第63話 力業
「何の騒ぎだ……全く……」
彼女の振るう大剣がゴトリと音を鳴らし、路を走る。
かのガルーダの剛腕を、俺がひとつの掠り傷も作れない剛腕を、あぁも容易く一太刀で切り落としたるのは、生物としての差を感じざるを得ないな。
「えぇ~?? 何ソイツぅ……はぁ意味わかんねぇんですけどぉ??」
「ババア大丈夫かヨ?」
「おめぇのせいでしょ餓鬼コラ」
「じゃ。レイはお兄さんと一緒にいるヨ」
「いや戦って?」
レイジーはコチラへ寄る。当然フェンを癒す気ではない。
その目は獲物を狙う龍の様。
奴は俺を攫うつもりである。
「お、おい……」
「さぁお兄さん。こっちに来て欲しいナ」
「行かん」
「……じゃあレイから行くヨ」
レイジーが降り立つ。かの電気に毛が吸い寄せられる。出力は少しづつ上がり、毛の先が焦げ付く程である。
電撃で自由を奪う気か、はたまたいっそ気絶を狙うのか。しかしそんな電圧では俺は死ぬぞ……。
その時、脚がぐらりとすくわれる。
フェンが半身を起こしたのだ。
「わ」
鋭い牙がレイジーに差し向けられ、激しいうねりと共に牙のかち合う音がした。ガンと言う鋭い音だ。
「フェン……!!」
「はぁ……はぁ……カナタ様に、近付かないで……」
「む、無理すんなよ」
電圧に呼応してか強襲を掛ける。
しかし寸でで躱された。
「やっぱり恋敵だったんだ……盛り下がるヨ……」
翻って路に降りる。
そこで立ち上がったフェンと面と向かうのだ。しかしフェンは満身創痍に震え、無理がたたって血が滴る。
面と向かうというが、決して均衡にはない。
「フェン……今は回復しとけ。シオンだって居るし……」
その頃、シオンの戦闘にも苛烈が極まっていた。
岩石の砕ける音がそこかしこに響く。
拳大の破片が散り、瓦礫の山が瞬く間に形成され、再現なく連なり続ける。
ガルーダめ。腕が無くとも岩石を操れるのか。
シオンに休む暇も与えぬつもりだ。
一方のシオンも、差し向けられた岩石を砕くごとに一歩進む。
隙が生まれれば瞬く間に接近し、仕留め切るだろう。
休めていないのは何方だろう……。
「……スゲェな」
もっと早くに駆け付けてくれればとも思う。
「カナタ様! 十分に戦えます……! お下がりを」
「……いや駄目だ。俺から離れると……」
レイジーが俺を見つめ、フェンを睨む。これが交互。
俺が傍に居るが為に攻めきれないのであり、単独行動を取れば一撃を喰らう。
「戦うんなら俺がフェンの上に乗っとく」
「……盾になんて出来ません……!」
「あぁ、タンクのつもりはねぇさ。お守りくらいに思っといてくれれば……」
フェンと会話を交らせる。
これが琴線に触れたのか。レイジーが飛び掛かる。
狙い澄まし、フェンの傷口に足の鉤爪を打ち込む。
「うっ……!」
血の溢れたる傷口に電撃が放たれる。
焼ける様な音。ガラスか何かが弾けたような破裂音。
四肢で踏ん張るが、それでもぐらりと蹌踉ける。背後には家々。
これをそのまま踏み潰し、今度は背に痛々しい裂傷が生まれた。
的が大きすぎるのか……。
一方のレイジーはフェンの様な”姿”に成る事もなく、それでも徹底抗戦を仕掛け続けられる。
フェンに冷静さは無い。反撃も全て躱され、徐々に動きが鈍って行くのだ。
「フェン……! あぁくそっ……!」
レイジーに一瞬でも隙を生まなくては。かの連撃はこれ以上耐えきれない。
そして、それは少なくともフェンには出来ない。
防戦一方……ならば俺が為さねばならない……!
力強く踏み込み、かの攻防に一気で接近する。
電撃が散る渦中。フェンの牙も爪も空気を裂き続ける。
僅かにでも寸分狂えば、かの電撃に焼かれるか、身体がバラバラに八つに裂かれるだろう。
恐ろしい。しかしフェンを見殺しに出来る筈がないのだ。
レイジーの尾っぽに、手を伸ばすのだ。
「!」
堅牢な鱗、その奥にずっしりとした肉厚を感じる。
釣り針の”返し”の様に尖った棘が指に突き刺さった。
鋭い痛み。
しかし手を離す訳にはいかない。
次に電撃が襲い掛かる。
腕が破裂する程の重い痛み。先の感覚が薄れる。
ただ手は離さない。いや、電撃によって身体が硬直し、かえって離せない。
「わ。お兄さん」
レイジーは反射で電撃を放射したのだろう。
尾っぽに付いたのが俺と分かるや否や、電撃を弱めた。
其処が隙である。
「ふん!」
フェンの鉤爪が、遂にレイジーを捉える。
レイジーの位置は空中。当然踏ん張る事もなく彼方へ吹き飛ばされた。
「がぁ……いってぇ……」
腕が千切れんばかりに痛い。まだ電撃の余韻が残る。
赤みを帯びて焦げた腕が、とても直視できない。平生でいられない。
藻掻くがままに腕を振り、何度も地面を叩く……何度も何度も……。
「か、カナタ様……! 申し訳ございません……こんな事に……」
「良い……いってぇけど……」
レイジーは起きて来ない。
難は去り、周囲を窺う余裕が出来る。
この頃、シオンの方も決着が近づいていた。
ガルーダの瓦礫連打が止む。周囲から手頃な物が無くなったのだ。
この折を逃さず、シオンが軽やかに飛び上がる。
大剣が振るわれる。
これを受け止める腕は、ガルーダにはもう備わっていなかった。
「きゃあぁぁぁぁっ!!」
一刀両断。
とは、ならなかった。
ここでガルーダの身体が幾分縮む。
”元の姿”から元に戻ったのだ。体躯は一変、人間大のサイズに成る。
的が外れたシオンは、大剣を地面へ振り下ろした。
「ちっ」
シオンが着地と同時に斬り返す。
そこへ、黒髪が割って入った。
「止めい」
「!」
端的に言葉を綴り、シオンの腕を掴む。
ビタリ、シオンは身動きを取らなくなる。
「おいババア。レイジーを回収して来い。そんくらいなら出来るじゃろうが」
「ぐ、ぐぅ……獣遣いが荒ら過ぎよぉ……」
「……仲間がまだ居たか」
「こっちの台詞じゃボケ。急に入ってきよって」
シオンは尚も大剣を振るわない。恐らく先の俺と”同じ”だ。
テネブレの掌には、触れた者の力を奪う効力が有る。
俺も羽交い絞めにされた折に、抵抗する気力さえ奪われた。
二人は睨み合い、動かない。
そして先手はテネブレにある。
だが、彼女にはもう戦う気はない様に窺えた。
張り詰めた空気を、テネブレが解くようにとうとうとする。
「……全く、もっと楽な仕事じゃろうと思っておったのにのぉ……」
「生憎だったな。貴様も斬ろう」
「あぁ本当に。手ぇ離しゃあ首が飛ぶだろうのぉ」
「……」
「お前はそれ程に強い。貴様、”神獣”じゃろ」
……?
シオンが、神獣??
「それがどうした。私も攫って行くか?」
彼女の周辺が殺気に満ちる。
僅かな身震い。
もしテネブレが手を離したなら、どのような残酷な始末が待っているか。如何様にも想像叶う。
しかし、これを割らんばかりの絶叫がする。
先程のガルーダだ。
遠くを臨み、必死の様相でテネブレを呼ぶ。
「ちょっとテネブレェー!! ”陸竜”来てんだけどぉ!!」
「……な、なぁにぃ……?」
遥か北の地平線より、陸竜の群れが接近する。
軍隊の様であり、その統率が確かに取られていた。
新たな脅威…………ではない。
「フェンか……??」
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