9登城とテスト
◆◇◆
結局、ミキャエラ嬢はナイジェル様との結婚を選びませんでした。
それどころか、慰謝料は自分で稼いで支払うので、分割にしてほしいという殊勝な申し出が、本人から届いたのです。
手紙には、謝罪と共に冒険者となってお金を作るという、具体的な計画も記されていました。
親に頼らず、己の力でなんとかしようとするその姿勢には、思わず好感を抱いてしまいます。
私は、ミキャエラ嬢の願いを聞き入れ、期限や利子を設けないことにしました。せめてもの温情です。毎月、支払える分だけ払ってください。
どうか彼女には、強く生きていただきたいものです。
一方、ナイジェル様はというと……。
慰謝料は彼の父上に立て替えてもらったようですが、プルサティラ侯爵家の跡継ぎからは、正式に外されたとのこと。
彼の弟君と妹君は優秀なので、そのあたりは問題ないでしょう。
彼自身がどうするのかは、今のところ不明です。
まだ、貴族籍は残っているみたいですが……。
彼の方のその後の人生など、私にはもう関係のない話ですけどね。
さて、婚約解消の話し合いの翌日には、早くも王宮からお手紙が届きました。
内容は、三日後に登城すること、その時に軽いテストがあるということでした。
あと、服装はドレスでも構わないが、動きやすいものをとのことでした。お仕事ですので、当然ですね。
……テストって、何をするのでしょうか?
色々考えましたが、特に何も対策はしないことにしました。
だって、もしテストに不合格なら、お仕事に協力しなくてもよくなるかもしれません。
正直、私は新しい婚約者を見つけなければならないので、忙しいのですよね〜。
いえ、エルドレッド殿下から直々に仕事を頼まれているというのは、独身でいることの大義名分になるのでしょうか?
まあ、気楽に行きましょう。
◆◆
というわけで、登城する当日になりました。
服装は貴族の女性が仕事をする時に着る、シンプルで動きやすいドレス。
装飾は控えめに。髪型も邪魔にならない様にハーフアップにしました。
エルドレッド殿下から賜った指輪は、ポケットに忍ばせてあります。身に付けるにはやっぱりちょっと、重いので……。
城に着くと、エルドレッド殿下の側近メガネさんが、出迎えてくれました。
「お待ちしておりました、ジャスティーナ嬢。エルドレッド殿下の側近をしている、ロナルド・バンブスと申します」
「よろしくお願いします。お出迎えありがとうございます」
あら、この方、バンブス公爵家の次男様だったわ。顔は見憶えあったのだけど、名前が出てこなかったのです。ホントですよ?
……側近メガネって心の中で呼んでいましたわ。間違えて、口に出さない様に気をつけないと!
私は側近メガ──いえ、ロナルド様にエルドレッド様の執務室へと案内されました。
「よく来てくれた、ジャスティーナ嬢! 座ってくれ!!」
「は、はい〜」
エルドレッド殿下は生き生きとした、少年の様な瞳で私を歓迎しました。
こちらが素なのでしょうか?
私はエルドレッド殿下に言われた通り、執務室のソファーに座ります。
エルドレッド殿下は、私の対面に腰を下ろします。テーブルの上には、何かの書類。
「では早速、仕事の話をしよう。実は今、我が部隊が追っている事件があって……」
エルドレッド殿下は、いきなり仕事の話をし始めました。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「ん? どうしたか?」
「たしか、お手紙には何かテストをすると書いてありましたが?」
「ああ、それはこの後行う。『梟』のメンバーに君の特異魔法を知らせるものだから、気にしなくていい。君はもう既に我々の仲間だ!」
そう言ってエルドレッド殿下は、親指を立てて笑います。
「えぇ!?」
「では、仕事の説明だ」
こちらの戸惑いなどお構いなしに、エルドレッド殿下は話を続けます。
あら? あら、あら、あら〜?
これって、もう私が協力するのは決定事項? 逃げられないってコト〜?
マズイですわ〜!
「は、はい〜」
とは言え、自国の王子様相手に、良い断り方も思い浮かばないので、大人しく話を聞く私です。
「現在、東部の第二翼区で奇病が発生しているのだが──」
この国の王都は、王城を中心に同心円状に広がる三つの〝翼区〟によって成り立っています。
中心部には、神殿や学校、貴族院といった国の重要機関が集まる枢機翼区があります。
その外側を、上級貴族が居を構える第一翼区が囲んでいます。
さらにその外周には、下級貴族や裕福な庶民が住む第二翼区が広がり、最も外側の外翼区には一般の平民たちが暮らしています。
これらの翼区はさらに方位によって東部、西部、南部、北部の四つに区切られていますが、中でも南部は、あらゆるお店が軒を連ねる活気あふれた商業地区となっています。
「奇病、ですか?」
「ああ。奇病と言っても厳密には違う。おそらく、魔法か呪いの類だな。他人に感染る様なものではない」
「の、呪い!?」
なんて物騒な……。
エルドレッド殿下によると、東部の第二翼区で謎の奇病(呪い?)が発生したのは、三ヶ月ほど前から。
発症しているのは四人。そのうち二人はすでに亡くなっているとのこと。
その病状は、体が末端から徐々に崩れていくというものでした。
ただ発症した方々は平民や下級貴族の方らしいので、国の動きはまだ鈍いのだそうです。
「末端から崩れる、のですか?」
「そうだ。まずは指先などの末端から、赤黒い泥の様になって崩壊するらしい」
「そ、それは──」
かなりグロいし、ショックです。
「しかし、医療師に診てもらったが、体に異常は無かったようだ」
「異常は無かった? 肉体が崩壊しているのに、ですか?」
「ああ。体から病原体などは確認されず、肉体の状況としては健康そのものだったらしい」
「ですが、その、体が崩壊しては、痛いでしょう?」
「いや、本人は痛みは感じてはいなかったらしい」
「え?」
「痛みを感じないとはいえ、肉体は確実に崩壊している。そして、体の重要な器官までもが崩壊すると、死に至る。
だが、その瞬間まで意識ははっきりしているらしく、当人が味わう恐怖は相当なものだろう」
「それは……」
奇病の一言では片付けられないでしょう。
もっとヤバヤバな、何かです!
「というわけで今、特殊調査部隊『梟』は今、この事件を調べている!」
「な、なるほど〜?」
確かに、奇病(仮)ですが、規模が小さいのと上級貴族に被害が出ていないことで、騎士団や魔法師団を動かすのは厳しいでしょう。
そう考えると、こういった時に身軽に動ける部隊がこの国には無かったかもしれません。
特殊調査部隊『梟』が設立されたのは、理に適っているのでしょう。
ちなみに、これまでは何かあれば王命を受けた騎士や魔法師が、個別に調査をしていた様です。
ですが……。
「私の音量調節の特異魔法、お役に立てますか?」
こういった場合、調査や探査系の特異魔法の方が重宝されそうですけど。
「周りの音を拾えるのなら、そこから必要な情報を得られる可能性がある。
声の届く範囲にいるのなら、すぐに情報のやり取りもできるし、十分、役に立つ魔法だと思うぞ?」
エルドレッド殿下は、そういって優しげな微笑みを浮かべていました。
励ましているのでしょうか? イケメンの微笑みは、ちょっとグラッと来ますね。
「というわけで、これから早速、市井に調査へと向かう。
その時に仲間と合流するから、その時に詳しい説明をしよう。ついでに事前に知らせていたテストも行う」
「テスト、ですか?」
一気に緊張が増します。心臓がバクバクしてしてきます。
「まあ、町中で必要な情報を得ればいいだけだ。そう、緊張するな。
我々は馬車の中にいるだけだから、危ないことはないしな」
「お二人も行くのですね?」
「もちろんだ!」
「エルドレッド様は、目を離すと何をしでかすか、わかりませんからね〜」
狭い馬車の中でエルドレッド殿下と、公爵家のご子息であるロナルド様と一緒に過ごすのですね〜。
恐ろしい!
「どういう意味だ、ロナルド?」
「そのままの意味です、殿下」
「……」
「……」
ロナルド様の言葉に少し不服なエルドレッド殿下と、それをニコニコと笑顔でかわすロナルド様。
そんな二人を気にする余裕のない、内心緊張しまくりの私。
そんな三人で、馬車で市井に向かうことになりました。
◇
「このあたりか」
馬車に揺られて数十分。
王都東部の第二翼区に到着しました。
第二翼区は、下級貴族や上級平民が住居を構えている場所ですね。
ちなみに、乗ってきた馬車は黒塗りのもので、どこの家のものかはわからない様になっています。中は意外と広くて、少し安心しました。詰めれば六人ぐらい乗れそうです。
「ではこの場所で、必要な情報を見つけてくれ」
「え? えーと?」
「聞こえればこれだとわかるから、それを我々にも聞かせて欲しい」
「……わかりました」
できるかしら? こう言った使い方はあまりしたことがないのだけど……。
ああ、でも、夜会やお茶会で噂を集めるのとそう変わらないですね。
そう考えて私は、耳に魔力を集中させました。
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王宮→王都の王族などを中心とした王城内の組織のこと。
王城→王都の王族が住む城とその敷地のこと。
みたいなイメージで使っています。




