第64話 ズレ
「陸竜とか無理でしょ普通にぃ……! こっち腕ねぇんだけど」
「野生……では無いのか?? こんな所まで陸竜が南下しちょるなど聞いた事が無いが……」
テネブレの見立ては正しい。
アレは、フェンが呼び寄せた陸竜の群れである。
「ふぇ、フェン……いつ呼んだ?」
「ずっと前に。開戦直後頃でしょうか……」
この街から”ファーラの谷”までは相当な距離……それでも陸竜を、あれ程の量、呼びつけられるなど、何と規格外な能力か……。
「えぇい! 引くぞババア!」
テネブレ緊急離脱。
シオンの俊敏な大振りもスルリと躱してガルーダに駆け寄った。
よく躱せた……というよりも、シオンが加減をした……?
「……?」
「さぁさぁ帰るぞババア! 羽根は使えよるだろ」
「んもう!! ほっんとうに! 獣遣いが! 荒ぇなボケゴラ!」
大翼が広がる。
彫刻の様な肉体美が、畝り羽を勢いよく下へ打つ。
僅かに浮き上がったと思えば、これが瞬くままに空へと消えて行くのだった。
その翼の空を切る音は轟轟しく……最後の最後まで騒がしい集団であった……。
「……全く、荒らすだけ荒らしよって……」
溜め息の様に漏らすのはシオン。
心労と言うか、草臥れたような背中が侘しい。
「なぁシオン……」
こう言いかけた時、フェンが遂に倒れ込んだ。
俺に押しかかる様にどっしりと……。
い、息が出来ん。
そして身体が熱い……フェンはふさふさとした体毛でもあるが、何より平均体温が高いのだろう……。
「……何をやっとるんだ貴様らは……」
「た、助けて……くれ……」
シオンに手を取られ、俺は脱出。無事である。
しかしフェンの様態は益々悪い……出血が夥しい。重篤な状態である。
「……」
「し、シオン……さっきの聞いてたぞ……お前、”神獣”だって……」
「……それがどうした」
シオンの眼光が鋭い。
何故にそんな態度か……困惑せざるを得ない。俺はただ魔力を分けて貰おうというのだけだ。
「あぁ、いや……フェンを治してくれ……魔力が足りてねぇんだ……」
「……ならん。見てみろ陸竜の群れだ。次はあれに対処せねば……」
「あ、あれはフェンが呼んだんだ」
「……何?」
「フェンの魔力で、陸竜を使役できるらしくてな。いやぁ驚くだろ」
まぁ指示を間違えばプロシェンヌの様な悲劇が繰り返されるが……一度失敗したフェンは、きっと何か対策が練ってある事だろう。
ただ今の様に気絶されていては何も聞けはしない。
何より、早くに回復してやりたい。
俺は彼女のお陰でこうして生きているのだ。
「頼むよシオン……」
「……仕方あるまい」
シオンの身体から魔力が溢れる。
これがフェンに寄り、二人の魔力が織物の様に絡む。
魔力でコミュニケーションでも取れるのか、最初はフェンの魔力がシオンのモノを避けていたが、何度も触れ合う内に、むしろかえってフェンの魔力がシオンの方に向かって行く。
何だか愛くるしい。
「貴様、何をジロジロ見ている」
「見ちゃ駄目なモンなのか……」
「……気が散る」
「あぁ……」
少しづつ治って行く。
フェンのみでも回復は当然早いが、これにブーストが掛かるのだ。
傷口が塞がる……どころか、毛に付いた泥も血痕も薄れて行った。
「……なぁシオン」
「?」
「ありがとな。ホントに助かった」
「……長として当然だ。そもそもお前たちは庇護対象……元よりそう言う契約だろう……」
そう、だったか……。
フェンの相棒がどうのこうの。人攫いがどうのこうのと慌ただしくって……そんな事もとうに忘れていた。
ある種俺達は、スカウトを通してココに居る。窺いを立てるのはギルド側という訳だ……。
「……」
「もうお前達に前線は張らせん……今度こそは私が討ち倒し……」
「それ、無理だろ」
「……何?」
「あぁいや……さっきの奴等、今度はもっと大勢で来んだろ……1対1ならまだしも……」
「だからなんだ……約束は護る……」
何処までも頭でっかちめ。
そうだ。俺達は安全と情報網を条件にココに帰って来た……蔑ろにされるのは遺憾である。
ただ、お前に潰れられては俺達の安寧など無い。
本末転倒などという話だ。
「頼れよ……別に気にしねぇから」
シオンは珍しく黙りこくった。
本人とて分かっている筈だ。自分一人では手に負えない事。彼女は揺れる。
しかし、言葉だけは強情のまま。
こちらをぼっと眺めていた。
「……それでは部下に合わせる顔がない。私は私の思う通りにやる」
「代表と一緒だ。それじゃあ」
「……」
「あの人もずっと一人で抱え込んで来た……お前も知ってっだろ……」
「何を今更……」
「あぁ、本当に今更だ。今更あの人の気苦労知っても、労う事ぐらいにしかならん」
「……そうだな。彼女を矢面に立たせ続けた……我々の罪は消えはしない。だから今度は私が背負うのだ。獣人の事も。罪の事も」
「……それじゃあ意味がねぇんだって……」
「そういう物だ。ほれ、傷は完治したぞ」
その頃のフェンの呼吸は、随分と安らかになっていた。
傷口も言う通り塞がり、むしろ艶やかに朝日を返している。
そうして、その巨大な体躯は少しづつ縮まっていく。
魔力の消費を抑えるために、身体を縮めているのだ。
「あぁ……ありがとな」
「うむ」
「……なぁシオン」
「?」
「お前、何で加減したんだ?」
「? 何の話だ?」
「……さっきの黒髪の……テネブレとっ捕まえた時、お前手加減しただろ」
「何を言っている?」
「確かにアイツは力を奪う……俺もされた、知ってる……でもアイツが手を離した時、お前なら首も一発で斬れただろ……」
「?」
「? いや、だから、わざとゆっくり斬り掛かっただろ……お前」
「……黒髪、というのは、何の話だ?」
「……は?」
シオンは小首を傾げるばかりだった。
黒髪が、”何の話だ”というのはどういう事だ……。
彼女は、俺の狼狽を他所に周囲を見渡す。
荒れた瓦礫の山を、これからの苦労も思いながら見やっているのか……。
ただ、彼女の表情はそうではない。
何か幻でも見るかの様に、余程驚いた表情をしている。
「??」
「シオン……? さっきからどうした?」
「あぁいや……どうして……こんなに荒れているのだろうと……」
「? お前、さっきからどうした……?」
「?? ?? ??」
シオンがゆっくりと座り込む。
どうしたというのか……フェンに魔力を注ぎ過ぎて疲れた……にしても様子がおかしすぎる。
ナーさんにでも診せるべきだろう……今何処に居るだろう。
ともかく抱え、運ばねば……ただフェンも安静の身……二人も担げるだろうか。
と、そこへ見計らった様に人がやって来た。
初めは、この騒ぎを見聞きした街の人々が、野次馬にも寄って来たと思ったがそうではない。
「……ボー」
何時の間にか逃げ出していたボーが、性懲りもなく戻って来たのだ……。
まぁお互い残っていても何も貢献は出来なかった労使、無事だったのだから、逃げる事が正解だったとは言え釈然としない……。
だが渡り舟も事実。
「おーいボー! ちょっと運ぶの手伝ってくれよ」
ズカズカと近づくボー。
彼は鬼の様な形相であった。
何だ何だ。キレたいのは俺の方だと言うのに……。
「ボー?」
俺に一瞥も暮れず、ボーはシオンに寄る。
そうして横柄にも彼女へ掴みかかるのだ。
「……シオン」
「お、おいボー何やってんだ……! シオンは疲れてて……」
「うるさいなぁ……一大事何だよ……」
「?」
「なぁシオン! アンタ、何か知ってねぇのかい……?!」
「? な、何の話だよ……」
「ヤルダを……”元の姿”に戻す方法だよ……」
「……? ヤルダってあの子供だろ……? 話が見えねぇんだが」
ボーは一呼吸置く。
そうして此方を鋭く睨めば、重々しく口を開いた。
「僕はぁすぐに気付いたよ。信じたくは、なかったけど…………あの子はさ、僕と一緒に追放された、元相棒だったんだよ……」
元相棒への執念が、遂に気を振れさせたかと、そう思ったが……。
どうにもその形相には、何かしらの確信が見えていたのだった。
第五章完結です!
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