29衝撃波
◆◇◆
「マ、マズイですわ……!」
このままだと、ターフ子爵が大変なことになりそうです!
とはいえ、どうしましょうか。
ここで話を録音するだけというのも、憚られます。
ですが私、魔法は全属性一応使えますが、得意ではないのです。
なんというか、威力が弱いのです……。
部屋に火をつける……のは、良くないですね。ここがどこかもわかりませんし、そもそも蝋燭の火程度の火魔法では、延焼まで時間がかかりすぎます。
魔動ランプは火を使っていませんし……。
……これはもう、ドアをぶち破るしかありませんね!
「おりゃ! おりゃ!」
というわけで部屋の扉に体当たりしたり、蹴ったりしているのですが、びくともしません。
な、なんて強靭な扉……。
あとできるのは、特異魔法の音量調節ですが……。
あ、生物の鼓膜を破れるのなら、物も壊せるのでは?
音は振動ですし、今は亡きお祖母様が昔、声でグラスを割っていたのを見た記憶があります!
共振? 共鳴? とか、固有振動? がどうとかって、言っていたような気がします!
とにかく、音でドアを壊せるかもしれません。
早速、やってみましょう!
『わっ!!』
私は声を届ける範囲をこの部屋の扉に設定し、魔力を最大限に込め、最大出力で声をぶつけました。
すると、扉どころか周りの壁まで雷鳴のような音を立てて、吹き飛んでしまいました。
同時に部屋の壁に亀裂が入り、窓ガラスが割れてしまいます。
私も衝撃で少し吹っ飛び、ベッドに倒れました。おかげで大きな怪我はありませんでしたけど……。
でも、なんか思っていた壊れ方と違いますね? 想定では、ドアだけが壊れるはずだったのに……。
……まあ、出られそうなので、いいでしょう!
「な、なんだ今の轟音は!?」
「窓ガラスが全部割れてる!?」
「あ!」
「あ……」
ノコノコと部屋から出ると、怪しい男女に鉢合わせしてしまいました。
あ、一人は夕暮れカフェのカールさんです。
マズイですわ!
「ジャスティーナ嬢!? 何があったんです!?」
「え? えーと? と、扉が突然、爆発? したんです!?」
「扉が!? なぜ!?」
「さ、さあ……?」
警戒されると、厄介ですからね! しらばっくれましょう!!
「魔法の残滓が残ってる。このご令嬢が何かしたね?」
女性の方、確かオリビアさんが言いました。スルドイ!
「え? えーと、その……」
「どうする?」
「部屋も酷いな……。仕方ない、とりあえず手縛って、こっちに連れて来て」
「ひえぇぇ〜」
と、とりあえず、逃げましょう!!
私はカールさんを突き飛ばし、走り出しました。
「あ、待って!」
「そちらは……!」
私が逃げた先は、広い玄関ホールです。
夜会を主催する際には会場になる場所です。もっとも、例外もありますけど。
しかしそこは、優雅な場所とはかけ離れた状態になっていました。
ベッドが設置され、その上には四肢を拘束された、ターフ子爵。
その近くにあるソファーには、両手両足を縛られ、怯えた表情のジミー・モス男爵子息。
そして天井には巨大な魔法陣が展開され、巨大な半透明の女性が浮いています。幽霊!? 頭が三つ、腕が6本あります! 奇怪なっ!?
「はあ、思っていた以上に、お転婆なお嬢様みたいだね……」
「ボクはそこが好みですけどね!」
オリビアさんとカールさんが、後から追いつきます。
「邪魔をしなければ、何もしないで帰します。ですので大人しくしていてください」
「ですが、このままだとターフ子爵を害するのでしょう?」
「今すぐ、どうにかするわけではありませんよ? まあ、呪いはかけますけど」
「それを、見過ごせと?」
「我々は彼に陥れられ、領民を害され、その領地と爵位、そして父と姉を失いました。これはその復讐なのです。それとも、あなたは我々に泣き寝入りをしろと?」
「そ、それは……」
難しい問題です。貴族同士なら、色々とやりようはありますが、貴族籍がなくなると平民が貴族をギャフンと言わせることは難しいでしょう。
ですが……。
「いいえ、やったらやり返されるそれはどの世界でも同じです。そこに身分は関係ないと思います」
あくまで、私の意見ですよ?
「だったら──」
「ですが、何事にも限度があります。やり過ぎれば、今度はあなた方の方が糾弾されるでしょう」
先ほど盗み聞きしたことが本当だとして、肉体が崩壊する病で苦しめて命を奪うというのは、やりすぎです。
「それは、わかっているのです。ですが、もう、止まることはできないのです……!」
「失礼!」
「──っ!?」
カールさんに、後ろから抱きしめられてしまいます。
い、いつの間に!? さっきまでオリビアさんの隣にいましたよね!?
「とにかく、儀式が終わるまで、大人しくしていてください」
「ま、まって──」
「おっと、あんまりお転婆がすぎると〜、ディープなキスしちゃいますよ?」
「ひいぃっ!?」
ぎょえ〜!!
耳元でカールさんに囁かれ、背筋がゾワゾワしてしまいます!
その隙に、オリビアさんが儀式? を続行。
巨大な幽霊のエミリーさんは、ターフ子爵にかがみこむと三つある口から、赤黒い液体を吐き出します。
「うぐっ、ぶはっ!? なんだこれ、血っ!?」
ベッドに仰向けに拘束されているターフ子爵は、避けることもできず、その液体を浴び続けています。
「な、何を……」
「呪いを確定しているんですよ」
「え?」
カールさんが私を後ろから拘束しながら、答えます。
耳元で話さないで欲しいです……。
特異魔法を使おうにも、うまく魔力が作動しません。魔力封じられてる?
「といってもこれは彼を脅かすための、ただの演出でね。意味は特にないんだけど……」
「そうですか……」
あら? なんだかさっきのカールさんと、雰囲気が違いますね。
「でも、僥倖だったな。君が、自ら私の元へ来てくれるなんて!」
「え?」
カールさんを見ると、今まで見たこともない妖艶な笑みを向けてきます。
「この肉体の青年は、魔法も剣術も苦手でとくに旨みもありませんでしたが、あなたに出会えたことは幸運でした」
「は、はあ……」
この口ぶり、まるでカールさんの肉体を、別の誰かが奪ったみたいですね?
「まあ、彼自身、あなたに一目惚れしたらしいので、好みが合致するのはいいことです。肉体も長持ちしますからね〜」
「──!」
私はカールさんに顎を持ち上げられました。
「キスしていいですか? あなたのことを考えると、その、本来あまりない性欲がグツグツと湧いてくるのです。カールもあなたなら良いと、言っていますし……」
「は? え? はぁっ!?」
キス? 性欲って、え? 私、別の意味でピンチです!?
「否定しないなら、良いってことですよね……?」
って、マズイです!
カールさんの整った顔が、近づいてきます……!
仕方ありませんっ!
『やめてください!!』
カールさんを突き飛ばすと同時に、魔力を込めて声を発しました。
あ、特異魔法、使えました! カールさんから離れたのが良かったみたいです!
「がっ!?」
「うわ!?」
「ぐわ!?」
「ひぃぃぃ!?」
カールさんが吹き飛んで、邸が大きく揺れたような気がしますが、なんとか助かりました。
「あ〜、くそ。鼓膜とアバラが逝った。君そんな力があったんだ……」
カールさんは耳から血を流しながら、立ち上がります。
あれを受けて、立ち上がるとは!?
……いえ、力はセーブしましたが。
カールさんは自分に回復魔法をかけています。
あれ? さっき魔法は苦手だと言っていませんでした?
「おい、チャールズ! 何をしている!?」
「おっと、マズイ。いや、すまない。ジャスティーナ嬢に欲情した」
「はあ!? って、チャールズじゃないのか? とにかく、余計なことをするな!!」
「はいはい、すみませんって」
「まったく……。ん?」
「どうした?」
「魔法陣が壊れた」
「何?」
「〝人工精霊〟が、暴走する──」
さっきまで血を吐いていた巨大幽霊のエミリーさんの挙動がおかしくなり、一瞬動きを止めたかと思うと、手や頭をメチャクチャに動かし始め、屋敷を壊し始めました。
「リビー、どうするのだ?」
「どうするもこうするもない! なんとかするんだ!!
とりあえず、人質たちには防護壁を張れ。それくらいのサービスはしてもバチは当たらないだろ!?」
「はいはい。まあ、それくらいはね」
カールさんが指を鳴らすと、ターフ子爵とジミー・モスさんの周りに防護壁を張りました。
そして、私の周りにも。
「あの、あの幽霊は、魔法具なのですか?」
「ん? まあ、正確には魔法具に封じられていた、人工精霊みたいなものだけどね。呪いにと特化した」
「どうして、その人工精霊が暴走しているのですか?」
「天井に展開している、制御用の魔法陣が壊れたからだね〜」
あ、それ私のせいです?
「あの人工精霊を倒すには?」
「封じていた魔法具を壊せば良い。あれが生命維持も担ってるんだ」
「じゃあ、それを壊します! どこにあるのですか?」
「あの人工精霊の心臓部分だね。……え? どういうこと?」
「すみません、とりあえず私の防護壁を解除して、ご自分の耳を保護してください!」
「は? 危ないから、無理だよ!?」
「いいから、早く!!」
「え〜? 仕方ないな〜」
カールさんは私の言う通りにしてくれました。
『止まってください!』
特異魔法で人工精霊に大音量をお届け。しかし効果がありません!
「あ、あら?」
「効いてないな? 君、声を操れるのか?」
「ま、まあ……」
「人工幽霊は幽霊みたいなものだからな。そのままでは物質に干渉できないから、体の周りに防御壁みたいなものを展開している。そのせいかもね〜」
「それ、早く言ってください〜!」
「え〜?」
その時、人工精霊がこちらに向かってきました。
「不味い!」
カールさんが再び、私の周りに防護壁を張ります。
振り下ろされる、巨大な拳。
そして──。
同時に、金属がぶつかり合う音。
「ふむ、ジャスはおっとりしているようで結構、ジャジャ馬だよな」
そこに現れたのは、若葉のような黄緑の髪の王子──エル様でした。
「まあ、そこが良いのだが」
◆おまけ解説◆
ジャスティーナは共鳴現象によってドアを壊そうとしたが、固有振動数を探ることなく、初手から魔力と音量を最大にして声を発したため、共鳴ではなく、音圧による衝撃波になってしまった。
しかし本人は、「共鳴? ってすごい!」と満足している。




