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カレンダーの赤い印 〜来年、また会おうね〜

作者: 神田義一

 田舎の古い和室。蝉時雨(せみしぐれ)と風鈴の音が心地よく響いている。

 十七歳ほどの少女が畳の上に正座していた。窓から射す夕日が、彼女の白いワンピースを薄紅色に染めている。


 壁には古びたカレンダーがかかっていた。その8月のページには、14日の部分に赤い丸がつけられている。


「遅いなぁ……」


 少女がぼそりと呟いたその時、玄関の引き戸が音を立てた。


「あ、やっと来た!」


 彼女の顔が明るくなると、彼女よりも五つほど年上くらいの青年が姿を現した。汗で額を濡らしながら、手には紙袋を抱えている。


「ごめん。仕事が立て込んでてさ」


 青年が申し訳なさそうに言うと、少女は少し頬を膨らませた。


「ふーん、お盆なのに? ほんと、社会人って大変だねぇ」

「俺は元気にやってるよ」

「そう? なら良かった」


 少女はじっと青年を見つめる。彼は視線をそらしながら、紙袋からケーキを取り出した。小さなホールケーキ。白い生クリームに、二十二本のローソクが立てられている。


「わぁ!」

「今年も、誕生日おめでとう。好きだったろ? イチゴのケーキ。飽きてなきゃいいけど」

「ふふ、今も好きだよ。ありがとう。やっぱりケーキがないと誕生日って感じしないもんね」


 少女はケーキをただじっと見つめる。


「もう五年かぁ。あの頃は卒業式も、お前、結局来なかったもんな」

「……そうだね。したかったな……本当は」


 言葉の隙間を埋めるように、風鈴が軽く鳴った。小さな蝋燭(ろうそく)を立てて火をつけると、部屋の中にぼんやりとした光が揺れる。


「覚えてるか? 昔、そこの縁側で一緒にスイカ食べてさ、どっちが遠くまで種飛ばせるか勝負してたりさ」

「あー、やったやった。負けてばっかだったけど」

「……ほんと、お前といると昔の思い出話ばっかりになるよ」

「しょうがないよ。お話もできないもんね……」


 青年は静かに仏壇の前に膝をつくと、周囲を丁寧に清掃し始めた。写真立てを布で拭き、元の場所に戻す。そこには、十七歳の少女が笑顔を浮かべた写真が飾られている。


 来年用のカレンダーを取り出し、壁に掛ける。そして、また8月14日に赤い丸をつけた。


「じゃあ、そろそろ行くよ。また来年、この日にちゃんと来るからな」

「うん、待ってるね。ありがとう」


 彼が和室を後にすると、少女は縁側の方を見つめながら静かに手を振った。

 そして、笑顔のまま、夕陽と風鈴の音に溶け込むように、彼女の姿は光の粒子となって消えた。


チリン


 外では蝉が鳴き続け、風鈴が微かに響いていた。

会話は噛み合ってそうで噛み合ってない。

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