6元がついた婚約者と好感度爆上がりの王子様
「エ、エルドレッド殿下!?」
な、なんで、エルドレッド殿下が我が邸に!?
エルドレッド殿下は黒を基調とした、騎士服のような動きやすい服装をしています。
夜会の時の礼装も素敵でしたが、こちらもなかなか様になっていますね。
元が良いと、何を着てもお得です。
──いけない。現実逃避している場合ではありませんでした。
「そろそろ、ジャスティーナ嬢に、返事をもらいたいと思って来たのだが……。どうやら転移の座標を少々間違えたようだ。本当なら、玄関ホールに転移する予定だったのだが」
「な、なるほど?」
それもどうかと思いますけど! というか、先触れももらってませんけど!?
そういえば、エルドレッド殿下にいただいた指輪は、転移魔法の目印になっているとか仰っていましたわね〜。
そして、エルドレッド殿下には、仕事の協力を頼まれていました。
正直、婚約破棄の準備で忙しく、お返事するのを忘れていたのです。
でも、まだ三日しか経っていないし、返事をするのに遅いってことはないわよね? 今日中に返事をすれば、ギリ不敬は回避できた筈!
「……ふむ、どうやらジャスティーナ嬢は、婚約者との婚約を破棄する話し合いをしていた様だな」
動揺する私たちを余所に、殿下は鋭い視線をナイジェル様に向けました。
「そ、そうです……」
あら? 約束通り、口添えしてくれるんですか? ありがたいですわ〜。
「ち、違います! これは再構築についての話し合いで──」
「ナイジェル、やめるんだ!」
エルドレッド殿下に不躾に反論するナイジェル様を、ナイジェルのお父上が止めます。
「それで、婚約者のナイジェル殿がごねている、といったところか」
エルドレッド殿下は冷たい目で、ナイジェル様を見据えます。
「そ、それは……」
「ナイジェル殿、君は先日の王宮主催の夜会で、痴態を晒した。違うか?」
「それは、申し訳なく思っています。ですが、私はジャスティーナを愛しているのです!」
「では、何故浮気をした?」
「そ、それは、ジャスティーナに会えないのが、寂しくて……」
「そのわりには先日の夜会では、ジャスティーナと一曲も踊らずに、さっさとミキャエラ嬢との逢瀬に向かい、さらには行為の最中に、何度もミキャエラ嬢に愛を叫んでいたではないか。
つまり、君のそばにずっといてくれる相手なら、誰でもいいのではないか?」
エルドレッド様、そこまで知っているのですか?
「そ、それは……」
「では、ミキャエラ嬢でも良いではないか。何が不満だ?
まさか、浮気を容認するように、ジャスティーナ嬢に頼んでいるのではあるまいな? それは道理が通らんぞ?」
「い、いや、その……」
先ほど、私が言った事と似たようなことをエルドレッド殿下はおっしゃいました。
しかし、私の時とは違ってナイジェル様は口ごもります。
つまり、自分がおかしいことを言っている自覚があるのです。
あら? もしかして私、舐められています?
「しかも、己の浮気を大音量で流すなど……。ミキャエラ嬢に対しても、責任をとるべきだ。もはや君以外に嫁げる相手もいないだろうしな」
「そ、それについては、一体何が起こったのか、不明で……」
あら、私がやったとは言わないでくれるのですね。それだけで少しエルドレッド殿下への信頼度が上がります。
「そもそも、浮気などしなければよかったのだ」
全くもって、その通り。もっと言ってやってくださいまし!
「……」
「なんにせよ、君が今後結婚できる相手は、ミキャエラ嬢だけだろうよ。ジャスティーナ嬢の事は諦めろ。
そもそも彼女には、俺の仕事を手伝って貰わなければならない。君の様な不埒な人物との結婚なんぞ、俺が認めん」
「そ、そんな……」
殿下の言葉に、ナイジェル様は力無くソファーへ沈みました。
このままでは、彼がプルサティラ侯爵家を継ぐのは難しいかもしれません。
ですが、優秀な弟君と妹君がいるらしいので、問題無いでしょう。
ミキャエラ嬢と、せいぜい幸せになったら良いと思います。
「では、話し合いはこれまで。娘は殿下との仕事の打ち合わせがあるので、この辺でお引き取りください。
後日、弁護士に書類を作成させますので、ご署名などをお願いします。
ミキャエラ嬢の家にも、書類を送りますので、ナイジェル殿と婚約するかはそちらで話し合ってください」
「わかった。……本当に、申し訳なかった」
父の言葉に促され、ナイジェル様のご両親は深々と頭を下げ、腑抜けてしまった息子を引きずって、去って行きました。
これでもう、ナイジェル様との婚約は終わりです。書類などの細かいやり取りはまだありますが、この決定が覆ることはないでしょう。
やったー!
さようなら、ナイジェル様。
あなたのことは、さっさと忘れますわね!
◇
その後、エルドレッド様を別の応接室に案内し、改めておもてなしをすることになりました。
「その、いきなり口を出してしまって、申し訳なかった」
先ほどの威厳はどこへやら、殿下は少々バツが悪そうにしています。
もしかして、転移の座標をミスって、慌てていたとか? ……まさかね〜。
「いえいえ、滅相もございません。むしろ殿下がいらっしゃって助かりました。殿下はコーヒーはお好きですかな? 『ブラック・オニキス』が手に入ったので、ぜひ召し上がってください」
ブラック・オニキスは高級コーヒー豆の名称です。
この国ではコーヒー豆が栽培できないので、主に輸入に頼っていますが、ブラック・オニキスはその中でも最も高級なコーヒー豆です。お高いのです。
「本当に。エルドレッド殿下は甘いものはお好き? 人気店のケーキがありますのよ? とってもコーヒーに合いますの」
我が家は現在、空前のコーヒーブームです。
私は苦手ですが。
あ、コーヒーを使ったお菓子は大好きです。
「あのボンク──いえ、プルサティラ侯爵子息に言い切ってくれて、溜飲が下がりました! お姉様のことは好きなだけ酷使してくれて構いません!」
ルイザ、不穏なことを言わないでください!
とにかく、家族一同、エルドレッドを大歓迎です。ナイジェル様と大違い!
「それは良かった。コーヒーも甘いものも好きです。そう言ってもらえるとありがたい」
エルドレッド殿下の目の前に、たくさんのお菓子が並びます。
もはや、即席のお茶会のような状態です。
あら? エルドレッド殿下の目がキラキラしています。
「いただこう」
そう言ってケーキを口に運ぶと、無表情なのにとても美味しそうにしています。
もしかして、エルドレッド殿下、結構表情豊かな方なのでは?
少なくとも、甘いものは好きそうです。
「──って、殿下。出先で飲食して、大丈夫なんですか?」
王族って、従者の方とかが毒味するものじゃない?
というか、従者の方は? 一人なの? 今更だけど、マズイのでは〜?
「──あ! いや、我が国の王族には、毒や呪い、洗脳系の魔法を無効化する加護があるので問題ない。それに俺は王太子でもないしな!」
そう言ってエルドレッド殿下は、甘いお菓子を次々に平らげます。
ちょっと怪しげなところはありますが、王族の異常状態無効の加護は私も聞いたことがあるので、嘘ではないのでしょう。……多分。
そうして落ち着いたところで、エルドレッド殿下は話を始めました。
「さて、ジャスティーナ嬢。改めて返事を聞かせてくれるか?」
「はい。微力ながら、お手伝いさせていただきたいと思います。家族も了承済みです」
私の言葉に、家族も頷いている。
先ほどのナイジェル様への対応で、我が家のエルドレッド殿下への好感度が一気に爆上がりです。ギュンギュン状態です!
「ありがとう。ジャスティーナ嬢には危険なことはさせない。ただ、特異魔法を使って我々を少し助けて欲しい。もちろん、報酬も約束しよう」
「わかりました。不肖な娘ですが、よろしくお願いします」
そう言ってお父様が頭を下げるので、私もそれに倣います。
「詳しいことは後ほど手紙を出すので、確認してほしい」
エルドレッド殿下は来た時と同じ様に、転送魔法で王宮に戻りました。
便利ですね、転移魔法。
こうして、私は特殊調査部隊『梟』への協力を正式に承諾したのでした。
◆エルドレッド視点◆
「あ、殿下! どこ行っていたんですか!?」
執務室に戻ってきたエルドレッドを待っていたのは、彼に仕える黒縁メガネの側近ロナルドだった。
「ジャスティーナ嬢の邸宅にだ」
「はぁっ!? 先触れは? 出してませんよね? 一人で!? 護衛もつけないで!? 正気ですか!?」
「正気だぞ? 俺は一人でも外出できる王子なんだ!」
なぜか得意げなエルドレッド。
「あ〜、もう! 王族が一人で外出できてはいけないんです!!
サルビア伯爵家の方々は、さぞ驚いたでしょう。あとで、お詫びの品と手紙を──。あ、失礼なことはしていませんよね?」
「も、もちろんだ。おお、そうだ。ジャスティーナ嬢に了承をもらったぞ!」
「え?」
「正式に特殊調査部隊『梟』の仕事に協力してもらう事になった。後ほど城に呼ぶ。手紙も書かないとな!」
「そ、そうですか……」
ロナルドは、面倒ごとに巻き込まれてしまった哀れな令嬢に、心の中で合掌した。
「で? 調査の方はどうだ?」
「……パーシーの調査では、また犠牲者が出たそうです」
「そうか」
エルドレッドはソファに座ると、報告書に目を通す。
「末端から崩壊する……、一体どんな病なのでしょうね?」
「医療師や治療師に診てもらっても、肉体には異常はないらしいからな。なら、病ではないのだろう。治癒魔法も効かないというし」
「だったら、一体……」
「であれば、魔法か呪いかその類だろうな。そうなると、解呪は難しい」
エルドレッドの瞳に、鋭い光が宿る。
「ということは、違法魔法具の可能性が……」
「十分あり得る。まったく先日の夜会といい、我が国で不良品をばら撒いているのはどこのどいつなのだろうな! 魔女様がいない期間にこういうのはやめて欲しいところだな〜」
「とにかく、『梟』の出番というわけですね」
「ああ、アンブローズが王になるまでに、少しでも多く『毒』は潰しておきたい」
「──そうですね」
(貴方の方が、王に相応しいと思いますけどね……)
その思いは胸に秘め、ロナルドはエルドレッドの意見に同意したのだった。




