。
ダメ元で彼女の親戚にもう一度お願いをして母親に取材をしたいと申し込んでみたところようやく承諾を得る形となった。
「佐奈子はとても怒ってたわ。私は責任持てないから。気をつけなさいね」
「有難う御座います!!!」
俺は電話口で頭を下げて感謝を口にする。ようやく、ようやく取材ができる。
「多田さん! 土井ゆかりの親戚にお願いしていた母親の取材の許可が降りそうです!」
「そうか」
「土井佐奈子にすぐに連絡を取ります」
「ああ、興奮して失礼なことを言うなよ?」「もちろんっすよ!」
俺は興奮した気持ちを落ち着かせるように一呼吸した後、すぐに土井佐奈子へと電話を掛けた。
「……もしもし」
「もしもし、土井佐奈子さんのお電話でよかったですか? 私週刊アラカシの佐光といいます。今回取材をお引き受けして下さったとお聞きしてお電話させていただいたんですが」
「……ええ。今回限りよ? もう一切取材は受けないわ」
「ありがとうございます。取材の日時ですが「明日の十四時、家に来てくれる?」」
突然、被せてくるように彼女は時間と場所を指定してきた。
「わかりました。明日、十四時に向かわせていただきます」
明日の十四時か。
今からなら電車は間に合うな。
「明日の十四時に自宅で取材を受けてくれるようっす。今からあっちに飛んできまっす」
「ああ、気を付けてな」
「うぃーっす」
俺は椅子に掛けてあったジャケットを取り、鞄を肩にかけて急いで新幹線に乗り込んだ。
取材の費用が出ないため今回も自由席なのは仕方がない。
俺は取材できる嬉しさと新幹線の時間に気を取られていたために母親が何故OKしたのか深く考えていなかった。




