第66話 幼児退行
「カナタ……ファムに何をした」
ボーがにじり寄る。
恐ろしい一歩だ。しかし逃げれぬ。背後にヤルダが居るから……。
立ち塞がらなくてはならない。
この子に何をするのか。人攫いより行動が知れない。
「こ、コイツはヤルダだ……! お前、おかしいって……」
「ファムだ。妙な名前で呼ぶな」
「まじかよ」
それはヤルダが可哀想じゃないか。震える彼女の手を背に感じる。大丈夫だ、君はヤルダだ。
それよりもシオン、助けてくれ。一体何時まで呆けてる気なんだよ……。
「し、シオン……」
「……」
彼女は別の意味で様子がおかしい……。
疲れたにしても、魔力を使い過ぎたにしても、どうにも納得がいかない……。
フェンだってルペールだって、あんな風になった試しがない。
「ね、ねぇボー様……やめよーよ……あの子、こわがってっよ」
「初めはそういうものさ。でも直ぐに心を開く……僕はカナタよりずっと魅力的だろ?」
「いや、でも……」
「なら開く。カナタもそう思うだろ」
「え……」
「君は、相棒決めの時だって余り物だったじゃないか」
……。
「一方の僕は引く手数多。当然だ。魅力が有ったからだ」
「……お前、ホントに気分悪いな……」
「気分が悪いのはこっちだ。それ以上ファムに触るんじゃない」
ボーがまた一歩踏み出す。
先程よりも力強く、ずっと近くに踏み込む。
殴打か、それとも蹴り込む気か……。
しかし俺は避けられない。
何故なら後ろにヤルダが居るから。下手に躱して傷付ける訳にはいかない。
「止めなはれ」
ハッとする様な声が響いた。
理路整然とした、明瞭な声色。
ボーも思わず声の方に目線を取られた。
佇むはアンシステ代表、その人。
ギルドの方からツカツカと、荒れた路を進んでくる。
良き所で来てくれた……。
「代表! 助けてください!」
「……っち」
ボーは直ちに去る。
流石に分が悪いと判断した……九死に一生……俺は己が心臓の鼓動の激しさを感じたのだった……。
「……思ったより、荒れてもうてますな」
周囲をキョロキョロと、驚いた様子で見渡す代表。
ただ惨状の確認もそこそこに、スタスタと俺の方に寄ってくれた。
「代表……」
「すんまへんなカナタはん……援軍遅れてもうて……」
「あぁ、いえ、こっちは何とかなってたんで……シオンも来てくれたし」
まぁ確かに代表が来てくれたらもっと楽だったろうか。
そんな事も思う。
「シオンちゃん、カッコよかったやろ」
代表は俺の頭を撫でた。
犬か何か、触り心地の良い物を撫でる様に、丁寧に……。
何だか小っ恥ずかしい……。
俺よりもずっと小さい子の前で。止めて欲しい。俺は思わず首を振ってしまう。彼女の手を払う。
「ふふ……でも、シオンちゃん、どうしてもうたん……?」
代表も事態に気付く。
そうであった。まだ片付いてない話があったのだ。
シオンは、先程よりも悪化していた。
まんまるく蹲り、固い地べたに寝転がっている。口に締まりは無く、涎を垂らしている……。瞳はただ虚ろで、それもキョロキョロ落ち着きがない。
それは、これまでの彼女では想像できない様相だ……。
「シオンちゃん……」
「さ、さっきからずっとこうなんすよ……というか、ちょっと悪化してて……」
次にシオンは、近くに居た代表の裾を掴んだ。
力強く、ぐぐっと引く。
そうしたと思えば、今度は自分の指をしゃぶる。
しゃぶるというより嬲る……。
下で自分の指を転がし、吸い、軽く息を吸ってまた転がす。
それは……まるで幼児返りのよう。
「えっと、本当に……どうしたんすかね……」
ギルドの制服に身を包み、返り血を浴びた彼女。
流石に可愛げよりも狂気が勝る……。
そして何より、俺以上に困惑するのは代表だろう。
彼女はシオンを慕っていた。
獣人と人間の調停が為されたギルド作り……代表がずっと望んでいた物。
そして、それを成し遂げる扇動者。
それが今こうして、地べたに這って正気でない。
「だ、代表……これはたぶん……疲れすぎただけで……」
「いいえ……そうやありません」
「?」
「あう。あう」
「……」
シオンが喃語を口にする……。
いよいよ威厳など無い。
何がそうさせた……俺のせいか……? 心が苦しい。
しかし代表は意に返さず、シオンを抱え上げる。赤子を抱える様に丁寧にだ。
思ったよりも……代表はこの惨状を受け入れていたのだ……。
「ボーはん、シオンちゃんの事、なんや言うてはりました?」
「え……あぁいや、ムカつく……って言ってたくらい、すっかね……」
「そうですか……ならええんです」
「?」
今、そんな事を気にするのか……?
ボーが何か知ってる? いや、思い返しても、特に妙な動きはしていなかった気がするが……。
それにアイツが来る前から様子はおかしかった……。
「……カナタはん。他の人にシオンちゃんの事、言うたらあかんよ」
「え」
「そらそうやろ。他所から襲撃あって……街もこないなって……もう一個おまけするんは危険や思いませんか?」
「そりゃ混乱するでしょうけど……」
「そうそう。それに、もし話が他所に漏れて、人攫いの再チャンスや思われても敵わんやん……」
それは、代表の言う通りなのだが……ただ隠せる様な事でもないだろう……とも思う。
少なくとも街の住民やギルドの者達は、今回の襲撃の説明を求めるだろう……そして、当然説明するべきはシオンだ……代役なんて立てたら信用が失われかねない……。
「代表……」
「……言うてもしょうがありません……それに、”解呪”の目星は付いとりますから……」
「え……あぁ……そうなんですか??」
”解呪”……というのは聞き慣れない言葉……ただ、何か考えがあるならそれでいい。
そのまま代表はギルドとは逆の、獣人の生活区域に引いて行った。
「あ。ちょっと……」
代表は俺を置いていく。
まぁ付いて行っても何も出来る事はないが……モヤモヤも残りはする。
その時、代表に抱えられたシオンと目が合う。
彼女はキョトンとしていた。
そうして、俺の方に手を伸ばす。
何の気なしか。それでも、彼女の瞳にわずかながらの悲哀を見た……。
不安そうに空を掴むその様は、どうにも俺の後ろ髪を引いた。
すると、ヤルダが俺の手を引いた。
二人を追おうと、真ん丸な瞳と態度で示すのだ。
「……ヤルダ……」
渾身に引かれる。
かく言う俺も、かの経緯は気になっていた。
俺のせいではなかろうか、そんな事を考えながら生きるのはどうにも虫の居所が悪い。
例え俺に非が有っても、代表は俺を庇うだろうし、真実を知るには追うしかない。
それに単なる好奇心もあった。
”解呪”とは何だ。この時ばかりはギルドに入った頃の純粋な心持が芽生えていた。
俺も直ちにフェンを抱え、ヤルダと共に代表を追った。
ヤルダの歩幅は小さいが、流石は獣人、タタッと走って行ってしまった。
寧ろ俺が置いて行かれる始末。
フェンを出来る限り揺らさぬ様、俺はヤルダの後をタッタッと追うのだった。
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