4そろそろ元が着く予定の婚約者とサルビア伯爵家
◇
「ジャスティーナ、話を聞いてくれ!!」
「……」
邸宅に帰り着くと、我が家の門前には婚約者のナイジェル様が待ち構えていました。もうすぐ『元』が付く予定ですが……。
どうやら我が家の敷地内には入れてもらえず、門番に追い返されたようです。
乱れた夜会の正装のまま立ち尽くすその姿は、お世辞にも高貴とは言えません。
「ナイジェル様、夜会の翌朝に先触れもなく訪ねるなんて、マナー違反ですわよ?」
私は扇子で口元を隠しながら告げます。
夜会は大抵、夜の二十時から二十一時頃に始まり、明け方付近まで行われます。
そのため、翌日は休日となるのが基本です。次の日にすぐ尋ねるのはマナー違反になるのです。
急用や事前に予定が入っているなら、別ですが。
ナイジェル様は夜会の後、その足で我が家に来ています。
先触れもないようなので、かなりよろしくない。不義理もしていますので、門前払いは当然です。
ちなみに、夜会は王家などへの挨拶が済めば基本的には帰っても問題はないですが、大抵は二、三時間はいるのがマナーとされています。
婚約者などのパートナーがいる場合には、その間にダンスを最低一曲は踊ります。
「あ、あの、昨夜の夜会での事なんだが、誤解なんだ!!」
一体何が誤解なのでしょう?
必死な形相ですが、マナーも誠意も欠いたその振る舞いに、私は冷ややかな視線を送るしかありません。
「ナイジェル様、この五年間、ありがとうございました」
「え……?」
「この婚約は、ナイジェル様の強い希望で整ったと聞いておりましたが、どうやら学園に通っている間に、心変わりをなさったご様子。どうぞ、新しいお相手様とお幸せに」
「ジャスティーナ? ち、違うんだ、彼女は──」
「ミキャエラ・トレニア男爵令嬢。昨夜、貴方が声高らかに愛を叫んでいた女性ですわね?」
息を呑むナイジェル様。
そりゃ、浮気の疑いが出た時点で、相手のことは調べますよね?
私はさらに言葉を重ねます。
「まさか、若い女性の春を奪っておいて、その言葉は、その場のノリだった、などと言うつもりはありませんわよね?
まさか、彼女との関係が遊びだったなんてことも、もちろんありませんわよね?
男と女では、一回の行為の重みが違いますのよ? 貴族ならなおさらです」
相手が初めてかどうかは、存じ上げませんが。
まあ、最近では貴族の令嬢でも、妊娠していなければ純潔でなくても問題ないという風潮もありますけどね。王族などに嫁ぐ場合は別ですが。
「……」
「婚約に関しては、後ほど話し合いましょう、ナイジェル様も夜会で体力を使ってたようですし、お疲れでしょう?
私も、一曲も踊れなかった夜会で、ひどく疲れましたの」
もちろん、嫌味ですわ。でも、ひどく疲れたのは本当です。
「ジャスティーナ……」
「ナイジェル様、今日はお帰りください。後日ちゃんと話し合いましょう」
もう一度、諭すように言い含めると、ナイジェル様は言い訳を飲み込んで、スゴスゴと帰って行きました。
……最後まで、謝罪の言葉はありませんでしたね。
本当に、残念です。
さて、お父様たちに説明をしないと。
でもその前に寝たいですわ〜。
ダンス踊っていないのに、本当にすごい疲れてるのよね〜。
なんでかなと思ったら、ほぼ、エルドレッド殿下のせいですわね〜。
肉体ではなく、精神の方が疲れていますわね、コレ。
お風呂に入って、さっさと寝ましょう!
家族への説明はその後でしますわ〜。
◇
「で? 何があった。ジャスティーナ?」
お気に入りの入浴剤を入れたお風呂にゆっくり入り、たっぷり七時間眠って心身ともに回復したところで、サルビア家の家族会議が始まりました。
「あの生中継、お姉様よね? 他にあんな魔法使える人いないし、相手はあのボンクラだったし」
「落ち着きなさい、ルイザ。でも、これでプルサティラ侯爵家との婚約は、相手有責で破棄できるわね」
お父様とルイザ、それにお母様の視線が一斉に集まります。
「えーと、みんな落ち着いて……」
私は家族に、夜会で起きた一部始終──ナイジェル様の不貞と、王太子殿下暗殺の阻止、そしてエルドレッド殿下の特殊捜査部隊『梟』への勧誘について説明しました。
「はあ、エルドレッド殿下の件は仕方がない。協力してあげなさい」
「お父様、良いのですか?」
「王家に恩を売っておくのも良いだろう」
「特異魔法のことも話してしまいました」
「まあ、それくらいはな。我々の特異魔法は隠しているのではなく、聞かれていないから、話していないだけだ」
「わかりました」
それなら、いいのかしら?
それにしても、特殊調査部隊って何をするんでしょうか?
騎士団や魔法師団を動かしづらい事件の調査・解決と言われても、具体的にはよくわからないのです。
まあ、調査部隊なので、何かを調べるのが主なお仕事なのでしょうが。
「問題は、ナイジェル殿のことだな。全く忌々しい!」
「本当ですわ、我が家を引っ掻き回した挙句がこれよ!」
「ええ。相応の罰を与えないと、気が済みませんね。お姉様が許しても、私が許しませんからね!! アイツのせいで、私は魔法師の夢を諦めたんですよ!?」
「あの、大音量でナイジェル様の浮気を実況したことは……?」
「よくやった」
「映像も展開できたらよかったのにねぇ」
「ザマァですわ」
お咎めはなしでした。
「だが、外ではザマァとかは言わない様に。あくまでも、浮気された哀れな令嬢として振る舞うのだ」
「はい〜」
我が家ではナイジェル様の有責での婚約解消が、満場一致で決まりました。
明らかに相手の有責ですが、一応、爵位はあちらの方が上。その辺は穏便に済ませることにしたのです。
ルイザは不満な様子でしたが。
浮気相手については保留。
おそらく、ミキャエラ嬢はナイジェル様と結婚することになるでしょうから、そうなったら条件付きで慰謝料は免除、そうでないなら通例通りに慰謝料を請求します。
これは話し合いの後に書類を作成し、送る予定です。
学生時代の浮気相手については、追求が煩雑になるため放置。まあ、相手は殆どミキャエラ嬢だったらしいのですけど。
とにかく、ケジメはつけましょう。
◇
伯爵家長女である私、ジャスティーナ・サルビアと、侯爵家の後継ぎのナイジェル・プルサティラ様が婚約したのは、五年ほど前。それぞれが十四歳の時でした。
我が家では、長女の私が家を継ぎ、魔法の才能があった妹のルイザは魔法師になる予定でした。
ですが、うちに婿入りしてくださる良い殿方がなかなか見つからず、ナイジェル様がどうしてもと強く私を婚約者に望んだため、ルイザが我が家を継ぐことになり、彼女は夢を諦めざるを得なくなったのです。
私もルイザも抗議をしましたが、爵位が上の者に頭を下げられては、受け入れるしかありません。
私はまだしも、魔法師を志していたルイザの落胆は相当なもので、自身の将来を受け入れるのに、かなりの時間がかかったのです。
この時のことがトラウマとなり、ルイザは自分の認めた人物とでないと婚約しないと決めた為、彼女には現在まで婚約者がいません。ですが、文句は言えません。
この国の貴族は男女共に、十四歳から十八歳の間のどこかで三年間、王都にある貴族学園に通うことが推進されています。
魔法の才能がある人は魔法学校へ、騎士を目指す人は騎士学校へ通うこともありますが、そうでないなら貴族学園に行くことが一般的です。
私はさっさと学園を卒業して、父の仕事の手伝いをするつもりだったので、十四歳から三年間、学園の領地経営科に通っていました。
私の場合は嫁いでも役に立つことを勉強していたので、特に問題はなかったのですが、ルイザの場合は魔法学園への入学準備を楽しみにしていた為、かなりの無理を強いられていたはずです。
今回の事で一番頭にきているのは、おそらくルイザでしょう。
ちなみに、国に仕える公務員の魔法使いのことを、魔法師と呼びます。
なお、ナイジェル様は十六歳から十八歳の間に学園に通っていました。
私と在校時期が被っていた一年間は問題なかったのですが、私が卒業してからの二年間は、浮気をしまくっていたそうです。学園内でも有名だったとか。
そしてその悪癖は、卒業しても治らなかった。
特にナイジェルが懇意にしていたのが、ミキャエラ嬢というわけです。
なお、彼が十六歳から学園に通っていたのは、彼のご両親が過保護だったからだそうです。
彼には弟さんと妹さんがいますが、その二人は十四歳の頃に貴族学園に通わせていたそうなので、相当ですね。
ナイジェル様、見た目はイケメンですごく勉強ができそうなのに、実際にはそうではないのです。
いえ、頭は悪くないし、ちゃんとやればできる方なのですが、どうも誘惑に弱いようで……。
ちなみに、ナイジェル様が浮気に勤しんでいる間、私は実家の手伝いをしていました。
彼が卒業するまでは暇でしたからね。
まぁ、こうなったのも彼の心をちゃんと掴んでいなかった、私のせいでもあるかもしれませんが、でも、浮気を堂々とする相手は、無理ですね……。
というわけで、話し合いに向けて我が家は、準備をすることになりました。
話し合いは三日後。
手紙を届けてもらったのですが、無事了承してもらったそうです。
さあ、ナイジェル様をぶちのめしますよ!




