我が家のお茶会で婚約者に愛の証明を求めたら、阿鼻叫喚になりました
コブス伯爵家で開かれたお茶会で、招待客たちは違和感を感じていた。 飾り付けも料理も違和感はない。ただ、――
「ねえ、見て。あの方たち・・・」
そう言って、招待客の貴婦人が言葉を濁らせる。知人であろう貴婦人がそちらを見て、眉を顰めた。
「お茶会用のドレスも、持っていないのかしら?」
「そんなこと、言っちゃ、駄目よ。庶民はお茶会用のドレスなんて縁がないもの」
言葉を濁していた貴婦人が当て擦りの疑問に濁していた真実を告げた。
彼女の言う庶民とは、貴族の血を引いた上流階級でもなく、裕福な商家の人間でもない、国の八割を占める労働者階級のことだ。
明らかに上流階級のお茶会に参加する衣装ではない者が招待客の中にいる。
それが違和感の一つ目だった。
「ご機嫌よう、マグノリア様」
侯爵令嬢のマグノリアから、名前で呼ぶことを許されているリリフローラは声をかけた。
「ご機嫌よう、リリフローラ。あなたも招待されていたのね」
「ええ。コブス嬢とは親しくはございませんが。それはマグノリア様も同じでは?」
「今回はこぢんまりとした会でしょう? 欠席しては、招待してくれたコブス嬢を落胆させてしまいますわ」
「そうでしたのね。それにしても、場違いな方もおられますし、この会の趣旨は何でしょうね?」
「同世代の庶民を観察する会、とか?」
「庶民を観察、ですか? そんなこと、必要ありますの?」
「詳しいことはコブス嬢に聞かなければなりませんが、それ以外に庶民を呼ぶ理由は思い当たりませんもの」
「そうですわね」
今日の小規模なお茶会とあって、高位貴族は侯爵家のマグノリアと伯爵家のリリフローラだけ。他は下位貴族がほとんどで、マグノリアとリリフローラが噂していた庶民しかいない。
王都で伯爵以上が子爵以下の者を招くことは本当に少ない。余程、お近付きになりたいと思わなければ招かれないのだ。
しかし、招待された庶民の女性たちはどう見ても、人気の歌姫でもなく、話題になりそうにもない。
それが二つ目の違和感だった。
招待客で共通していることは年齢がほぼ同じであること。アラサーはおらず、ローティーンもいない。
それが三つ目の違和感だった。
その為、マグノリアとリリフローラは内心、首を傾げながら、主催者の登場を待った。
やがて現れたコブス伯爵令嬢は一人ではなく、顔色の悪い婚約者を連れて登場した。彼女の後ろには縄で縛られた女性が若い執事に引き摺られるように歩いている。
「ようこそ、おいで頂いたのに、遅れまして申し訳ございません。浮気に忙しかった婚約者を迎えに行っておりました」
ああ、なるほど、と招待客たちは思った。
コブス嬢の婚約者の浮気癖は有名で、彼女は婚約者の心を繋ぎ止められていない、と陰で笑われている。
ということは、縄で引き摺られている女性は浮気相手なのだろう、と招待客たちは推測した。
「殿方も参加させますの?」
お茶会の招待客となるのは、主に女性で、子どもの紹介を趣旨とした会以外で男性が招待状の宛先になることはない。
「彼は今日のお茶会のメインゲストですわ。御父上からは、参加しないなら縄で縛っても構わないと、お許しを頂いております」
それを聞いて、浮気男は大人しく付いてきた。
浮気相手の女性は逃げようとしたので、コブス嬢は公爵閣下の御言葉を参考にした。
「メインゲスト?」
何人かの女性は思いあたる節があったのか、気付かれぬうちに退出しようとして、コブス伯爵家のメイドや執事たちに阻まれる。
それをコブス嬢が笑顔で見ながら言う。
「私の婚約者がいなければ、今日のお茶会自体、開く理由がございませんもの。――ねえ。私のことを愛しているんでしょう?」
「ああ、そうだ。この女とはただの遊びだった」
「じゃあ、泥棒猫を皆様の前で殺してくださるわよね」
「そんなことはできない!」
「私への愛の証明はできないってこと?」
「人を殺して愛の証明になるわけないだろう!」
「浮気する度に、愛しているのは私だけだと言っておいて、愛の証明ができないって言うの?」
「浮気相手を殺して、愛の証明なんかできるはずがない、と言っているんだ!」
「じゃあ、今日の招待客の小指を切り取って、証明してちょうだい。全員が泥棒猫たちだから」
「何だって、人を傷付けるような真似を求めるんだ!」
コブス嬢に浮気相手だとバラされた瞬間、招待客たちは互いの顔をマジマジと見てしまった。
そして――
「マグノリア様、まさか・・・!」
「リリフローラ、あなた・・・!」
それまで友好的だった者同士は、同じ男と付き合っていたと知って、嫌悪の表情を浮かべた。友好的だからこそ、黙って抜け駆けしていた時は裏切られたという気持ちになる。
知らない者同士は――
「なんで、こんな庶民が!」
「なんで、こんなブスが!」
互いに相手の弱点を貶し合うか――
「ちょっと! 退きなさいよ!」
「私は関係ないんだからっ!」
会場から逃げ出そうとして、出入り口の扉を守るコブス伯爵家の使用人によって、阻まれていた。
「あなたの浮気で私の心が傷付いたからよ。それとも、私の心は傷付いても良くて、浮気相手は傷付けてはいけない理由でもあるの?」
「それは・・・」
「小指を切り取ってはいけないなら、顔に傷を付けて」
「心が傷付いたからって、身体を傷付けなくても、いいじゃないか!」
「なら、罵詈雑言、浴びせてあげて。手始めに侯爵令嬢に”ブス”って言って」
「そんなこと言えるか!」
「なんで? 私への愛の証明ができるのよ? 愛してもいない、ただの浮気相手なんだから、いくらでも言えるでしょう。それとも、この泥棒猫と同じように、まだ付き合っている相手なの?!」
「何を考えているんだ! 彼女たちとはこれからも顔を合わせていくんだぞ!」
「――もう、いいわ。浮気を止めないあなたの愛なんて、何の価値もないもの。婚約破棄しましょう」
「価値がないとは何だ! せっかく、公爵家の女主人にしてやろうと思ったのに!」
コブス嬢は本性を表した元婚約者を無視し、招待客たちに告げる。
「浮気相手の皆様には慰謝料を請求します。私が婚約者だと知っていて、今日来るような方々ですもの。婚姻する気なんてないでしょうから、持参金をしっかり毟り取らせて頂きますわ」
「「「そんな(ことできると思っているの)!!」」」
庶民の女性たちも政略結婚で婚約破棄したい、という口説き文句で、婚約者がいることを知っていた。
騙されていると、気付いた女性や酒場や娼館で働いているお仕事での付き合いの女性は、招待状に対して欠席の返事が来ている。
中には、それはご丁寧に、あの男とは二度と顔を見たくないのだと、理由まで述べてくる者まで。
「浮気相手の婚約者である私のお茶会に堂々と素知らぬ顔で参加しておいて、私を馬鹿にしてないというの? 特に庶民は、お茶会のドレスも用意できない自分が貴族に招かれるような人物だと、どうして、思えたのかしら?」
「「「・・・」」」
元々、高位貴族のお茶会に子爵以下が招かれるには、それ相応の理由があるのだ。どうしても、親しくなりたい相手だとか、話題の人物だとか。
そうでなければ、何らかの悪意を持って招待した場合のみ。
強制的に招待されていなかったら、庶民は招待を拒否することもできる。何故なら、庶民は裕福な商人のように上流階級でおこなわれる催しのドレスコードに合う服など、持っていないから。
「それと、公爵家の御令息。あなたはもう、家を継ぐことはございません。あなたの浮気相手が産んだ三歳になる息子がそれはもう、あなたそっくりで、養子縁組をして御父上の後を継ぐことが決まりました」
「そんな馬鹿な!」
「御父上も不治の病のあなたの性根を叩き直すより、可愛いお孫様を立派な公爵にするほうが楽しいとおっしゃっておられました」
「うわあああ――!!!」
浮気男は完璧に打ちのめされた。
「さて、婚約者のいる男と浮気した皆様。御自分の馬鹿さ加減を悟りましたか? 浮気相手だった使用人は紹介状なしで解雇して頂きましたが、結婚市場を自分から降りたあなた方には、泥棒猫に相応しい紹介状を書いて差し上げますわ」
そして、コブス嬢は娼館への紹介状を招待客たちに配った。
コブス嬢によって、夫や婚約者には事情を説明する手紙を出され、結婚市場で価値のなくなった招待客たちの一部は、慰謝料を支払う為に実際にそれのお世話になったそうな。
浮気男はどうなったかって?
彼は家を追い出されたそうな。他にも庶子が数人、発見されていて、公爵閣下は侯爵家や伯爵家に浮気という弱みを握られて価値のない一人息子より、将来性のある孫たちをとった結果だ。
この国では庶子でも養子縁組さえすれば、爵位を継ぐことができる。その代わり、貴族は家の隆盛を図ろうと、互いに弱点を探して蹴落とそうとしている。
コブス嬢の婚約者の家は、王家から分かれた公爵家だったが、下位貴族どころか、高位貴族の令嬢とも遊んでいたので、公爵家から籍を抜いて平民落ちさせなければ、浮気相手の家とその婚家に弱みを握られ、何十年も要求を呑む羽目に陥るところだった。
馬鹿な息子と縁を切れる絶好の機会に、公爵閣下は大切にしていた貴重な酒の封を切って、祝杯をあげたそうだ。
庶子の存在がわかったのは、招待状の辞退の理由の一つに浮気男の子どもを産んでしまい、申し訳なくて顔を合わせられないと、赤裸々に書いてきた女性がいたからだった。
もしかして、と辞退した女性たちを調べてみたら、幾人もの庶子がいることが判明。更に事情を聞いてみたら、子どもができたら音信不通になったパターンと、捨てられた後に妊娠が発覚したパターンがあった。どちらのパターンも、浮気男との関わりを拒否しており、公爵閣下に連絡した結果、跡取りには困らない数がいたので、浮気男は用無しとなった。
庶子の母親たちには、贅沢をしなければ働かなくてもいいだけのお金が一生、渡されることになった。
彼女たちは、子どもを公爵家に渡して新たな生活を始める者、お金の一部を小さな借家と引き換えてもらって庶子のままの子どもと一緒に暮らす者、お金と引き換えに乳母として公爵家で養子縁組されて嫡子となった子どもと一緒に暮らす者、様々な道を選んだ。
養子縁組をして、嫡子となった子どもたちは、家の隆盛の為に弱みを見せられない貴族の人生を送った。
庶子のままだった子どもたちは、裕福な商人のように多少のヘマは許され、貴族よりは比較的自由な人生を送った。それが庶子でも爵位が継げる国の貴族の庶子の扱いだった。
「庶子が相続できる国で、庶子がいて良かった」
と、コブス嬢は招待客の去ったお茶会の会場で一人、お茶を飲みながら言った。
元婚約者にそっくりな庶子やスペアのスペアになりそうな庶子までいてくれたおかげで、コブス嬢は浮気男と結婚しなくてもよくなった。
それどころか、浮気相手から毟り取った慰謝料のおかげで、家の資産と自分の持参金も増えた。
「庶子にも相続できる制度のある国のおかげだわ」