32彼らのその後
◆ミキャエラ(ミカ)視点◆
「ミカさん、お待たせしました!」
「すみません、オレが寝坊しました〜」
「気にしなくていいよ。実はわたしも、少し遅刻した……」
最近のわたしは、冒険者ランク昇級試験で出会ったマリアと、彼女と同じ孤児院出身の青年シリルと一緒に、パーティーを組んでいる。
無事、わたしもマリアも、そしてナイジェルもC級に合格した。
シリルはすでにB級らしく、色々助かるのだ。
ナイジェルとはその後離れ、パーティーを組むことはなかった。
一応冒険者としては頑張っているらしく、たまに見かけるが、会話はない。
これってつまり、ナイジェルルートから外れた、ということでいいのかしら?
それなら、他の攻略と関係を持たなくていいから、助かるんだけど……。
「じゃあ、行こうか」
「今日は討伐と採取の依頼ですね!」
「大蟹の爪、十個? 蟹パーティーでもすんのか?」
大蟹は魔獣だけど、人気食材の一つだ。
通常のカニよりも大きく(中型犬くらい)、特に爪部分が身が詰まってて美味しいらしい。それ以外の部分は、あまり美味しくないとか。
ちなみに、元が虫でも海産物でも、魔獣と呼ばれる。でも、一部では虫系魔獣は魔蟲とか呼ばれることもあるので、その差はよくわからない。
「あるいは、すんごい蟹好き?」
「だとしても、冒険者ギルドに依頼を出すとか、お金持ちですね!」
……ふと、ワインレッドのマントをしている女性を見かけて、目線が惹きつけられる。
だけど、やっぱり彼女じゃなかった。
C級合格の報告をし、お祝いをした後、リビーとは連絡が取れなくなった。
いや、そもそも私は連絡先どころか、彼女の詳しい素性すら知らなかったのだ。
冒険者になってから一ヶ月ちょっと。
いつもリビーと一緒に行動していたから、連絡手段なんて特に気にしたことがなかった。
冒険者ギルドや、先輩冒険者にリビーのことを聞いたが、登録していた名前は偽名で、その素性は誰も知らなかった。
リビーの行方を探したいところだが、わたしも慰謝料を稼がないといけないから、それも難しかった。
「どうかしましたか? ミカ」
「あ、ちょっとぼーっとしてた。そうだ、マリア、また時間ある時に魔法教えてよ!」
「いいですよ〜」
マリアの教え方は結構うまいので、平民向けのそういった先生になると、いいんじゃないかなって思う。
「しかし、大蟹の爪を十個か〜。持って帰るだけでも少し大変だな〜」
「それなら、心配ないわ!」
「え?」
わたしは腰につけていたバッグを、二人に見せる。
「これって……」
「亜空間収納鞄!?」
「そうよ!」
ファンタジー世界の便利グッズ、亜空間収納の鞄バージョンだ。
腰につけるタイプでコンパクトなのに、すんごい収納力!
「買ったの!?」
「高かっただろ!?」
「中古だからね〜。まあ、多少借金はあるけど、これで獲物の持ち運びが楽になるわ!」
ミッキーの防具屋に、武器や防具の手入れ用品を買いに行った時に、めちゃくちゃお勧めされたのだ。
中古とはいえ、安くはなかったけどね。
「よし、張り切って討伐しよう!」
わたしたちは、シリルの持っている転移魔法具で、大蟹の生息地へと転移した。
ちなみに、シリルが携帯型亜空間収納を持っていないのは、転移魔法具を買ったかららしい。
◇
その後、無事依頼を終えて、馴染みの宿屋へと戻ってくる。
二人は冒険者ギルドの近くに部屋を借りているらしいので、お別れ。
明日は土の日ということもあって休みにしたから、のんびりできる。
わたしは、ディメンションバッグの整備をしようと、中に入っているものを一度全て取り出した。
着替えや、回復薬など、いろいろなものが入っている。
取り出したものの中に、一通の手紙があるのに気づく。
そんなものを入れた覚えはなかったが、中身を確認してみる。
「え? これって──」
中には、リビーの文字で書かれた手紙が入っていた。
内容はわたしとナイジェルに向けたもので、自分の命が長くないことと、犯した罪の話。そして、ピエリス子爵について。
想像を絶する内容に唖然とした。
だが、同時にわたしたちに良くしてくれたのは、この世界に自分が生きた証を残したかったからだと綴られており、わたしは少し泣いた。
彼女の家を陥れたターフ子爵と同じことを、わたしとナイジェルはしたのだ。わたしは、リビーとは一緒にいられないということも理解した。
彼女はこちらの事情は、知らないのかもしれないけど……。
というか、このディメンションバッグ、元はリビーのだったのね……。そういえば、金策のために売ったとか言ってたわ……。
ミッキーが必死にわたしにお勧めしてきた理由が、わかった。
「一応、あいつにも知らせた方がいいか……」
翌日、わたしはナイジェルにも手紙を読ませようと、彼に接触した。
「ミカ? どうした?」
「リビーからの手紙。一応、アンタにも読ませた方がいいと思って」
「……わかった。どこかに入ろう」
わたしたちは、いつもリビーと三人で使っていた冒険者ギルド公認の食堂へと入った。
長居する気はないので、エールと軽いおつまみを頼む。
「……」
注文した品はすぐに来た。
ナイジェルが手紙を読んでいる間、私はそれをちまちまと口に運ぶ。
全て読み終わると彼はわたしに手紙を返した。それを、大切にディメバッグにしまう。
「ありがとう。その、リビーは今頃……」
「おそらく、すでに亡くなっているか、生きていても長くはないのでしょうね。こちらになんの連絡もないということは、すでに捕まっているのかも」
「……彼女には、世話になったからね」
「そうね……」
「──アンタ、今は誰かと組んでるの?」
「いや、基本一人だ。たまにどこかのパーティーに入れてもらうこともあるが」
「ふーん。まあ、ちゃんとやってるならよかったわ。じゃあ、わたしは帰るから……」
わたしはエールを飲み干した。この温さにも慣れてきたわよね……。
「ミカ」
「何?」
「この後、私の泊まっている宿に来ないか?」
「……なんで?」
行く理由がないんだけど……。
「リビーがこんなことになって、寂しいだろう? 私も寂しい。だから一緒に慰め合おうかと思って……」
「ああ、娼館、今日休みだもんねぇ」
娼館にも月に一度、定休日ってあるそうね。
「あ、いや、その……」
「生憎、そういうのは間に合ってるから、遠慮するわ。アンタも、あんまりお金使いすぎない方がいいんじゃない? それじゃあね」
「あ、ミカ……」
「それじゃあね!」
わたしは自分の分の飲食代をテーブルに置いて、食堂を後にした。
あのバカは、どんだけわたしを失望させれば気が済むのかしら?
もはや、転生に気づいて、攻略対象のナイジェルと出会った時の感動は
すっかり失望へと変わってしまっていた。
わたしの勝手な思いだけど、許せなかった。
そのまま、ナイジェルとは疎遠になった。
わたしは、リビーの現在の居場所を探し出し、手紙を書いた。
返信は、特に期待していない……。
◆オリビア(リビー)視点◆
「……」
誰も面会に来る者がいない、檻の中。
といっても、衣食住は充実しており、不便はない。
彼女は、そんな場所に届けられた手紙に目を通す。
最後に何かを残したいと思って一緒にパーティーを組んだ二人。
その一人から手紙が来たのだ。
もちろん中身は看守に事前に確認されているが、ここまで届けられたということは、内容には問題ないということだろう。
読んでみると、彼女に対してのお礼と、差出人の近情。元仲間に対しての愚痴と決別する意思。そして、新しい仲間について。
もう一人については残念ではあるが、彼女だけでも真っ当に育ってくれて、リビーは微笑んだ。
持っていた手紙を落としてしまう。
このところ、手に力が入らないことが増えた。
終わりは近い。
それでも、きっと、思っていたよりも安らかな気持ちで終わることができることに、オリビア──いや、リビーは少し罪悪感が湧いた。
(もっとも、冥界に行ったら、また苦労するのだろうけどね)
この国の第一王子の言葉を思い出し、リビーは窓の外を見た。
格子がはめられた窓からは、青い空が見えた。
そこへ、一羽の黒い小鳥が止まる。
その小鳥が、何かを部屋の中へ落として去っていった。
「?」
オリビアは席を立った。
拾ってみると、それは小さな丸薬だった。
(はあ、こんなことをしなくても、口なんて割らないのに……。まあ、いいか)
その日の夜。オリビア・ピエリスは息を引き取った。
死因は服毒による自死。
しかしその毒がどうやってもたらされたのかは、現在調査中である──。
◆ベンジャミン・ターフ視点◆
オリビア・ピエリスが収監されたことによって、ベンジャミン・ターフが元婚約者に対してしていた所業が、世間に暴露されてしまった。
それだけではなく、ベンジャミンがあの日見せられた『ピエリス子爵家の悲劇』という活画が、国中にばら撒かれてしまったのだ。
内容は、ベンジャミンがあの場所で見たものに追加されている部分もあったが、彼らが行った非道はそのまま、ぼかすことなく収録されていた。
ピエリス子爵以外の人名は出てこないが、その家の関係者を知っていれば、相手が誰かなどは容易に割り出せた。
そうして、世間から冷たい目で見られるようになったベンジャミンは、王都から領地へと引っ込んだ。
国からは話を聞かれたが、ベンジャミンは自分がしてきたことを否定した。
領地へ戻ることは、所在がわかる魔術を施されて許された。
彼は己の要望がすんなり通ったことを不審に思ったが、気にしなかった。
それは、彼がもはや助かる見込みはないと判断されたための措置だったが、その事実を彼が知ることはなかった。
彼の両親は、彼の所業を認め、最後まで彼の世話をすることに決めた。
領地に戻ったベンジャミンは仕事もせず、酒浸りの毎日。
両親は、そんな彼を腫れ物のように扱ったが、責めることはなかった。
彼は、自分の身に起きたことを憂いてはいても、ピエリス子爵に対しての謝罪の気持ちは全くなかった。
ジミー・モスは真実を知ったショックで、邸宅にずっと引きこもっているらしいが、それもどうでもよかった。
ふと、自分の左手人差し指が黒ずんでいることに気づく。
そして、思い出す。
『呪いはすでにかけられている』という彼女の言葉を。
真のターゲットは自分であることを。
一瞬にして、血の気が引いた。
女の笑い声が、聞こえた気がした……。
その後、ベンジャミンは彼の仲間と同じ症状を、三年間たっぷりと味わい、誰にも惜しまれることなく、亡くなることになる。
彼の葬儀には、薄ら笑いを浮かべた女の姿がたびたび見られたが、それが誰なのか知る者はいなかった。
治療師や魔法師達のベンジャミンへの見解。
「もう手の施しようがないから、放置で」




