5話合いと言い訳と
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そして、話し合いの当日。
私は左手親指に、エルドレッド殿下から賜った指輪をお守り代わりに着けていました。
何のお守りかと訊かれるとちょっと困りますけど、身分の高い人にもらった物って何らかのご利益がありそうじゃないですか。
チェーンをつけてネックレスにすると結構重かったため、今回は指につけることにしました。
「この度は、誠に申し訳ない!」
「本当に、申し訳ございません!」
ナイジェル様の父上と母上が、深く頭を下げます。
対照的に、当のナイジェル様は悲痛な面持ちで俯いているだけ。それをナイジェル様のお父上が無理矢理押さえつけて、頭を下げさせていました。
ご両親の感性がまともであることに、まずは安堵しました。
今回の話し合いは、私の主導で行って良いとお父様に言われているので、家族は口も手も出さずに見守ってくれています。
さすがに、酷いことになったら、助けてくれるとは思いますけど。
「ナイジェル様が、学園時代から不貞を繰り返していたことは、把握しております」
私の言葉に、ナイジェル様の肩がびくりと跳ねました。
「それは、本当に、申し訳ない……」
「卒業して関係を清算するなら、知らぬふりを通すつもりでした。
ですが、王宮主催の夜会であのような痴態を晒しては、もはや婚約を継続するのは不可能です」
学園を卒業してからも浮気を繰り返す方は男女共に沢山いますが、王宮主催の夜会やお茶会で、男女のそういったことをする方はいません。
流石に、国王陛下の目が届く場所でのいかがわしい行為は、よろしくないからです。
もしそれを許してしまえば、この国の王族は公の場で、そのような行為を認める、ということになってしまいますから。
まあ、それ以外の夜会では、人目につかなければ……。いえ、表向きには禁じられてはいますけどね。
「そ、それは……我々の教育が及びませんでした。本当に申し訳ない! 慰謝料などについては、後ほど……」
「ま、待ってください! 私はジャスティーナと別れたくない!!」
ナイジェル様が唐突に叫び、席を立ちました。
「先日の夜会では、ミキャエラ嬢に愛を囁きながら、激しく睦んでいたのに、よくそんな事がいえますね?」
「そ、それは──」
私の言葉に、ナイジェル様は顔を真っ赤にします。
二人の情事は十分ほどとはいえ、大音量で会場に実況されていましたからね。
まあ、やったのは私なのですが。
どうやら実況された内容は、お二人が丁度クライマックスに突入した時だったようで、何度も何度も、お互いに名前を呼び合いながら愛を叫んでいたそうです。
……私自身は、王太子殿下の暗殺阻止に忙しくて、詳しく聞き届ける余裕はありませんでしたが。
ちなみに、ナイジェル様やそのご家族は、私や家族が特異魔法を持っている事を知りません。
知られると面倒という事で、教えませんでした。それが功を奏しましたね。イエイ!
「もはや、お二人の仲は社交界公認。貴方に残された道は、責任を取ってミキャエラ嬢と結婚するしかありません」
「し、しかし、私は……」
「もし、ミキャエラ嬢と添い遂げると誓うなら、彼女への慰謝料は条件付きで免除しても構いません」
「え? 彼女にも慰謝料を請求するつもりなのか?」
「……当たり前ですね。貴方と彼女が浮気をしたから、この婚約は破綻したのですから、二人の責任です」
「……」
「もし、ミキャエラ嬢と結婚し、死ぬまで離縁しないのなら、ミキャエラ嬢への慰謝料は免除します」
厄介な方々は、ひとまとめになっていた方が色々と都合がいいのです。
「そ、それは──」
「もちろん、結婚する、しないは貴方たちの自由です」
正直、ミキャエラ嬢には彼の浮気の証拠を盛大にいただいたようなものなので、感謝の方が大きかったりします。
しかし、貴族としての面子がありますので、眼に見える謝罪は頂かないといけないのです。
まぁ、夜会の実況で相応の罰は、受けているともいえますけど。
「でも、私は本当にジャスティーナのことを……」
「それなら、浮気をしなければよかったのです。ナイジェル様はそれができなかった。だから婚約は破談になったのです」
「でも、みんなも同じように遊んでた! なぜ私だけが──」
明るい青髪に深い緑色の瞳を持つナイジェル様が、涙を流しながら訴える様は、一見すれば絵になりますね。一応イケメンの部類なので。
叫んでいる内容はあまりにも幼稚で、情けないものですが。
「その皆さんは、王宮主催の夜会でも浮気をしていたのですか?」
「そ、それは……」
「みなさん、遊んでいても時と場所は弁えていますよ?」
「……」
「それとも、私にお二人の仲を引き裂く邪魔者──いいえ、お二人の愛を燃え上がらせるスパイスになれと?」
どうせ学園時代は、それで盛り上がっていたのでしょう。
特異魔法で収集した、浮気あるある話ですわ。
「そ、それは……。でも、それでも、私はジャスティーナのことが好きなんだ! 愛しているのも、君だけなんだ!!
──ミキャエラとは、その、君に会えないのが寂しくて、それで彼女で紛らわせていたんだ……」
「あら? あんなにミキャエラ嬢を愛していると、叫んでいたのに?」
「あれは、そう言うとお互い盛り上がるからで、本心ではないんだ……。
私はただ、本当に寂しかっただけなんだ。わかってくれ、ジャスティーナ。愛しているのは君だけなんだ……」
まるで悲劇のヒーロー気取りですね。
ルイザの持っていた扇子が、バキリと嫌な音を立てます。
まだ、我慢してくださいね。
「つまり、貴方は自分の浮気を我慢しろ、ということを仰りたいのですか?」
「そ、それは……」
「今回のことでナイジェル様は、自分が寂しいとそれを浮気で紛らわせる方だということが、わかりました。
それはつまり、私にそれを我慢して結婚しろということですよね?」
「……そう捉えられても、仕方がない。だが、心だけは君のものだ。
確かに私は意志が弱いところがある。だが、それを君に支えて欲しい! そんな弱い私を、許して欲しい!!」
お父様とお母様のまとう殺気が尋常ではありません。
抑えてくださいね?
対してナイジェル様のご両親が、徐々に負のオーラをまとい始めているのが心配です。
大丈夫でしょうか?
「お断りします。婚約解消は決定事項。変更はありません」
「ルイザ! 君と私のこの五年間は、こんなことで終わってしまうのか!?」
「終わらせたのは、ナイジェル様ですね。
五年といっても貴方と交流したのは初めの三年間のみで、後の二年間は貴方とお茶会すらしなかったですし、手紙一つよこさなかったではないですか」
「そ、それは、忙しかったので……」
「浮気をするのに、ですか?」
「ち、違う!」
なんてしつこいのでしょう。
まるでルイザの作ったフロランタンみたい!
美味しいのだけど、水分が多いせいで歯にくっつくのです。でも不思議とたまに食べたくなるのよね……。
あら、ルイザのフロランタンは美味しいから、ナイジェル様と比べるのは失礼ね。
なんだか食べたくなってきたので、後でルイザに作ってもらいましょう。
「そもそも、私はナイジェル様を愛してはいません」
「え?」
「浮気もせずに、私だけを大切にしてくださるのなら、愛するつもりではいましたが、既にその気はなくなりました」
「そ、そんな……」
「そもそも、ナイジェル様。貴方、まだ私に対して謝罪の言葉を述べてはいませんよね?
ご両親からは謝罪をいただきましたが、貴方の口からはまだ聞いていません。言い訳は、たくさん頂きましたけどね」
「え……? あ──」
ナイジェル様は、目を丸くしました。
まさか、謝るという意識すら欠落していたのでしょうか?
「す、すまない、ジャスティーナ。だが、私は本当に……」
この人、本当に自分のことだけですね。
自分の意見や希望をどうしても通したいけど、相手の気持ちはどうでも良いみたいです。
……なんだか、ひどく失望しました。
今でこそ、ナイジェル様にはそこまで興味はないのですが、婚約した当初は多少思うところはあっても、彼自身のことはそこまで嫌いではありませんでしたから。
むしろ、優しく紳士的な彼に好意を持っていました。
まあ、相手をまだよく知らなかっただけかもしれませんけど。
しかし、彼は変わってしまった様です。
私が卒業した後の学園で何かがあったのか、それともこれが彼の本性なのかは、わかりませんけどね。
思い出の中の彼は、少なくともこんなのではありませんでした……。
「ジャスティーナ、お願いだ。もう一度だけ……!」
「ナイジェル様、良い加減に──」
「おい。そろそろ返事が欲しいのだが?」
聞き慣れない、けれど威厳に満ちた声が、重苦しい空気を切り裂きました。
「そうそう、返事が……って、え?」
視線を上げると、そこには不敵な笑みを浮かべたこの国第一王子、エルドレッド殿下が立っていました。
え? え? 何故ここに!? 夢!? 過度なストレスによる幻覚!?
意外な人物の突然の乱入に、その場にいた全員が固まりました。
一体、どういう事です──!?




