7私の世界じゃなかった【ミキャエラ視点】
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「まったく、なんということをしてくれたんだ、ミキャエラ」
いつも優しいお父様が、険しい表情でわたしを睨んでいる。
それが、恐ろしくてたまらない。
「……も、申し訳、ありません」
わたしはそれだけの言葉を、なんとか絞り出した。
(な、なんでこんな事になったの……?)
「サルビア伯爵家からの提示は、プルサティラ侯爵子息と結婚するのなら、お前への慰謝料請求は免除するそうだ。
ただし、どちらかが死ぬまで何があっても離縁しないことが条件だがな」
「そ、それは……」
じょ、冗談じゃない! わたしが狙っているのは、ナイジェルじゃない!!
「もちろん、断ってもいい」
「え?」
「その代わり、慰謝料はお前が一人で支払うように」
「そ、そんなお金、私一人でなんて……!」
「言っておくが、私は手を貸さないぞ? 我々には領地を守る義務がある。
我が領地は普通に暮らしていくのなら問題はないが、余計な出費ができるほど裕福ではない。お前一人の犠牲で事足りるのなら、私は喜んで差し出そう。
そもそも、ミキャエラ、お前の自業自得なのだからな」
「そんな……お父様、酷い……」
わたしは目を潤ませ、胸の前で祈るように手を組んだ。
学園に通っていた時に、ナイジェルを堕としたお約束のポーズだ。
もっとも、家族には効果はないのだけど。
「酷いのは、お前だ。よそ様の男を寝取るなど、まるで娼婦ではないか。いや、娼婦は己の肉体で金を稼ぐが、お前は多額の慰謝料を発生させた。それ以下だ」
「うう……」
わたしは、顔を覆って泣き始めた。
嘘泣きだが、ちゃんと涙は出ている。そこは我ながら感心する。
「三日間、猶予をやる。その間にどうするか決めろ」
「そ、そんな、お父様……」
「……はぁ、下がれ」
わたしは侍女によって、父親の執務室から追い出された。
そして、自室へと戻る。
侍女は紅茶とクッキーを用意すると、しばらくひとりにさせた方がいいと考えたのか、部屋を出て行った。
自室でひとりになると、私は泣くのをやめた。
正直、悲しくはないが、とても焦っている。
「どうしよう、どうしよう!! ここって、ゲームの世界じゃないの? わたし、ヒロインじゃないの!?」
わたしには前世の記憶がある。
前世では、ごく普通の女子大生。彼氏も普通にいたし、オタクな友人がいたので、漫画やゲームもそこそこ楽しんでいた。
そして、この世界が乙女ゲーム『恋するカナリア王国〜この国で一番の愛され乙女〜』、略して『恋するカナリア』の世界だと思っていた。
……いや、思い込んでいただけだった。
『恋するカナリア』は、RPG要素ありの成人向け乙女ゲーム。
戦闘パートとストーリーパートがあり、ストーリーパートの方では五人の攻略対象とイチャイチャできる。
成人向けなので当然そういった描写もある、というか、そういった関係にならないと攻略できないキャラクターもいる。
個別エンドの他に逆ハーエンドもある。
友達に勧められたからやったけど、わたしにはそこまで刺さらなかった。
そういうシーンがめっちゃエロくて印象に残っていたから、ストーリーは覚えていたけど……。
転生に気付いたのは、貴族学園の三回生の頃。
ある朝、鏡に映るピンクの髪に緑の瞳の美少女の姿に既視感がを覚えた。毎朝、見慣れた姿のはずなのに。
そして流れ込んでくる前世の記憶。
私は、転生した事を理解した。
戸惑いはあったけど、ヒロインのミキャエラに転生したのなら、攻略対象とラブラブエチエチしたいじゃない!?
わたし、イケメン大好きだからさ!
だから、逆ハー狙いでまずは攻略しやすいナイジェルから関係を持ったのに……。
これじゃあ、ウェブ小説でザマァされるヒロインじゃない!
わたし、このままじゃ破滅の道一直線よ!?
このまま、ナイジェルと結婚する?
……ダメだわ。
あの人、攻略はしやすいし優しいけど、寂しいとすぐ浮気する、女好きダメンズなのよ!
学園で少し親しくなった私と、すぐ寝るくらいにはね!!
だから何もしないと、ナイジェルルートになる。
だけど彼には婚約者がいて、それを裏切って結ばれるので、その後はハードモード。
二人で元婚約者に支払う慰謝料を稼ぎつつ、すぐに浮気に逃げようとするナイジェルを、コントロールしなければならない。
ゲームでは一枚絵と説明文だけで済まされるけど、ここが現実ならそれが、わたしのこれからの人生となる。
それでも、愛があればなんとかなるというのが、ゲームでの結びの言葉。
冗談じゃない! 愛がないから、どうにもならない!!
死ぬまでナイジェルとその生活を続けるなんて、絶対に無理!
それなら一人で、慰謝料を稼いだ方がマシだわ。
そもそも、わたしが攻略したい相手はナイジェルじゃないし!
『恋するカナリア』には攻略対象が五人いる。
メインヒーローの訳あり俺様王子、エルドレッド。
気弱なヤンデレ王太子、アンブローズ。
真面目な絶倫騎士、クライヴ。
年下の元諜報員、パーシー。
そして、寂しがり屋の女好き貴公子、ナイジェル。
他にダウンロードできるキャラクターもいたみたいだけど、詳しくは知らない。
わたし、プレイする前に死んじゃったからね。
死因は痴情のもつれ。
他に好きな人ができたから、元彼と別れてその人と付き合ったけど、その元彼に刺されたのよね。
別に浮気していたわけじゃないし、酷い振り方をしたわけでもないのに、酷くない?
まあ、前世のことはいいわ。
大切なのは未来。
わたしの本命は真面目騎士のクライヴ。
銀髪に緑の瞳、鍛え抜かれた体、しかもイケメン!
真面目で浮気はしないし、爵位も伯爵で丁度いい。
絶倫なのは……まあ、頑張るわ。
でも、他のキャラクターは好みじゃない。
第一王子は俺様系が苦手だから無理。
王太子はヤンデレだから嫌いだし、王妃になるなんて面倒。
年下諜報員は、年下あんまり好きじゃないからイヤ。
ナイジェルは人生ハードモードになるから絶対に無理。
だから、一番マシなクライヴを狙っていたのに……。
といっても、もう攻略とかどうでもいいわ。
早い段階(?)でこの世界がゲームの世界じゃなくて、現実だって理解できただけでも幸いだわ。
ヒロインのスペックは悪くない。特異魔法はないけど、全ての属性の魔法を覚えられる。
それなら、今から修行して冒険者にでもなれば、一攫千金も狙えるわよね!?
だったら、慰謝料は自分で支払うわ!!
そうと決まれば、善は急げ。悩んでいる暇はない!
わたしはお父様にすぐに報告しに行った。
「え? 冒険者に?」
「はい! 今回のことはわたしが馬鹿で軽率だったばかりに起きたこと。その責任を取ります。わたしのことは勘当してくださってもかまいません!」
「そこまでする気はないが……。死ぬかもしれんぞ?」
「普通に生きていても、事故や病気、時には事件に巻き込まれて死ぬこともあります。それに、家柄を取ったら、何もない小娘が手っ取り早く稼ぐ方法は、冒険者が丁度いいでしょう」
娼館で体を売るという方法もあるけど、それは最後の手段。
まずは、それ以外で足掻くわ。
「……わかった、いいだろう。初期装備は餞別に用意してやろう」
「──ありがとうございます!!」
こうして、ようやく現実を見ることができたわたしは、冒険者としての道を歩むことになった。
◇
その後、ナイジェルの実家のプルサティラ侯爵家とその元婚約者サルビア伯爵家に謝罪の手紙を書いた。
ナイジェルの家には結婚と婚約のお断りも添えて。
慰謝料はその両家に支払う訳だけど……。
合計金額、二千万ドラ。
大金貨が二百枚必要。小金貨なら二千枚必要ね……。
まあ、ナイジェルと元婚約者の関係が、王命や政略じゃなかったからこの程度で済んだのよね……。
もし、王命とかが絡んでいたら、億いってたわ。下手したら命まで危うかったかも。
その後、すぐに両家から了承の返事が来た。
それから、五日ほどで準備を整えて家を出る。
うちには弟がいるから、跡取りには問題ない。
こうして、わたしは男爵令嬢ミキャエラ・トレニアからただのミキャエラとなったのだった。
まずは王都にある冒険者ギルドへと向かい、手続きを行う。
受付のお姉さんは、美人でとても優しかった……、救われる。
さて、用紙に名前を書く訳だけど、ミキャエラってすぐ素性がバレそうね。
王宮主催の夜会で、大音量でナイジェルとの浮気現場が流されたから、同じ名前は良くないわ……。
っていうか、あれ流したヤツ、どこの誰なのかしら?
見つけたら、タダじゃ置かないんだから! 寄生して、財産むしり取ってやる!!
というわけで、偽名にするわ。
ミキャ? キャエラ? エラ? 何だかしっくりこないわ。
だったら、『ミカ』にしようかしら。前世の名前にも近いし、これならしっくりくる。
もう、わたしはミキャエラじゃなくていい。
わたしは、新しい名前を名前欄に記入した。
★この国の正式名称は、カナリアアウルム王国です。




