11本格的に調査開始
◇
「さて、せっかく第二翼区にいるので、今日はティモシー・サップとミック・サプリングの家に向かう。二人とも苗字持ちだな。
二人ともすでに亡くなってはいるが、二人を診ていた医療師がいるので、その人にも話を聞く。
時間的に今日はこれくらいが限界だろう」
苗字持ちということは、貴族ではありませんが身元がしっかりしている方々ということです。
それはつまり、そうではない方々もいるのですが、それは今は置いておきましょう。
「まずはソル・ツイッグ医療師を尋ねたいところなのだが、忙しいらしくてな。終業後でないと無理だと断られた。
なので、まずはティモシー・サップの元に行く」
ティモシー・サップは、外翼区に住んでいる質屋の方ですね。
ご家族は内縁の妻がいるとか。
……内縁の妻というのは、同棲している恋人とは違うのでしょうか?
とにかく、馬車は外翼区に向かいます。
◇
「……なんだい? あんたたち?」
ティモシー・サップのお店で出迎えてくれたのは、妙齢の女性でした。
なんとも言えない色気がありますが、すごく疲れた顔をしています。
「ティモシー・サップのご家族の、アビーさんですね?
王宮から派遣された特殊調査部隊のロナルドと申します。こちらは上司のエルと同僚のジャスです。
事前に知らせを出していたと思いますが……?」
ロナルド様が、対応します。
「ああ、そういえばそうだったわね。
なに? ティモシーの寝室でも見る? まだ血痕は残ってるけど。
あたしに聞かれても、前に衛兵に説明したのと、同じことしかわかんないわよ?」
「ええ、大丈夫です。お願いします」
私とエルドレッド殿──いえ、エル様とロナルド様が部屋に向かいます。
パーシーさんは人が多過ぎると、相手が萎縮してしまうので、馬車で御者の方と一緒に待つことになりました。
「ジャスはどうする?」
と、エルが聞いてくれます。
「もちろん、一緒に行きますよ」
もう馬車からも降りちゃいましたからね。そりゃ最後まで付き合いますとも。
「そうか。平民の家だからな。まあ、貴族の邸宅とは違う」
「問題ありませんよ」
領地にいた時は、魔の森近くの小屋でお風呂に入ることもままならない状態で、生活していた時もあります。
繁殖期には寝る暇もなく、魔獣を間引かないといけないのです。
大量に取れるので、私も一緒に解体のお手伝いもしていたものです。
妹のルイザはそれが苦手みたいで、それもあって我が家を継ぎたくなかったみたいなのですが、今後はどうなるでしょうか?
「ならいい。何か聞こえたら言ってくれ」
「はい」
ティモシー・サップさんのお店は質屋ということですが、意外にも綺麗なお店でした。
お店自体は少々手狭ですが、ショーウィンドウには、目玉商品が並べられ、店内にもガラスケースに入れられたブランドもののバッグや、アクセサリーが並んでいます。
なんとなく、掃除の行き届いていない店を思い浮かべていたのですが、南部にある高級店にも引けをとりません。
「おや? お嬢さんは上級貴族のお方? こう言った店は初めてかい?」
「あ、はい。ええっと、申し訳ありません!」
物珍しさにキョロキョロしていたのが、バレてしまいました。
「いいんだよ。ここは下級貴族や苗字持ちがくる店だからね。まあ、たまに上級貴族の方々が、密かに売りにくることもあるけど。
古道具屋と違って、ブランドものメインの質屋だから、見た目も良くしとかないといけないのさ」
「ここは、中古ブランド商品の、売り買いをしているお店なのですね?」
「そういうこと」
なるほど。ブランドものなら品質もいいですし、不要になったら手放して、必要な方の手に渡る様にするのも良いかもしれません。
「では、寝室を見せてもらう」
「どうぞ、こっちだよ」
どうやら店の二階が住居部分の様です。
「掃除は専門業者に頼んだんだけどね。シミは、取れなかったんだ。
ティモシーの看病をしていた時は、きちんと掃除をする余裕もなかったし」
「──っ!」
ティモシーさんの寝室は、ベッドとサイドテーブルしかありませんでした。
しかし、その至る所に赤黒いシミができています。
「明るい色の壁や床材にしちまったから、溶けた血肉の色が、くっきり染み付いちまったのさ。
家具も少ないだろ?
あの人、最後の方は何かにぶつかるだけで、体が崩れたからね……」
「なるほど。医療師の見解は?」
「ソル先生に診てもらったけど、健康そのものだったそうだよ。骨までボロボロに崩れていたっていうのにね。
だが、先生の特異魔法の〝診察〟にはそう診えたそうだ。本人も痛みは感じていなかったようだし。
おまけに下手に治療しようとすると、体が崩れるから何もできなかった。
治療魔法も効果はなかったしね。処方できる薬もなかったみたいだ……」
「ソル先生という方は、特異魔法を?」
「ああ、人の体の状態がわかるらしい。医療師にぴったりな特異魔法だね。
多少の治癒魔法も使えるそうだから、神殿治療師にもなれただろうに、なぜか町医療師やってる人さ」
「……」
エル様がなぜか微妙な表情をしています。
「それで、ティモシーさんは病を発症する前に何か変わったことはしていませんでしたか?」
ロナルド様が尋ねます。
「衛兵の人たちにも話したんだけど、特に気になる事はなかったと思うんだよねぇ。
変な場所に行ったとか、奇妙なものを食べたとかは無かったとおもうよ? まあ、あたしが見ていた範囲だけど。
ティモシーは出張買付・販売もしていたから、そこで何かしていた可能性はあるけどね」
「顧客リストを見せてもらっても?」
「いいよ。店の方にあるから、また降りてもらうけど」
一同はまた、一階の店舗へ向かいます。
私は耳を澄ませていましたが、特に気になる情報はありませんでした。
「これが今年の取引した顧客情報、持ち帰るのはダメだよ?」
「……わかりました。一応、去年の分もお願いします」
「はいはい」
ロナルド様が、目を通します。
パラパラと見ているだけなのですが、大丈夫なのでしょうか?
「ティモシーが発症したのは三ヶ月前くらいだったか?」
その間に、エル様がアビーさんに話しかけます。
「そうだね。だいたいそのくらいだね。ある朝、起きたら手の指先が黒くなっていたんだ。
痛みはなかったみたいだけど、内出血かと思ってとりあえず薬をつけて、包帯を巻こうとしたら……グシャリと、崩れた」
「その頃に何かあったか?」
「さあ? 客とのやりとりは、ティモシーの役割だったし、あたしはよく知らないねぇ。
まったく、店もこれからどうしたもんか……」
「……大丈夫です。内容は覚えました」
と、ロナルド様。早いですね!?
「そうか。では次に行こう。女将、邪魔したな。何かあったら、また来ると思うが……」
「はいはい」
そうして、私たちはティモシーさんの店を後にしました。
「ロナルド、どうだ?」
走り出した馬車の中で、エル様がロナルド様に問いかけます。
「大丈夫です。全て覚えましたので」
「覚えたんですか?」
さっきの顧客情報を? 去年の分も合わせると。結構な厚さがありましたけど?
「はい。これが私の特異魔法です」
「瞬間記憶能力的なものですか?」
「そんな所ですね〜」
「コイツの場合は、覚えたい情報だけ覚えられるので、本人に負担はないらしいけどな。いらない情報は削除もできるらしいし」
便利ですね!
「はい。城に帰ってから、資料にまとめますね」
そのうち、次の目的地につきました。
◇
次は、ミック・サプリングさんのお宅。
彼は東部の行政庁に勤める、役人です。財務監査官の補佐をしている方です。
行政庁は行政事務を行う役所ですね。
枢機翼区に都庁があり、東部、西部、南北、北部にそれぞれ行政庁があります。ちなみに、各領地にも領庁なるものがありますね。
貴族と平民、両方の届出を受け付けていますが、上級貴族は基本的に枢機翼区の本部を利用します。
ちなみに、財務監査官は、国や役所、貴族などが公のお金を正しく使っているかを調べる職員ですね。ミックさんはその補佐ということになります。
お家は二階建てで、ごく普通の苗字を持つ中流平民のお家です。
お庭もありますね。よく手入れされています。
「……ようこそ、おいでくださいました。ミック・サプリングの妻シェリーです。こちらは息子のエディ」
「こ、こんにちは……」
出迎えたのは、ミックさんの奥さんと、お子さん。
奥さんは顔が青いです。無理もありません。
お子さんは不安そう。年齢は十歳前後でしょうか?
「それでは、話を聞かせて欲しいのだが……」
エルが、お子さんを見ます。
「じゃあ、お子さんは私が見てますね。いいですか、エル様」
「いや、まあ、そうだな。頼む」
「はい」
「エディ君、お部屋に案内してくれる?」
「う、うん」
「ありがとうございます」
私とエディくんは別室へと向かいました。
子供用の本やおもちゃがあるので、エディ君のお部屋の様です。
『──では、旦那さんのことをお聞かせください』
エル様たちの会話の内容は一応聞こえますが、そんなに気にしなくて良いでしょうかね?
「さあ、エディ君。何をして遊びますか? 本でも読みますか?」
エディ君のお世話を申し出ましたが、一体どうすれば良いのでしょうか?
領地の子供たちとはよく、魔の森に行って一緒に小型の魔獣を狩ったりしていたのですが、流石に王都では無理ですしね。
会話も、効率の良い魔獣の刈り方とか、罠の掛け方とかそんなのばかりですし……。
「ねえ、お姉さん」
「あ、はい。なんですか?」
「僕のお父さんは、病気で死んだの?」
「え〜と、それは……」
これは正直に言っても大丈夫なのでしょうか?
病ではないのは確かなのですが……。
「僕は違うと思っています」
「え?」
「だって、あんなふうに痛みも感じずに、体がぐずぐずになる病気なんて、聞いたことがないんです」
「そう、ですね……」
「僕、将来は医療師を目指しているのでわかります。これは多分、呪いの一種なのではないか、と……」
「それは──」
とても、聡明なお子さんです。エディ君。
それに引き換え、私はまともな返答ができないダメな大人です!
「それに、お父さんの体が崩れる前に、何か悩んでいる様な感じがしました。お母さんは、気づいていないかもしれないけど……」
「え? 一体何に悩んでいたのでしょう?」
「わかりません、ですが……」
そう言ってエディ君は、机の引き出しからあるものをもってきたのでした。




