3特異魔法は『音量調節』
◇
「では改めて名乗らせてもらう。俺はエルドレッド・フェンネル・カナリアアウルム。この国の第一王子だ」
「サルビア伯爵家長女、ジャスティーナです」
「ではジャスティーナ嬢、説明してくれ」
「は、はい……」
案内されたのは、重厚な調度が並ぶ応接室でした。
対面に座るエルドレッド殿下の傍には、黒髪を一つに結んだ、黒縁メガネの真面目そうな男性が控えています。側近の方かしら?
見たことある気がするのに、名前が出てきません。
目の前のテーブルには、その側近の方が用意してくれた紅茶が置かれます。
「あの、その前に家族に事情を、説明してほしいのですが……」
黙って姿を消したとなれば、後でどんなお説教が待っているかわかりません。
というか、魔動目印使えばよかったんですわ……。
「君のご家族には説明済みだ。まあ、色々と大変そうだったが……。
先に帰るそうだ。君のことは俺が責任を持って送り届けるから、心配しなくていい」
「あ、はい」
ナイジェル様の件ですね〜。
戻ったら、私も大変なことになりそうです。
「えーとそれでは……」
観念した私は、自分の特異魔法〝音量調節〟について打ち明けることにました。
ちなみに、特異魔法とはその人が生まれつき持っている、特殊能力みたいなものです。
普通の魔法とは違い、修行をしなくても使えますが、鍛えれば成長もします。
ただ、持っている人は少ない上、その種類もピンからキリまであるのです。
「音量調節だと?」
「はい。その名の通り、自分や周りの音の音量を調節できる特異魔法でして〜」
「な、なるほど……?」
……ちょっと、ピンときませんか。
「えーと、実践しても?」
「それは──」
「良いだろう。やってみろ」
メガネさんは躊躇していましたが、エルドレッド殿下は了承してくださいました。
「では……」
私は目を閉じ、周りの音を探ります。
そして私の耳が、部屋の外を通りかかった侍女達の声を拾いました。
その声を私たちだけに聞こえるように、調節します。
『そろそろ、夜会も終わるから片付けの準備しないとね』
『そうですね』
『そういえば夜会で聞こえてきたあの声、なんだったの?』
『さあ? 王宮からの発表はまだないわねぇ』
そんな会話が、まるで隣で囁かれているかのように、私たちだけに聞こえます。
「こ、これは──」
「なんと!?」
エルドレッド殿下とメガネさんが、驚いています。
「このように、聞きたい音だけを拾うことも、特定の対象の声だけを大きくすることも可能ですね」
「──それは、君の婚約者の浮気をバラしたようにか?」
「……はい」
まあ、ここまで説明したら、あの生中継も私の仕業だとバレますよね〜。
「あれは、その、王太子殿下の暗殺計画もなんとかしなければと思いまして、ああすれば家族が気づいて、どうにかしてくれるかと……。
正直、焦ってしまいまして、あのようなことになりました。お騒がせしてしまい、申し訳ありません」
「復讐するつもりは、なかったと?」
「ないとは言い切れませんが、それが目的という訳ではなかったです」
これは本当。……本当ですよ?
「謀反者や、レイクドレイクを倒したのは?」
「音量を大きくして私の声を、彼らの耳だけにお届けしました。鼓膜にダメージを受けると、平衡感覚などが狂いますので。
レイクドレイクの方は、骨伝導を利用して、脳にも深刻なダメージを与えたのですが……」
「そ、そんなことが……」
「暗殺し放題ではないか……」
「いえ、こんな微妙な特異魔法、私ぐらいしかいませんから、すぐに出所がバレますわ」
「それにしても、その、やり慣れていたな……?
躊躇がないというか……」
「ええと、私の家の領地には、魔の森がありまして……。
強力な魔獣や魔物は出ないのですが、良い魔力資源が取れるのでたまに散歩がてらに取りに行くのです。その時によく、実践しておりまして……」
「実戦……?」
あら? なぜか側近メガネさんがドン引きしています。なぜ?
「……ふむ。君の特異魔法は、記録はできるのか?」
「え? あ、はい。魔法で音量は調節していますが、音自体はその人や物が発したものですから」
魔法で作り出した音声などは、記録媒体に残らないこともあるらしいです。それ専用の記録媒体もあるとか。ちなみに、ものすごく高価です。
「例えば、人間の耳に聞こえない音を聞こえるようにすることは?」
「え? やったことがないので、なんとも……」
魔獣や動物の中には、そういったものでコミュニケーションを取るものもいるらしいですけど、そんな動物と触れ合う機会なんてないですからね。
うちの領地の魔の森にも多分出ません。いえ、私が気づいていないだけかもしれませんが。
「では、無音にすることは?」
「できますよ。特定の人物だけに聞こえるようにすることも」
内緒話し放題ですね。
「……エルドレッド様」
「ああ」
エルドレッド様とメガネさんは、意を決したように頷き合います。
「ジャスティーナ嬢、君に我々の仕事を手伝っててほしい」
「仕事、ですか?」
第一王子は王位継承権を外されて、自暴自棄となってグレているという噂がありましたが、そういうわけではなさそうです。
まあ、私は信じていませんでしたけど! ええ、本当ですとも!!
「俺は特殊調査部隊『梟』の隊長を務めている」
「と、特殊調査部隊『梟』!?」
何? その、なに? なんです!?
「最近新設された組織でな。まだまだメンバーが少ない。
仕事内容は主に、騎士団や魔法師団を動かしづらい事件の調査・解決などだな。
今回、君が見つけてくれた謀反人達も、アンブローズの命を狙う不届き者であったが、君のおかげで大ごとになる前に捕えることができた。礼を言うぞ!」
そう言って誇らしげに笑う殿下は、噂のグレた王子様ではなく、正義感の強い少年のように見えました。
「──エルドレッド様は、王太子になれなかったことを気にしていないのですか?」
不躾な質問だと思いましたが、つい口から出てしまいました。
しかし彼は、あっけらかんと答えます。
「いや? 特には? 世間では俺の方が王に相応しいなんて思っている者もいるが、そんなことはない。
俺はアンブローズの方が王に相応しいと思っていた。むしろ、今の俺の立場の方が、あいつを守れるから都合が良いんだ。
それに、俺の方が強いからな!」
「そ、そうなんですね」
本当に気にしてはいないみたい。
他の国じゃ、殺し合いに発展しそうな事なのに。
でもその言葉で、私の警戒心も少しだけ解けました。
この方は多分。良い人です。
「それで? 返事はどうだ?」
「と、言われましても〜」
我が家系の特異魔法については、基本的に家族以外には秘密。理由は色々面倒なことになるから。
特異魔法を持っている人は少ないので、特に口外しなくても問題はないのです。
まあ、幼少期に神殿で魔力測定をするので、神殿の記録には残っているのですけどね。
でも、特別な許可がないと閲覧はできないですし、閲覧者がいたらその家に連絡が行き、その記録も残るので、神殿経由で調べる人もいないのです。
「すぐには難しいでしょうからね。今日は帰ってもらって、ご家族と相談することも必要でしょう」
側近メガネさんが、エルドレッド殿下をたしなめます。
「し、しかしだな……」
「新設した組織の地位を、早く確固たる物にしたいのはわかりますが、焦っても良いことはありません」
「う、うむ。そうだな。ジャスティーナ嬢、今日は帰ってもらって構わない。その、近いうちになるべく早く答えをくれると、ありがたい」
「は、はあ……」
「それと、ああそうだ!」
エルドレッド殿下は自分の指から指輪を外すと、それを私に渡しました。
「これを持っていてくれ」
黒色の大きな石がついた、シルバーの指輪です。
男性用なので、少々ごつい。
「これは?」
「転移の際の目印になる。まあ、念の為に。できれば常に持っていてもらうと、助かる」
「わかりました」
王族にそう言われては、断れないので受け取ることにしました。
私の指には大きすぎますね。
親指ならつけられるかしら? 無理そうならチェーンでも通してネックレスにするしかないですね。
「まあ、婚約者のことで何か言われたら、俺も口添えするから安心してくれ」
「ありがとうございます」
それはとても助かりますね!
そうして私は、王族の馬車で王都の邸宅まで送ってもらいました。
既に、空が明るくなってきています。
今日の天気は、晴れのようです。
なんだか過去一で、疲れた夜会でしたわね……。




